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『青嵐クロニクル~35人の青春群像~』  作者: あるき
4月:「新しい風が吹く」
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4月1日(火曜日)

「……あー、やっべ、起きたらもう昼過ぎじゃん」


枕元に転がっていたスマホを手に取り、時刻を確認すると13時近く。春休み真っ最中ということもあって、いつ寝てもいつ起きても怒られることはない。まあ母ちゃんには「生活リズム崩すのもほどほどにしなさいよ」って言われるけど、ついつい夜更かしが止まらないんだよな。昨日も朝までギターいじってたせいで、完全に昼夜逆転コースだ。


俺、川崎 蓮は、軽音部所属……だった。いや、部活としてはまだ籍があるんだけど、もうすぐ3年になるこのタイミングで「そろそろ受験が~」とか周りは言い出しそう。俺は正直、受験モードってのにいまいちピンとこない。勉強なんかマジでどの教科も面白いと思えなくて、バンド活動のほうが100倍燃えるんだよな。


「お前ほんと将来どうすんの?」って、いつも同じクラスの斉藤や清水から言われるけど、「なんとかなるっしょ」って返すのがお約束。実際どうなるかなんて、俺も深く考えてない。でもさ、今日が4月1日でしょ? 一応、来週には新しいクラス発表があって、名実ともに3年になるわけだ。そんな時期に俺がこんな昼起き生活してて大丈夫かって? うーん……わかんねえな。


とりあえずリビングに向かうと、母ちゃんが仕事へ行ってるらしく部屋は静まり返ってる。簡単に冷蔵庫を開けてパンをかじり、テレビをつける。ワイドショーは新年度だとか言ってスーツ姿の新社会人を映し出してた。


「うーわ、みんなキッチリしすぎじゃね?」


思わず独り言。俺、ああいう背広ビシッと着こんで出勤とか、想像しただけで息苦しくなるな……。まあ、いつかはそういう世界に飛び込む日も来るのかもしれないけど、まだ先の先って感じ。そう考えたら、3年生になるっていっても、ちょっと現実感が薄い。


スマホに目を戻すと、友達のグループチャットがやたら盛り上がってる。なんだろうと思って眺めると、「今日ヒマなやつ、カラオケ行こー」「夕方からスタジオ空いてるらしいよ」「蓮、ギター合わせたい曲あるって言ってたじゃん」みたいな会話がドドっと流れてくる。あーそういや俺、「そろそろ新曲作りたい」って話をしてたんだった。先輩たちもほとんど引退してるから、軽音部のメンツは実質同級生がメイン。文化祭まであと半年近くあるけど、曲作りに取りかかるなら今のうちだろってノリだ。


「おお、いいじゃん。行く行くー」


即返信。「つーか、起きたばっかでまだ髪ボサボサだし腹も減ってんだけど、スタジオなら夜だろ? 余裕だな」そんなことを呟きながら、やっと重たい腰を上げて身支度を始める。昨日かけっぱなしだったギターをケースにしまいながら、アンプどうしようかな……スタジオなら備品あるし、大丈夫か。


そんで、制服の上着がベッドの端に放り投げられてるのを見つけて、「これいつのだっけ?」と首をかしげる。3月中旬の終業式以来、ほとんど袖を通してない。あの日まで2年生だったのに、次に着る時にはもう3年になってるなんて、なんだか不思議だ。


「ま、いいっしょ。クラス替え楽しみだし」


そうひとりごちて部屋を出る。今日はいい天気でポカポカしてる。いつもならバイト先へ向かう人や部活に行く奴もいるんだろうけど、俺は気楽にスタジオ行く予定だけ。気ままな春休みの醍醐味ってやつだ。途中、コンビニで軽く昼メシ(というかもう昼過ぎだけど)を調達して、店の前でひと息ついた。


スマホがまた震える。画面を見ると同じバンド仲間のメッセージ。


「今日のスタジオ、18時から入れるって! その前にカラオケ行く?」


誘いはありがたいんだけど、さすがに朝までギター触ってた身としては体力がな……。でも断る理由もないし、暇なのも事実だ。俺は軽く悩んでから「いいね! どこ集合?」と即返信。どうせ同じように夜型になってる仲間も多いだろうし、ちょっとは外で騒いでおきたい。


「OK、じゃあ17時に駅ビル前な」


そんな感じで時間が決まったから、俺は大急ぎで近所のサウナにでも入って目を覚まそうかと画策する。別に家でのんびりしててもいいけど、気分転換したいし、ファミレスでダラダラしてるのも退屈だしさ。サウナ代を確認すると、うーん、ちょい高いけど……まあバイト代が残ってるからなんとかなるか。


母ちゃんのパートが終わるのは夕方。親父は長距離トラック運転手で、今はたぶん関西方面を走ってる最中。家に帰るとまた母ちゃんに「ちょっとは勉強しなさい」って言われるかもしれないし、だったら外にいたほうが気楽。正直、勉強とかわりとどうでもいいしね、今は。「本気出せばそこそこ取れるし?」なんてことをテスト前にも言っては、毎度ギリギリの点数でしれっと生き延びてるのが俺の流儀(?)なんだけど、そろそろ受験って話を耳にするのも増えてきたから、隣のクラスの真面目な奴らからは「川崎ヤバいって」って言われるのが定番。


「ヤバいヤバい言うけど、まあ何とかなるっしょ。ウチのクラスにはもっとガチで勉強する奴いるし、そいつらに教えてもらえばいけるんじゃね?」


とか考えつつ、コンビニの駐車場でアイスコーヒーを飲む。春の風がちょっとだけ冷たいけど、気持ちいい。思えば明日が4月2日でしょ? 新学期の始業式は7日だから、あともう少しで新クラス発表。あー、どんなメンツになるんだろ。個人的には仲いいやつと同じクラスになってくれたら嬉しいし、新しい出会いも悪くない。ま、なんでもノリで楽しむのがいちばんでしょ。


スマホをいじりながら、ふと頭の中で新曲のメロディが浮かぶ。グループチャットに音声メモを録って送ったら、みんな「おっ、いい感じじゃん!」って乗ってくれるかな。そんなふうに思った途端、いても立ってもいられなくなって、ペットボトルをゴミ箱に放り込み、弾みでギターのケースを肩にかついだ。


「よし、とりあえずサウナ行ってスッキリして、それからカラオケ、そんでスタジオだな」


言葉にしなくたっていいのに、一人で言わないと落ち着かないのは俺の悪いクセ。昨日の夜、せっかく考えてたリフをまだ録音できてない。頭がボーっとしてるせいで忘れかけてる気もするけど、スタジオ行けばなんとかなるでしょ。何事も勢いが大事だ。


パーンと晴れた春の空を見上げると、やたら青くて気持ちいい。4月最初の日がこんなにいい天気で、しかも休みで好き勝手やれてるって最高じゃん? 3年になるからって急に何もかも真面目になる必要はない――そう、今はまだ、俺なりに好きに生きていい時期なんだよ。受験? 進路? そんなのは先の話で、ちょっとずつ考えりゃいい。焦っても仕方ないし、音楽があれば俺は上がっていける。そう思うと、自然と足取りが軽くなる。


気づけば俺は鼻歌まじりで歩き出していた。スマホの音楽プレーヤーからはお気に入りのバンドの曲が流れて、まるでそのリズムに合わせるように、俺の気分は上がっていく。何だか今日は、いつも以上に楽しめる気がする。そんな予感が、胸の奥で弾むように鳴っていた。

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