婚約破棄されて修道院へというのがよくあるけども
よくある婚約破棄ものを読んでてふと思ったことを書いてみました。
なお、なんちゃってファンタジー異世界とす。
※ネタバレになるかと控えていたのですが、コメディなので処刑とか拷問とかはありません。
栄えある王立学園卒業式典の最中の出来事である。
在学中、生徒会長を務めた王太子たる第一王子殿下は答辞を述べる為に上がった壇上で婚約者たる公爵令嬢を懇意にしている一女生徒へのいじめを理由に糾弾し、婚約破棄と修道院入りを命じた。
それに続けとばかりに側近候補であった高位貴族の令息数人もまた壇上へ上がり、同じ女生徒へのいじめを理由にそれぞれの婚約者へ同様の宣言をしたのだった。
ボゴッ!
「ぶべらっ……!」
王の間にて。
意気揚々と“元”婚約者の嫉妬深さと性根の醜さ、公爵家の権威に屈することなく断罪した自らの英断と、新たに王太子妃に“決めた”男爵令嬢のいじらしさ愛らしさを語っていた第一王子は、王錫で力いっぱいぶん殴られて壁近くまでぶっ飛んだ。
その衝撃で王錫の飾りがひしゃげて王室伝来の大きな宝石が絨毯に転がったが、眉間に渓谷より深い皺を刻んだ宰相がそっと拾って侍従に手渡した。
床にへたばったまま目を白黒させている王子を、ミリミリと音が聞こえるくらいこめかみに青筋を立てた国王は生ゴミを見るような目で一瞥すると
「宰相、第一王子廃嫡と第二王子の立太子承認を最優先議題として早急に高位議会にかけよ。」
「はっ!」
「え、廃……え?」
「侍従長、急ぎ中央修道院長殿へ使いを出せ。書状は直ちに余自らしたためる。」
「かしこまりました。」
「あの、え、ち、父上?」
状況が飲み込めずにいる第一王子を置き去りに、慌ただしく部屋を出ていく王や宰相達。入れ違いに現れた近衛兵二人は一応まだ第一王子の両脇を取って立たせ、怪我の手当ても無く今のところまだ自室である部屋へと放り込むと、そのまま扉の前で警護についた。
と言っても、室内のまだ呆然としている桃色オツムのバカ坊っちゃんを護る為ではなく、逃亡しないようにする為であるが。
どんな呪いにかかっているものやら、何故か時々王族や高位貴族に不貞からの冤罪捏造による婚約破棄が起こる。
流石に一般市民の方までは把握していないが、特に他国に比べて破談や離婚が多いという話は聞かない。
従って高位の者達ほど幼い頃から政略結婚の重要性を言い聞かせ、それを感情的に破るのがいかに恥ずべき行いなのか教育している。
だが事は学園内で進行している事が多く、反抗盛りの思春期の比較的大人の介入がしにくい生徒間での事である為、遺憾ながら後手に回る事がほとんどであった。
毎度政敵、もしくは他国の謀ではないかと入念に調査されているのだが、殆どは工作員どころか後ろ盾すらなく、前世の記憶だとかゲームが世界だとか「とらてんはーれむちーと」だとか訳の分からない事を喚く者なのだ。
やっぱりなんか呪われているのではと聖教会に相談するも、毎度申し訳なさそうに首を横に振られるばかりである。
そんな訳で、嫌な前例の多さから王太子廃嫡から次点の第二王子立太子承認手続きは恙なくスピーディに行われた。
側近候補達の跡継ぎ変更に至っては半日で済んだ。
問題は婚約破棄された令嬢達の方である。
残念ながら、婚約破棄となれば男性に非があっても女性の方にやれ魅力が足りなかっただの、男の一人も引き留められないだの心無い事を言い立てる者が出る。
だから今回のように罰として修道院行きを命じられずとも、傷もの扱いで不本意な婚姻をするくらいなら十分な寄付金を持って由緒正しく格の高い修道院へ入った方がマシという者も多い。何なら慈善事業に精を出して名誉を回復し、有力貴族から見初められて還俗する事だってないでもないし、正式な修道女となって修業を積んで教会勢力内の地位を上げていく道だってある。
密かに想いを寄せてくれていた将来有望な幼馴染のイケメン騎士とか、丁度招かれていた何の瑕疵も無いのに何故か婚約者のいない大国の皇太子とかが毎度都合良く現れる訳ではない。
という訳で、王都の中央修道院には割と定期的にやんごとない身分のご令嬢、稀に王女が入られるが――――――
「あああああまた当分修道院に頭が上がらなくなるではないかっ!!」
当然被害者には慰謝料だのなんだの支払われる訳だが、うら若い淑女に冤罪かけて将来を潰した事への心情的な負い目は残り、それは彼女らが身を寄せる修道院へスライドする。
「ううっ、愚息が……申し訳ないっ……。」
琥珀色を満たしたグラスを手に、涙ながらに謝罪を繰り返すのはオツム桃色バカ坊っちゃんsの親達の一人、現財務大臣である。
息子の不祥事の責任を取って職を辞そうとしたが、その能力とこれまでの忠勤ぶりを惜しんだ周囲の「「「お前ひとりだけ逃がしてたまるかああぁ!」」」という心暖まる声により留任が決定している。
可及的速やかに第一王子の廃嫡と第二王子立太子の手続きこそ済んだが、それによる予算の組み換えとか立太式の準備とかその他諸々による超繁忙期を前に、王宮では王家秘蔵の“命の水”を振る舞われてのささやかな壮行会が行われていた。
「そういえば、陛下はどうされておる?」
「先ほどマーガレット殿下、いや中央修道院長殿が参られてな……おそらく今回の件をガン詰めされておられる。」
「昔から曲がった事が大層お嫌いな方じゃったからのぅ……」
現王の伯母に当たる先代王姉殿下におかれては、婚約破棄騒動の場で婚約者と浮気相手の女性を理詰めで追い込んで泣かした武勇伝が伝わっている。
「仕事もアレだが家にも帰りたくない……」
「俺もだ……姉上に何と申し開きをすればいいか……」
「伯父上も大概親馬鹿だからな……何で王宮の方でも手を打たなかったって絶対叱られるだろうなぁ……」
桃色バカ坊っちゃんsの親族は当然として、被害にあった令嬢の親族達も胃を痛めていた。
勿論悪いのは複数の婚約者持ちの令息を誑かした女と、その口車に乗って言語道断の婚約破棄騒動を起こした男共だ。
しかし一朝一夕で起こった事ではない以上、こんな事になる前に周囲でどうにか出来なかったのかと責めたくなる気持ちも解らないでもない。
そもそも、かつて中央修道院は王女が住まう離宮のひとつであった。
例によって卒業式典で婚約破棄された当時の第三王女が、不実な婚約者と周囲の心無い言動を嘆いて
「金輪際婚姻など致しませぬ! かくなる上はこの離宮を寄る辺なき女性達の家とし、私は理不尽に涙する女性を庇護する母となりましょう!」
と宣言したのが始まりである。
元より相互扶助と慈悲の精神は修道院や聖教会の基本理念の一つだが、その成り立ちから特に虐げられた女性達の守護を旨としている。
そして、ひとたび修道院へ入ったなら俗世の柵から解き放たれ、地位も出自も無く只ひとりの信徒として祈りの日々を送る――――と言うのが建前であるが、まあ人間そう簡単に割り切れるものではない。
愛情深い家族であれば傷つけられた娘に出来る限り便宜を図ろうとするし、然程でなくとも貴族の面子的に蔑ろにされて大人しく引っ込むなんていうのは致命的だ。
名誉挽回できるなら当然支援するし、その結果舐め腐った真似をしてきた男と家にざまあ出来るのならば『ガンガン行ったれ!』である。
結果、複数の高位貴族家の権力・財力・人脈をバックに、高度な教育を受けた優秀な令嬢達をやんごとなき血筋の院長が率いる中央修道院はとてつもなく立場が強かった。
手厚い慈善活動を行う事から民衆の支持もそれはもう高く、もはや聖教会本部の教皇さえ蔑ろに出来ない程になっている。
因みに、それに引っ張られてこの国では修道院自体の社会的地位がそこそこ高い。
おかげで代々王の即位にあたり、大変柔らかく暖かいお言葉で『お前んちの修道院これ以上強化すんじゃねえぞマジで。』という内容の親書が届けられる。
まことに遺憾ながら、今回の騒動で歴代最速で王妃教育まで修めた公爵令嬢と、王国最大の金山を有する侯爵家の令嬢と、魔道師団長にも匹敵する魔力量と噂の伯爵令嬢がお入りになられてしまったが。
つよつよと言っても修道院であるからして、別に理不尽な要求をしたり横暴な振る舞いをする事は無い。
だがちょっと、その、効率的な事情で大を取って小を捨てるような政策とか、大きな声では言えないが他国への侵略的なアレコレ的な事に関しては首輪どころか手枷足枷つけられた状態が続く事になる。
「それで、件の男爵令嬢の取り調べはどうなっている?」
「やはりいつも通りのようです。」
「ううむ、これは本当に転生やら異世界やらが存在するのであろうか……」
荒唐無稽な言い分も、これだけ続けば一考の余地がある。
未だ意味の分からない言葉もあるが、狂人の戯言と供述内容を破棄する事もなく代々律儀に文書を保管し続けてくれていた文官達のおかげで、数々の前例の共通点が掴めている。
曰く、この世界とは異なる世界が存在する。
曰く、この世界は異世界で物語として描かれていた。
曰く、自分は異世界の人間だったが、この世界に物語の主人公として生まれ変わった。
※生まれ変わる際の経緯については、名も知らぬ神によるもの、異世界で死を迎えたもの、トラテン(意味不明)等幾種類かに分かれる。
そして――――私がヒロインなんだから、イケメンは全員自分を好きになって何でも言う事を聞くべきだ――――と。
「……まあ、理解しがたい点も多々ありますが、異世界という事ですし。」
「しかし、聞けばあちらでも不貞や一婦多夫はタブーという話ではありませんか。」
「だからこそこちらで、という事でしょうな。迷惑千万ですが。」
「しかし、これまでずっと魔法や呪いの類では無いと言われましたが、異世界というのが事実であれば……」
「左様、異世界の技故に感知できなかった可能性がある。」
いくらなんでもこの現状は不自然であるし、うちの王族や貴族に恋愛脳のアホが多いだけだなんて考えたくない。
「いっそ、異世界の聖女でも召喚して呪いだか魔法だかを解いて貰えんかのう……」
ここ数日で一気に白髪が増えた宮廷魔導士長の溜息を最後に、栄光に満ちた王国を導く錚々たる面々は重い腰を上げてそれぞれの戦場へと向かって行くのだった。
――いや、多重クロスとかこれ以上やると収拾つかなくなっちゃうんで――
「?」
王国のとある長閑な農村で。
村で評判の素朴で可愛らしい清らかな少女が、不思議な声を聞いたとか、聞かなかったとか。
いや、実家が太い御令嬢が何人も修道院にいたらどうなるのかなって。
【追記】
いつの間にか誤字報告のシステムが出来てる!Σ(ºωº )(←遅い)
報告ありがとうございました。現在頂いた分は修正しました。
ただ、会話文の。」については誤りではない為、今後ご指摘いただいても修正しない方針です。