大地揺れる
幾千年もの時を経て磨き抜かれた独自の文化が荘厳な光を放ち、大地の神々の国と最も近く、その守護を受けている国、アルタシオ帝国。この国を囲む深い溝は神々のまします場所であり、その神々との誓いを守るため執政をするのが王家である。イオが属しているのは王家を支える機関のうち最も新しく重要な機関であったが、同時に異端でもあった。
「イオ、今夜は新月だから奴等はいつもより活発だ。それに寒いが、奴等には関係ないようだからな。気を付けろよ」
緑色の瞳を細めてナギノがイオの肩を叩いた。その反対側の肩を叩いたのは、紅色の瞳をもつカナタだった。二人は双子である。
「イオにも寒さは関係ないって。カンは鋭いが、あとは本当に鈍いからな」
「頑張ります。二人も気を付けて」
二人はそれぞれ頷いてみせ、城門を出て左右に分かれた。残されたイオはフィックの背に跨り、歩くよう促した。フィックは深緑の身体を持つ恐竜である。イオが属しているのは恐竜を御する部隊であり、アルタシオ帝国ではあってはならないはずだった。なぜなら、この国では恐竜は忌むべきものとされているからだ。しかし、今はやむを得ない事情があった。神々がここ数年荒れており、夜になると「精霊」が現れるのだ。精霊は何をするわけでもないが、凶事の前兆だと人々に噂され、かつて揺らいだことのない王家の絶対性を危うくしているのだ。そこで王家は苦渋の決断をして、精霊の嫌う恐竜を扱える人材を探して雇い、夜の警備を行わせているのである。それがイオの属している特別隊であった。
イオも城門を出ようとすると、朗々とした声に呼び止められた。振り向くと、そこには友人のアロットがいた。
「つれないなあ、イオ。私の贈ったマントを使ってくれていないとは」
「マントなら使っているさ。フィックが」
イオは自分の跨っているフィックの背を指した。つまり、イオは深紅のマントの上に座っていた。
「私は君と揃いのマントにしたつもりなのに。ところで今夜はどこの担当なんだい?」
アロットはイオの隣に並び、親しげに問いかけた。彼も恐竜に乗っている。
「俺は国境の担当のはずだけど。どうかしたのか」
それがどうした、とイオが尋ねると、アロットは罰の悪そうな顔をした。
「あの男が場内をうろうろしていてね…。どうも居心地が悪いんだ。私が国境まで行くから、イオが城内の警備をしてもらえないだろうか」
あの男とはアロットの実の父親で、大貴族であるファイデリー家の当主だ。この親子は極めて不仲なのだ。
「気持ちはわかるが、国境は精霊の数がすごいぞ。大丈夫なのか」
「おや、私を侮らないでほしいものだ。剣術では君に負けないつもりだぞ」
それはそうだが、とイオは目を逸らした。理由は分からないが、アロットにはよく精霊が付き纏う。その浮世離れした容貌のせいなのか、祭司の血を引いているからなのか。しかもアロットは精霊を好かないようで、城内では顔がきくということもあり、隊長にはいつも城内の警備を任されている。
「とにかく、私はあの男を視界にいれるくらいなら国境へ行く。それに案外、城内の担当は君のほうが適任かもしれない」
アロットの言葉にイオが怪訝な顔をすると、アロットは顔を近づけ、まじめくっさた声音で言った。
「君はご婦人方や妙な連中の間で、かわいい目鼻立ちをしていると評判なんだ」
「馬鹿馬鹿しい」
イオは溜め息とともに目だけで城門を見て、アロットに行くよう促した。
「行ってしまえ。その代わり、あとで泣きつくのも夢でうなされるのもなしだからな」
「愛情表現が下手だな、君は。気を付けて行ってくるから安心したまえ」
満足そうに言うと、アロットは深紅のマントを翻して城門を颯爽と出て行った。その後ろ姿を見送ると、イオは巡察を開始した。月明かりこそないものの、必要以上に灯されたランプと王家の神殿から漏れる明かりによって、庭はとても明るく、イオには眩しくさえ感じられた。
(夜にも神殿では祈りが捧げられているのか)
白く幻想的に浮かび上がる建物を横目に見ながら通り過ぎた。この国の出身ではないイオは神々にさほど敬意を払う気になれず、神殿に足を踏み入れたことはなかった。それに、もしイオが粛々とした気持ちで神殿に入ったとしても、特別隊に属する以上、卑しいものを見るような視線を浴びるのは必然だった。
外を歩いているのは祭司ばかりで、時折もやのように漂っている精霊の姿が見受けられた。おかしなものだとイオは思った。神々を信仰し、敬っているはずの人々なのに、精霊を恐れて夜間はほとんど外出しない。それなのに、その精霊を監視している特別隊には露骨な敵意を向ける。隊長はそんなものだと肩を竦めてみせていたが、イオには解せなかった。
(人間てのは都合のいい生き物だな)
フィックの首を撫でてやると、答えるように一声小さく鳴いた。フィックを弟のように思っているイオは、恐竜が忌まわしいと思われていることも理解できなかった。
イオの視界に馬を駆る祭司の姿が入った。イオは足でフィックに合図をして、その人物を追った。夜に馬で駆ける祭司など不審すぎる。足の速いフィックは、慣れない手つきで手綱をさばくその人物にすぐに追いついた。イオがその腕を乱暴に掴むとその人物は息をのみ、恐竜に怯えた馬が突然止まると、振り落とされそうになりながら非難の声をあげた。
「何ですか、危ないな」
ローブを着ていて口元しか見えなかったが、声の調子でかなり若い男だとわかった。
「どちらへ」
イオが鋭い口調で問うと、男はすぐに平静を取り戻して言った。
「どこの誰かは尋ねなくていいのですか」
「聞いてほしいのか」
思いもよらない発言に困惑しながらも強気に言うと、男はくつくつと笑った。
「まさか。君は面白いね。でも、生憎と君と話す時間はなくて。その手を離してくれませんか。どう考えても、力では君に勝てない」
馬鹿にされた気がしてイオは男を睨んだ。イオに掴まれているのに、どこか余裕の態度をみせるこの男が気にくわなかった。
「俺はお前を連行する。力ずくででも」
手に力を込めると、男は「いたた」と呻いた。驚くほど細い腕だった。
「僕に時間をとられていては駄目ですよ。僕は悪事を働いたわけじゃない」
イオが男に詰め寄ろうとした時だった。ごおお…と地鳴りがした。灯されていたランプが次々と消えていく。神殿の光も消えた。それでも明るい。それは、いつのまにか数を驚くほど増やした精霊が白い光を放っているからだった。
イオが呆気にとられていると、その隙に男はイオの手を振りほどき、怯えを増す馬に鞭をいれて駆けだした。慌ててイオが追おうとすると、実態の―もやのようではない―精霊が横切った。イオの耳に鳴りやまない地鳴りと遠ざかる男の声が聞こえた。
「いつか僕の研究所に来てください!この国が転覆する前に、花の乙女と!」
「それはどういうことだ!」
飛び交う精霊のせいで男を追えず、イオは怒鳴った。しかし、気味の悪いほどテンポよい蹄の音以外は聞こえず、それもやがて聞こえなくなった。
「くそっ」
苛立ちを感じたが、それどころではなかった。地鳴りは続き、精霊は増え続けている。何事かと神殿や城から出てきた人々は度肝を抜かれ、悲鳴も出ないようだった。イオがフィックをけしかけてみても、精霊は無視して飛び回り続けた。どうしたものか、イオが内心焦りを感じていると、祭司の長でアロットの父親であるファイデリー家当主ディルノがずんずんと歩いてきた。そしてイオの目の前に来ると、祭司にはふさわしくないすごい形相をした。
「何をしている!このような事態の時のためにお前たちがいるのではなかったか!」
何も言い返すことができずイオが黙っていると、ディルノは辺りを見回し、少し冷静になって言った。
「私の息子はどこた。祭司は嫌だと家を飛び出し、官吏になるならまだしも、望んで軍人に、しかも特別隊などという部隊に志願した私の馬鹿息子は」
ディルノの口からアロットのことを聞くとは意外だった。しかも心配しているふうに思われる。どうやら父親は息子を心底嫌っているわけではないらしい。そうなるとなおさら、アロットが最も危険そうな国境に行ったとは言いにくかった。
(そういえば、アロットは大丈夫なのか?)
イオの不安はすぐにディルノにも伝わった。だが、彼はその不安を表情に出すことなく、冷静な声音のまま、もっともな疑問を口にした。
「これは一体何事だ…」
「俺にもわかりません」
誰にもわかるはずがなかった。そもそも精霊が現れることも、どんな史書を読み漁ってみても見つからなかったのだから。
―地鳴りがやんだ。精霊は動きを一斉に止めた。みな、同じ方向を大きな瞳で見つめている。月のない星空の下、長い長い栄華を誇りそびえ立つ城を。その城の最上階で、アルタシオ帝国全土を見渡すことのできる唯一の場所、王の寝室を。
奇妙な沈黙の時が流れた。いや、時間など存在していなかったのではなかろうか。世界のすべてが止まっているように思われた。しかし、イオは自分の心臓がひとつ大きく鼓動をうったのがわかった。全身の血が冷えた後、急速に燃える。久しぶりの殺気であった。
イオが抜刀するのと精霊が動き出したのは、ほぼ同時であった。イオはディルノのことを忘れ、フィックとともに城の玄関を突破した。門番や兵士はすべて、及び腰に逃げ腰である。しかし、そんなことはどうでもよかった。今はただ、精霊よりも先に城の最上階に辿り着かねばならない。
フィックはものすごいスピードで階段を登っていった。どれだけ金を積んでも買えないような立派な絨毯に足跡がついていったが、それは考えないことにした。イオが破った入口から入った精霊がイオを追い抜こうとすれば、剣で容赦なく斬り捨てた。それを目撃した侍女たちは、こんな状況にもかかわらず、「なんと罰当たりな」と悲鳴をあげたり気を失ったりした。
しばらくの間登り続けると、屋上に出た。冷たい冬の風が、熱くなったイオの頬を撫でていく。王の部屋へはここからまた階段の登らねばならなかったが、時間がなかった。精霊がイオの横を上昇していくのが見えた。イオは剣をおさめた。
「フィック、行こう」
イオが一言発すると、フィックは跳躍して壁のひびに爪を引っ掛け、また跳躍した。階段を使うより、こちらのほうが何倍も速い。イオは落ちないようにフィックの首をしっかりと抱き、ただ王の部屋を目指した。
バルコニーに辿り着き、フィックの背から降りた時だった。
「父様、父様!」
室内から泣き声に近い叫びが聞こえた。イオは再び剣を抜いて窓に駆け寄り、そのままの勢いで柄を使って窓を割った。白いカーテンが吹き込む風に揺られ、室内の青白い光が外に漏れた。イオは破かんばかりの剣幕でカーテンを払いのけて部屋に入った。嫌な汗がずっと背中に流れている。
目に入ったのは精霊と剣を握りしめたまま座りこんだ少女、そして男の右腕だけだった。その男―アルタシオ帝国国王は娘の目前で、精霊によって床を通じた闇へと引きずり込まれつつあった。そこにまるで穴があるかのように。王女の目は恐怖で見開かれ、剣を握った腕はかたかたと震えている。
「陛下!」
その信じがたい光景に一瞬茫然としたが、すぐに走って王に群がる精霊を斬り捨てた。もうすでに右手首から上しか見えていなかった。その手をしっかりと握ると、王が握り返しているのがわかった。
「陛下、今お助けします!どうかご辛抱を!」
汗で滑る手で懸命に王の手を引っ張った。そんなイオの周りを精霊はくるくると飛んでいる。イオは必死だった。王だからではなく、イオの助けを求める人間だからどうしても救いたかった。しかし、ついに王の指が床下へ沈み、一人の人間が闇に消えたのだった。
(間に合わなかった…)
床に膝をついたまま、イオは絶望感に打ちのめされた。すっと冷めていく汗のせいなのか、寒いと思った。そのせいで、精霊の次の動きに気付くのに遅れた。次の標的は王女だ。
(しまった!)
気付いた時には、もうすでに王女は取り囲まれていた。精霊をかき分けていくと目に入ったのは、気丈にも剣を振り回して戦っている王女の姿だった。彼女はイオと目が合うと、鋭い視線をよこした。
「何をしているのですか。しっかりなさい!」
先ほどまで座りこんでいた少女とは別人のようで、見事な剣さばきだった。イオは舌を巻く思いで気持ちを切り替え、剣をふるった。そして、王女の腕を掴んだ。
「早く逃げましょう」
二人は走ってバルコニーに出た。それはちょうど、翼竜によって滑空してきたカナタが着地した時だった。
「イオ、大丈夫か。遅れて悪かった。城下も大変なんだ」
顔を煤だらけにしたカナタが二人に歩み寄った。その様子から火を用いたのがわかった。
「奴等は火が苦手みたいだ。さあ、俺も手伝うぜ。何をすればいい」
カナタは肩まで伸ばした黒髪を束ねながら言った。その目は飛び交う精霊を睨んでいる。イオは王を救えなかった無念さでくやしくて仕方なかったが、今はまだ後悔する時ではないと判断した。
「王女様を頼みます。カナタさんの方が速い。俺は城内を見回りながら降りる」
つとめて平静な声をだしたが、この時点でイオが王を助けられなかったことは明白だった。しかし、カナタはさほど気にした風もなく、「失礼しますよ」と言って王女を抱えた。飛び立つ直前に王女はイオを見た。
「くれぐれも気を付けて」
イオは深く礼をしてフィックに跨った。ふと思い当り、カナタに尋ねていた。
「アロットは」
「隊長が合流しているはずだ。心配するな」
ほっと胸を撫で下ろしながら、イオはカナタの後ろ姿を見送った。王女を狙ってその後を追おうとする精霊を斬りつけ、イオは来た道を引き返した。
どうやら精霊は限られた人間にしか興味を示さないらしい。被害者はいないかとイオは注意しながら階段を下りて行ったが、精霊は数こそ多いものの漂っているだけで、人々は怯えているだけだった。また、人々の恐怖の対象はイオでもあった。神々の化身とも言われている精霊を躊躇なく斬り捨てていく若者は、悪魔のように思われても仕方なかった。結局、王家の庇護によって特別隊は存在しているに過ぎないのだ。その筆頭である王が消え、残されたのはイオとあまり年の変わらない王女だけ。混乱が生じるのは必然だった。
突然フィックが足を止めた。もうすぐ長い階段が終わろうとしていた時だった。
「どうしたんだ、フィック」
驚いて話しかけると、フィックは一声小さく鳴いた。その内容を理解したイオは、フィックの好きなように行かせることにした。イオは恐竜の言葉がわかった。それは育った環境で身に付いたものである。
フィックは時々立ち止まりながらも、どんどん城の奥へと進んでいった。いくつかの豪華な応接室を通り抜ける。誰も通らないような回廊を通ると、壁にかけられた肖像画の偉人達がイオを品定めしているように思われてならなかった。ここまで来ると精霊の姿はない。奥に進んでいくにつれて、イオは不思議な感覚を覚えていた。恐怖と懐かしさ、そして好奇心。今追っている何かを見つけてはならない気がしたが、どうしようもなく惹かれた。
行きついた先は行き止まりだった。そこでフィックはまた一声鳴いた。イオは反射的に頷いていた。フィックは小柄な身体にしては太い脚で、古びた壁を思い切り蹴った。二、三度繰り返すと、ついに壁が崩れた。イオはフィックの背に乗ったまま、その穴をくぐった。
(ああ、これは山野の香りだ…)
その隠されていた小部屋に入って、イオは自分とフィックを惹きつけていたものの正体を知った。それは、故郷の山野と緑の気配だった。そしてその源はきょとんとした少女だ。
「…誰?」
ランプの隣に座っている少女が目を丸くして尋ねた。予想外のことに驚いていたイオはなんとか言葉を発しようとしたが、それは迫りくる殺気でかなわなくなった。神経を尖らせるイオに少女が告げた。
「助けて」
彼女はいつのまにか隣に立っていた。その顔は無表情であったが、声には切実な響きが込められていた。
「お願い、ここで死にたくない」
必死の様子で言う彼女はそれでも無表情だった。イオはそこにかつての自分を見たような気がした。
「乗ってしっかりとつかまれ。絶対に落ちるな」
ぶっきらぼうに言うと、少女は身軽にフィックに跨り、イオの腰に腕をまわした。イオは剣を抜くと、フィックのわき腹を蹴った。駆けだすとすぐに、こちらに向かっている精霊の集団にぶつかった。その集団は明らかに様子がおかしい。いつもの無害そうな顔からは考えられないほど、その顔は醜かった。目は赤黒く光り、大きく開かれた口には鋭い牙が並んでいた。そして狙いは、イオにしがみつく少女に間違いなかった。
イオはひたすら剣を振り回した。きりがないのはわかっていたが、そうするより仕方なかった。目の前に次々と現れる醜いもの。熱い身体の中のどこか冷静な部分で、イオは悲しみを感じていた。
(何がどうなっているのだろう。この国はどうなるのだろう)
頭の中で、さっき出会った男の言葉が甦っていた。
(この国が転覆する、か。あながち、正しいのかもしれないな…)
愛国心などないと思っていた。だが、イオは悲しかった。だからイオは、長き繁栄を築いた国が滅んでいくその末路が自分には哀れに映る、そのための悲しみだと思うことにした。
気がつくと、殺気がなくなっていた。追ってくる気配もない。それでも速度を緩めずに欠け、城を出てからゆっくりとフィックを止まらせた。あたりを見回したが、もう何も漂ってはいなかった。イオは静かに剣を鞘におさめた。
「大丈夫、もう大丈夫だから」
いまだにイオの腰にまわした腕の力を抜こうとしない少女に、できるだけ優しく言った。それでも彼女の腕は緩まなかった。すがるようにして、安息を求めているのだ。
「…少し俺に付き合ってもらえるか」
困ったイオが振り向きもせずに尋ねると、背にもたせかけられた頭が頷くのが伝わった。それを了解の意と解して、イオはフィックに合図をした。フィックは小走りをして、高い城壁を軽々と飛び越えた。そして、疲れを感じさせない足取りで、どこまでも続く草原をひた走りに走った。これは、イオとフィックの一番好きなことなのだ。特に、嫌なことがあったらこれほど効果的な憂さ晴らしはなかった。
夜が明けるような様子はなく、満天の星が頭上も背後も、地平線の果てまでも埋め尽くしている。地平線の先には、平和な村があり街がある。そのすべての統治を王が行っていた。そして今夜、その王が消えた。イオの目の前で闇に呑みこまれた。今でも王の手の感触をイオの手が覚えている。絶対的な力をもつ王が生を求めてイオの手にすがりついたものの、神々の前で王はあまりに無力だった。
(悲しい)
しかし、何が悲しいのかわからない。身を切るような冷たい風が心地いい。この風が心のもやもやも吹き飛ばしてくれているように思った。だが、実際にそんなことはありえないのだ。この気持ちが何なのか、決着がつかないうちにこの国は荒れるだろう。一人残された王女に何ができるというのだろう。
月のない冬の夜、イオはただ風になりたいと願っていた。
初めての執筆でいたらないところも多々あったと思いますが、読んでくださってありがとうございます…!