変化
俺は部屋に戻り、パソコンを見た。おそらく過去であろう場所にタイムトラベル出来たことは、アリシアと出会ったことで、どうでも良くなっていた。だが試しに色々な数字を入力してみた。
211809051200
と入力して、エンターキーを押してみたが、エラーがでた。どうやら未来には行けないようだ。
147904251100
これでもエラーが出た。一度行った過去のちょっと前までも行けないようだ。意外と制約が厳しい。多分、並行世界、パラレルワールドの影響を、極力少なくするためだろうと思惟した。それに先程のタイムトラベルで分かったように、向こうで三時間経てば、こっちの世界も三時間経つようだ。
その後、久しぶりに自室でシャーペンを握った俺は、今日アリシアとの対話で覚えた英語を、真新しいノートに書いていった。
学校の空き時間も英語の勉強を始めた。彼女の使っていた英語は古い言葉だったので、図書館から辞書を借りて勉強する。図書館にその手の本が置いてあったのは僥倖だった。昼の時間も辞書をパラパラとめくりながら、使えそうな単語をピックアップしてノートに書き写す。その様子を怪訝そうに見つめる視線があった。可南子と黒木だった。
「ねえ、一体どうしちゃったの? 剣道も辞めて、いきなり英語の勉強をするようになって。海外留学でもするつもり?」
「あっ、判ったぞ、海外で剣道を教えるつもりだな!」
黒木は相変わらず背後のロッカーから出てきて、普通に俺たちと一緒に昼食をとっている。
黒木はクラスで何をしているんだ? 友達いないのか?
「別にいいだろ。勉強は学生の本分なんだから。それに海外留学できる状況じゃねぇよ」
「ふーん、まあ別にいいけどね」と言って、可南子は弁当をつつきながら時々視線を飛ばしていた。
アリシアとのコミュニケーションは順調に進んでいった。彼女との出会いから約一ヶ月。毎日二時間ほど俺と彼女は、あの泉の前で話をしていた。やはりというか、彼女は貴族の娘だった。ただ両親は最近他界し、領土や後継者などアリシアは配下の枢機卿や賢人会と、これらの問題を抱えているようだった。だが俺と二人でいるときは、そのような不安や悩みなどおくびにも出さなかった。極めて楽しそうに自分の話をしたり、俺の旅についての話などで話題は絶えなかった。
俺から話せる事は限られているが、まだアメリカ大陸も発見されていないこの時代の事を考えて、出来るだけ真実に近い情報を小出しにしていった。時にはネットから歴史に関する話のネタを探すこともあった。
そんなある日の昼休み、俺は高校の英語教師に呼び出された。
「立花、最近英語の成績が随分上がっているようじゃないか」
職員室で他の教師がまだお昼を食べている中、開口一番俺は教師に褒められた。この前の小テストのことだろう。剣道以外で褒められたことがない俺は、すぐにアリシアとの会話がテストに活かされていると気づいた。
「ただ……」その教師はわずかな間を置いて、「文脈や単語などが、かなり古いものがある。それに口語的な表現になっているところもある」と真剣な表情で俺の顔を覗き込む。「今、どんな教材を使っているのだ? それとも文語学者にでもなるつもりか?」
「いえ、そんなつもりはないのですが……、家の辞書が古いのかもしれません」と嘯いた。
「必要な教材があったら言ってくれ。剣道部を退部したそうだが、この一ヶ月でここまで結果が如実に出ていると、センスがあったのかもな。TOEICとか受けてみるといい。柿崎先生には悪いが応援しているぞ」
ここまで褒めてくれると面映ゆい。実際アリシアとコミュニケーションが取れるようになって、英語の楽しさが俺の中で跳ね上がっている。
さあ今日はアリシアと、どのような話をしよう……。
そう思いながら職員室を後にした。