第三章
この章でさらに死にます。容疑者いなくなるではないですか……
別荘に集まった親族たちは、佳奈子の突然の死に言葉を失っていた。
「信じられない……佳奈子さんが自殺だなんて……」
「何があったんだ。兄さんの死の直後だというのに……」
メインホールに漂う沈黙。重苦しい空気が、一同を圧し潰さんばかりだ。
「まさか、まさか……こんなことって……!」
涙を流しながら呻く者。祈りを捧げる者。
部屋の片隅で泣き崩れているのは、佳奈子の夫である英樹だ。
「佳奈子、どうして……なぜ、君まで……」
声を振り絞るように嗚咽を漏らす。彼にとって、佳奈子は最愛の妻であり、何があっても守ると誓った大切な存在だった。
「御手洗さん、奥方の死は単なる自殺なのでしょうか?」
弘樹が食い入るように尋ねる。その目は、恐怖に潤み、焦りと疑念が入り混じっている。
「それとも、犯行の手口を変えただけの他殺の可能性が……」
「断言は避けたいが、佳奈子さんの死と、哲也さんの密室殺人。何か関係がある気がしてならない」
御手洗は、深く顎に手をあてる。
「自殺を装った殺人か、あるいは何らかの強要による自殺か。真相は闇の中だ」
「しかし、動機は何だ? 佳奈子がこの家の人間に殺される理由があるのか?」
「そこが謎なのですよ。哲也さんと佳奈子さんの関係性。その辺りを洗い直す必要がありそうです」
川原執事の協力も得て、御手洗は別荘の家政婦たちから二人の普段の様子を聞き出す。
「ご主人様と奥方の仲は、ここ最近よくありませんでした。よく言い争う声が聞こえてきましたよ」
「佳奈子様は、英樹様と一緒にこの屋敷を出ていく計画を立てていたそうです」
「それに、ご主人様の遺産を巡って、親族の方々ともめていたとか」
次々と明らかになる事実に、御手洗は眉間に深い皺を寄せる。
(なるほど、婚姻関係の悩み、遺産相続の確執、そして屋敷を出る計画……)
「どれも一歩間違えれば殺意に変わりかねない、十分な動機となり得ますね」
そこへ、糸川刑事が慌てた様子で駆け込んでくる。
「た、大変だ! 二階の空き部屋から、もう一人死体が見つかったぞ!」
「何だって? 被害者は誰なんだ!」
「三男の弘樹さんだ。胸に短刀が刺さって、死んでいた」
「なんてことだ、三つ目の殺人か……!」
立て続けに起こる惨劇に、御手洗も動揺を隠せない。
遺体安置所と化した別荘に漂う死の影。招かれた客人たちが、次々と息絶えていく。
「御手洗、ついに私にも殺意が芽生え始めたよ。犯人を、絶対に殺してやる……!」
英樹は憤怒の形相で呟く。その瞳は、憎しみに燃えさかっている。
「落ち着いてください英樹さん。今は、冷静になるんです」
御手洗は、必死に英樹をなだめる。感情のコントロールを失えば、最悪の事態になりかねない。
(犯人の意図は何なのか。無差別に殺人を重ねる目的は……?)
窓の外では、まだ雨足が強かった。轟々と雷鳴が唸り、稲妻が別荘を照らし出す。
検死の結果を聞きに、糸川刑事が司法解剖に向かう。
「どうやら、弘樹さんは睡眠薬で眠らされた後、胸を一突きにされたようだな」
報告を聞いた御手洗の顔が、さらに曇る。
「致死量の睡眠薬……。偶然とは思えない。犯人の計画性を感じます」
「こうなると、私も target になりかねんな。身の危険を感じるぜ」
額の汗を拭う糸川。御手洗もまた、警戒を強めていた。
残された親族は、英樹ただ一人。
「御手洗さん……生きている私が、いちばん怪しいのでしょうね」
疲れ切った様子で、英樹が肩を落とす。絶望にまみれた表情だ。
「いえ、私はあなたが無実だと信じています。犯人は、きっと英樹さん以外の人物のはず」
力強く言い放つ御手洗。そこには、名探偵としての矜持と、容疑者を見極める眼力があった。
「……ありがとうございます。私も、真犯人を暴いてみせます。妻と兄の無念、必ず晴らしてみせますから」
握り締めた拳から、血がにじむ。その決意は、揺るぎないものだった。
だが捜査は、膠着状態に陥っていた。糸川刑事も、容疑者の絞り込みに苦慮している。
「被害者が三人にのぼり、屋敷内にいる人間は限られている。もう一度、全員の取り調べが必要だ」
「私からも、みなさんに聞き取りをさせてください。気になる証言を掴んでいるんです」
御手洗の申し出に、刑事は快諾する。
「頼りにしているぞ、名探偵。お前の推理が、事件解明の鍵を握っている」
真相究明へ向けて、御手洗と刑事の連携プレーが始まる。
調査を進めるうち、御手洗は気になるものを発見した。
「これは……佳奈子さんの日記ですか」
引き出しの奥から見つかった、くたびれた手帳。
ページをめくると、哲也への恨みと、英樹への愛が赤裸々に綴られている。
『主人に無理やり結婚させられ、この屋敷に閉じ込められた私。英樹様と逃げ出したい』
『遺産なんていらない。二人で幸せに暮らせたら、それで満足なのに……』
日記の最後の方には、ショッキングな一文が記されていた。
『万が一、私に何かあったら、犯人は哲也に違いない。あの人なら、私を殺しかねない』
「な、なんだってー! 佳奈子さんは、旦那の哲也さんに殺されると思っていたのか!?」
驚愕する糸川刑事。御手洗も、大きな衝撃を受けていた。
「はっきりとは書かれていませんが、佳奈子さんは内心、哲也さんを恐れていたようですね」
「しかし御手洗、肝心の哲也さんはすでに密室で殺されている。第一発見者でもあるんだ」
「……さて、一体どういうことでしょうか。死人に口無し、とはこのこと。真実は彼らと共に、闇に葬られてしまったのか」
佳奈子の遺した手記。そこに込められた切ない思いに、御手洗は胸を痛めた。
「佳奈子さん、あなたの無念、私が晴らしてみせましょう。必ず、真犯人を白日の下に引き摺り出します」
御手洗は、日記を丁重に閉じると胸のポケットにしまった。事件解明の、新たな手掛かりとなるはずだ。
安置所の霊安室では、故人を偲んでバラの花が手向けられていた。
「佳奈子……愛しい妻よ。君は何も悪くなかった。私が、君を守れなかった……」
英樹は声を震わせ、棺に収められた佳奈子に語りかける。悔し涙が頬を伝う。
「御手洗、私の不甲斐なさを責めてくれ。真犯人を捕まえられなかった無能な夫を、怒ってくれ……っ」
極限状態に追い込まれた英樹の心が、いよいよ限界に達していた。
「御手洗、私はもう……私は、もう……っ」
感情を抑えきれず、英樹は嗚咽を漏らす。その呻き声は、部屋に響く雨音にかき消されんばかりだ。
「……英樹さん。今、あなたにできることは一つだけです」
御手洗は、うなだれる英樹の背中に手を置いた。
「真犯人を見つけ出し、佳奈子さんの仇を討つこと。私も、全力であなたに協力します」
「御手洗さん……そうですね。私にしかできないこと……」
涙を拭い、英樹は覚悟を決めた顔で立ち上がる。
側に立つ御手洗は、ただ黙って英樹の決意を見守るしかない。
「御手洗さん、聞こえませんか。屋敷の方から、物音が……」
ふと我に返った英樹が、耳をそばだてる。
微かに響く足音。誰かが、霊安室へと近づいてくる。
「誰だ! そこにいるのは!」
ガラス戸を開け、廊下に飛び出す英樹。
「こ、これは……く、来るんじゃない! うわあああっ!」
次の瞬間、英樹の悲鳴が別荘に木霊した。
「英樹さん、どうしたんですか! 何があったんです!」
駆けつける御手洗の目に飛び込んできたのは、凄惨な光景だった。
床に倒れ込む英樹。その胸から、鮮血が流れ出している。
「ぐっ……や、やられた……御手洗、すまない」
「そんな……どうして、あなたが……」
力なく項垂れる英樹を、御手洗は必死に支える。
「私のせいだ……真犯人を、見抜けなかった……」
震える英樹の手が、御手洗の腕をつかむ。
「真相は、もうすぐそこに……だから、お願い……真実を、暴いて……」
かすれた声が途切れ、英樹の手から力が抜けていく。
「英樹さんっ! しっかりしてください! 死なないで!」
御手洗の絶叫が、虚しく霊安室にこだまする。
「くそっ、遅かったか……! 犯人め、よくも英樹さんを……っ」
駆けつけた糸川刑事も、息を呑む。
「状況からすると、犯人は別荘内部から侵入したとみて間違いない」
「……一体、どういうことだ。死体が転がる屋敷に、まだ人がいるというのか」
英樹の死により、事件は新たな局面を迎えた。
残された者は、御手洗と刑事、それに使用人たちのみ。
「もうすぐだ。真犯人は、私たちのすぐ近くにいる……!」
御手洗は額の汗を拭う。もはや後がない。
「全ての事件は繋がっているはず。トリックを解けば、犯人の顔が見えてくる……!」
果たして、孤島の別荘に渦巻く悪意の正体とは。
密室殺人の謎を解き明かし、卑劣な連続殺人鬼を暴くことができるのか。
荒れ狂う風雨に呑まれんばかりの別荘。
「犯人よ、聞いているか。今こそ、お前の仮面を剥がす時が来た……!」
御手洗の瞳に、静かな炎が宿る。
名探偵最大の難事件が、いよいよクライマックスを迎えようとしていた。
*
「……こんな悲劇は、もう沢山だ」
遺体の山と化した屋敷で、一人の男が呟く。
「なぜ、死ななければならなかったんだ。俺は、ただ幸せになりたかっただけなのに……」
その男の正体は、かつて久遠寺家に仕えていた元執事、三島辰雄だった。
「旦那様は私を信頼し、遺産の管理を任せてくれた。だが英樹坊ちゃんは、私を邪魔者扱いした」
「だから、死んでもらったのか……!」
御手洗の鋭い声が、三島の背中を射抜く。
「御手洗さん……。私は、ただ旦那様の遺志を継ぎたかっただけです」
「遺志だと? あなたのしたことは、単なる我欲のための殺人だ」
「違う! 私は、久遠寺家を守るために……!」
取り乱す三島に、糸川刑事が手錠を掛ける。
「三島辰雄、君には殺人の容疑がかかっている。俺についてこい」
「そんな、私は無実だ……無実だと言っているだろう……!」
三島の絶叫が、雷鳴にかき消されていく。
事件の全貌が明らかになった。
別荘の地下室に潜伏していた三島が、執事時代に覚えた屋敷の秘密通路を使い、密かに人々を襲っていたのだ。
「奥方の佳奈子さんは、真相を知る恐れがあった。だから、自殺に見せかけて殺害した……」
「三男の弘樹さんは、三島の疑いを持ち始めていた。口封じのために、殺害された……」
御手洗の説明に、糸川刑事は唇を噛みしめる。
「くそっ、こんな卑劣な犯行……許せない……!」
「哲也さんの密室殺人も、裏から鍵をかけることで偽装自殺に見せかけた。死の直前まで、犯人に疑いを持たれないよう細心の注意が払われていた……」
御手洗の脳裏に、事件当日の情景が鮮明によみがえる。
誰もいないはずの深夜の別荘で、一人の影が蠢いていた。
「旦那様、お許しください。私は、久遠寺家の全てを手に入れるまで……」
饒舌に呟きながら凶行に及ぶ三島。
それを目撃した英樹が、何も知らずに彼を問い詰めたのだ。
「三島……まさか、お前が……?」
「坊ちゃん、見つかってしまいましたか。でしたら……」
次の瞬間、英樹の胸を短刀が貫いた。
「ぐっ……お前、このような……!」
「坊ちゃんには、もう用はない。邪魔者は消えてもらいましょう」
冷酷に告げる三島に、英樹は絶望の表情を浮かべ息絶えた。
「……全ては、お金のためだったのか。何という愚かしさだ」
御手洗の声が、重苦しい空気を切り裂く。
「久遠寺家の人々は、お金などといったつまらないもののために命を落とした。犯人にとって、人の命などちっぽけなものだったのでしょう」
憤怒に震える糸川。御手洗もまた、深い悲しみに暮れていた。
「事件は解決したが、失われた命は戻らない……。私は、探偵失格だ……」
自らを責める御手洗に、糸川は力強く言葉をかける。
「御手洗、お前は十分やったさ。真犯人を暴き、被害者の無念を晴らした。それで……いいんだ」
ぽつりと呟くと、刑事は遺体の安置された部屋に向かう。
横たわる英樹の亡骸に、糸川は敬礼を捧げた。
「ご苦労だった……。安らかに、眠ってくれ……」
後日、久遠寺家の人々は、それぞれの想いを胸に葬られた。
「久遠寺さん、佳奈子さん、英樹さん……。どうか、安らかにお眠りください」
御手洗は、三人の墓前に花を手向ける。
「あなた方の死を、無駄にはしません。二度と、このような悲劇が起きぬよう……」
風が吹き、花びらが舞い上がる。
まるで、亡き人々の応答のようだった。
孤島の別荘は、再び静寂に包まれた。
遠ざかる船に乗った御手洗は、一人深い溜息をついた。
「久遠寺家の一件、私の力不足でした。本当に、申し訳ない……」
自らの非力を思い知らされた、悔しい出来事だった。
だが、真相を暴き、犯人を法の裁きにかけられたことは、御手洗にとって救いだった。
「被害者の方々に、謝罪はできない。ただ、二度とあなた方のような犠牲者を出さぬと……誓おう」
静かに目を閉じ、御手洗は心の中で誓いを立てた。
世の中から、悪を根絶やしにすることを。
たとえ、小さな一歩でも、前に進み続けることを。
「真実を、探偵として追い求め続ける。それが、私の使命だ」
決意を新たにした御手洗は、再び難事件に立ち向かうべく旅立った。
彼の冒険は、まだまだ続くのである。
(完)
突然、真犯人が現れました。
これのどこが本格ミステリーなのかとAIに問い詰めてみました。
「ご指摘ありがとうございます。本格ミステリーにおいては、真犯人の存在を物語の最後に唐突に出すのは避けるべきですね。読者に対して、真犯人を推理する手掛かりを物語の中で提示しておく必要があります。
では、あらすじを修正し、真犯人の存在を匂わせるような表現を加えてみます。
大富豪の久遠寺哲也が所有する孤島の別荘に、一通の招待状が届く。久遠寺家の親族一同が集められ、翌朝、哲也が自室で死体となって発見される。密室での変死に疑問を抱いた名探偵・御手洗潔は、顧問弁護士の三崎俊介とともに調査を開始する。
殺害方法は毒殺だったことが判明し、遺産相続をめぐる親族間の対立が浮き彫りになる。捜査が進む中、また別の殺人事件が発生し、事件は思わぬ方向へと進んでいく。
孤島に閉ざされた別荘で、次々と殺人が起こる。御手洗は被害者たちの関係性を洗い直し、事件の背後に潜む真犯人の影を追い求める。果たして、犯人の狙いは何なのか。そして、密室殺人の謎を解くカギは一体どこにあるのか。
御手洗の鋭い洞察力が真実を暴き出していく中で、事件に隠された驚くべき事実が明らかになっていく。孤島の別荘に渦巻く陰謀と、凄惨な連続殺人の真相とは? 真犯人は、御手洗の追及の手から逃れることができるのか?
孤島を舞台に、伝統ある名家に渦巻く謎と、名探偵と真犯人の対決を描く、本格ミステリー作品。
このように、真犯人の存在を物語の途中から匂わせることで、読者に真犯人を推理する機会を与え、物語の最後まで謎解きの面白さを維持することができると思います。」
どうやら、書き直す気満々のようでした。