骨喰藤四郎
なぜこんな時代に刀が……?
鞘に納められた刀は日本刀だった。親指で鍔を押すと、鯉口から銀色に光る刃が見える。真剣だ。鯉口から覗く龍の紋様は、重文、骨喰籐四郎。我が家系の師範に代々襲名されている、『籐四郎』の名のもととなった重宝の一振りだ。本来は京都の豊国神社に奉納されているはずだった。その瞬間、俺は猫さんの存在を思い出した。キースに対する警戒心を維持しながらも、わずかに猫さんの存在がちらつく。
『くそっ、ちょこまかと!』キースのいらつく言葉が、俺の背後から聞こえる。
俺は骨喰藤四郎を鞘から抜き取った。やはり先ほどの剣より随分と軽く、手にフィットする。日本刀の使い方は、父から教わっている。キースとの距離が開いた時点で、再びキースに向って構えた。
『なんだその奇妙な剣は……細剣、いや違う。……細剣にしては反り過ぎている』
緩やかに反った刀から、異様な雰囲気を感じ取ったのだろう。キースは先程よりも警戒している。
盗賊とサバゲー部隊の起こす騒乱の中、中央広場で俺とキースは静かに構え、向きあっていた。
俺がキースに向って踏み出すと同時に、キースは大剣を振りかざした。先を読んだ俺は沈んで右に一歩踏み込み、剣道では禁忌である足を狙った。キースの剣尖は、ゆっくりと俺の左側を走る。集中しているせいか、そのキースの一撃はスロー再生のように感じた。そのまま俺は回転しながらキースの左足外側の靭帯を切った。キースは苦悶の表情を浮べ、崩れ落ちた。淋漓と吹き出るキースの返り血が俺の体を洗う。刀の血を振って切り、俺は残心しながら、足を押さえて悶えるキースを見つめていた。この時代に靭帯を治す技術はないはずだ。これでもう悪事は出来ないだろう。
『…殺せ』とキースは呻きながら俺を睨みつける。辺りを見渡し、止血出来るサイズの紐をキースに投げて渡した。止血の方法を知っているかどうか分からないが。悶えつつも、まだ睨みつけるキースを横に、サバゲー部隊と近衛兵によって騒乱が収まった街を背に、泉へと向かった。
アリシアは泉の手前で待っていてくれた。俺を染める返り血を見た途端、傷の心配をしてくれたが、無傷だと伝えると、心の底から安堵したようだ。
『一緒だった近衛兵は?』
『私を逃がすために、街の門に残って食い止めているはずよ』
『そうか、アリシアが無事で良かったよ』
泉で返り血を洗っていると、アリシアが聞いてきた。
『ねえトウシロウ、私と結婚……してくれるの?』
疑問形だったが、突然のプロポーズだった。……勘違いでなければ。
俺はまだ高校生だが、二年ちょっと経てば卒業できる。そうするとアリシアと一緒にいる時間が増える。この時、無意識に卒業の事を考えていた。何故だか自分でも分からない。バーンアウトした俺が、少しずつ前に進もうという気持ちになっているのが、アリシアの言葉で、今はっきりと分った。
『俺は君と結婚したい。でも、もうしばらく待ってもらって良いかな? 悪い返事にはならないから』
『……うん、わかった。絶対よ』
これからアリシアとの関係を、どのように続けていくのか考えていなかった。そんな俺に、アリシアは不意に顔を近づけ、俺の唇に彼女の唇が触れる。不意打ちのキスに俺は思考を閉じ、そのまま彼女を優しく抱きしめた。お互いの気持ちが、唇を通して通じ合う感じがした。その柔らかい時間を打ち破るように、甲冑の擦れる音をさせながら一人の男が上がってきた。




