表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
トラベラー  作者: 北丘淳士
8/28

セリナ・ジェイス

 世界屈指の量子コンピューターを擁し、いくつものラボが併設されたスイスのソラト研究所で、セリナ・ジェイスは左手で摘んでいた何かから手を離した感覚を覚えた。いや、実際は離したのではない。指で握っていたものが、ふとした瞬間になくなった感覚だ。なぜそのような感覚に囚われたのか理解できない。歩いていた廊下を見渡したが何もない。感性の高い彼女は明らかに異変を感じ取っていた。

「なんだろう、この感覚……」セリナはふと、1人ごちる。

 スーツの袖を摘むのは、彼女の癖だった。彼氏や、彼女の兄貴についていく場合、彼女は小さく袖を摘む。彼女の指先に残った手触りは、自分が着ているボディースーツと同じものだった。

 何かあったのかな……。

 もう一度振り返ったがやはり何もなく、彼女は微かな疑問を残したまま、白色の廊下を再び歩き出した。

 セリナは寮に戻り、パソコンに保管している写真を広げていた。あの時確かに誰かの袖を引っ張っていたのだ。数少ない写真の中で、彼女は不思議な写真を見つけた。セリナ1人で立っている写真なのだが、彼女は左側に寄り、右側に確かに誰かがいたような空間があるのだ。それは添景写真ではなく、写真のセリナは笑顔のまま空を摘んでいる。


 有給を利用して、セリナは実家に帰った。イギリスの北部にあるその町は、空も水も、まだまだ冷たく澄んでいた。実家に戻った理由は、指先から離れたものを見つけるためだった。

 やっぱりどう考えても腑に落ちない。

 セリナは時間をしばらく忘れ、注意深く、パソコンの画面を拡大したりして確認していた。父や母、兄、妹との写真が大半だった。実家のデータには怪しい箇所はなかった。

「いきなり帰ってきたと思ったら、いったいどうしたの?」

 四歳年下の妹が、高校から帰ってくるなり言った。

「あ、リリィ、お帰り。ちょっと確かめたいことがあってね……」

「なになに?」リリィは首を伸ばしながら、パソコンの画面を覗き込んだ。

「私達以外に家族がいなかったかどうかなんだけど」

「何言ってるの、お姉ちゃん。タイムマシンの研究のせいで、おかしくなっちゃったの?」

 セリナは嘆息をついて、肩を竦める。

 やっぱりあの画像が手がかりね……。

 彼女は頭の中で、難解な紐の絡まりを必死に解こうとしていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ