第一話(1) 【初めてを失った日】
ボクらはいつでも、誰かに運命を握られている。それを理解出来たのは、初めて誰かの前で裸になった時だった。
見知らぬ御屋敷の中で。唯一覚えがあったのは、足元に脱ぎ捨てたシャツとズボン。何もかもを脱ぎ捨てたせいかどうにも肌寒くて、ボクは【ご主人様】が目を逸らした隙に、あの暖炉に近づけないかと企んでいた。
だけどご主人様の犯すような視線が、ボクの体を火照らす。誰にも向けられた事のない情欲のそれ、不慣れながらもボクはそれを感じ取っていて、たまらずボクは両手で体を隠す。
それがアダとなったのか、ボクの――おちんちんが、むくりと膨らんだ。慌てて手のひらでそれを抑えこもうとするけど、むしろどんどん熱く固く、取り返しがつかなくなっていく。
もう暖炉なんて必要なかった。あるのはただの激しい屈辱感と、帰りたいという気持ちだけ。
ぎりりと歯を食いしばる度に、ご主人様の口元が淡く緩む。それはまるで檻の中のペットを見つめるように。
「そ、そんなに楽しい? ボクを辱めて。よっぽど趣味が悪いんだね貴族ってのは」
前髪の隙間からご主人様を睨み、苦し紛れの強がりを言い放つ。
「いや、違うよ。素晴らしく趣味がいいのさ」
ご主人様はぬらりとボクに近づき、頬に手を添える。
「君のような美しい緑髪を持った子は、【この世界】とてそう居ない。透き通った孔雀石のような髪色、風を纏うようなウルフヘア。そしてそれらに決して引けを取らない、君の可愛らしい顔。――好きだよ、カシュラ」
途端に、ボクはご主人様の手を振り払うようにそっぽを向いた。
頭の中をご主人様への悪口で埋め尽くし、乱れそうになる心を怒りでかき消そうとした。
「……その言葉を聞きたい相手は、貴方じゃない」
そんな必死に絞り出した反抗心も、あとどれだけ持つのだろう。この世界に転生して数ヶ月、未だボクの心を支えてくれていたのは、ほんの僅かな地球への未練。
元々こういう踏ん張りが得意な性格じゃなかった。地球に居た頃のボクと言えば、いつも教室の隅で本を読んでいるか、家でジッと蹲っているか。誰かの心に触れる事が、触れられる事が怖くて、いつも目に見えない何かから逃げ続けていた。
だとすればこの些細な反抗も、結局は逃げているだけなのかもしれない。
――二度と【彼】には会えないという、現実から。
「おいで、カシュラ」
誘うようにご主人様が、そっと手を広げ、ボクを待つ。
当然ボクは一歩引いて離れようとしたものの、両足が不自然にもつれてしまい、思わずご主人様の胸へ倒れ込む。
認めたくなかった、体は正直だと。だけどご主人様に受け止められて、甘い香りと共に抱かれてみると。何故かボクの目頭が熱くなって、封をしていた色々な記憶が一気に溢れ出てくる。
初めて手を繋いだ、放課後の帰り道。夕日の中に消えていった、彼の無邪気な笑顔。
彼に想いを伝えなかった事を、ボクはずっと後悔していた。その後悔ゆえか、反抗心ゆえか。気付けばボクは両手をグーにして、ご主人様の胸を力無く叩く。
「お、お前なんかに負けるもんか。ボクは、ボクは。絶対に帰ってやるからなっ……。絶対に……!」
――ご主人様がとても嬉しそうに、にこりと笑った。まるでボクがそう自分を奮い立たせる事が、最初からわかっていたかのように。
そしてその直後の事だった、ボクがベッドに押し倒されたのは。……ボクが何も知らずに生きていられたのは、この日が最後だった。