王城での粗餐
その日は三階で晩餐会を開いた。会と呼ぶには小さなテーブルであり、座っていたのは俺とアリシアだけだったが。着席して間も無く、先ほどアリシアが言ったアデルと思しき料理人が、ワゴンに乗せられるだけの料理を持ってきた。豪華な盛り付けに、俺は目が釘付けになった。俺自身、相当腹減っていたのだと、今頃気づいた。そういえば、昼から何も食べてなかった。
まずは肉料理から手を伸ばした。正直、肉料理は見た目に反して何か物足りなかった。おそらく胡椒等の香辛料が足らないのだろう。だが決して不味くはなく、料理法や鮮度のいい食材を駆使して、上品な料理に仕上げている努力が感じられる。
『美味しい? 口に合うと良いんだけど』アリシアは目を輝かせながらも俺の眉を読む。
『うん、美味しいよ』やはり空腹が一番のスパイスだった。『ありがとう、こんなに美味しい料理をご馳走してくれて』
『やった! アデル、美味しいってよ!!』
『それはそれは、このアデル、恭悦至極に存じます』
今ひとつ単語が聞き取れなかったが、アデルさんは喜んでいるようだ。テーブルマナーには疎いが、アリシアの真似をしながらフォークやナイフで不器用に口に運ぶ。一時間ぐらいで晩餐は終わった。
『アデルさん、ありがとう、ごちそう様』俺が言ったその言葉に優しく微笑んだアデルさんは、銀器をワゴンに乗せ、会釈して部屋を出ていった。
寝室は四階の一室を宛がわれた。窓から覗く三日月が綺麗だ。蚤の心配をしながらベッドに横になり月を眺める。光源が少ないおかげで、天の川もはっきりと見える。どの時代でも変わらないものがあることに感動していた。が、他に娯楽らしい娯楽がない。ネットも通じてなければ、眠気が来るまで星を眺めるのも空しい。雑誌か何か持って来ればよかった。眠気がやってくるのは、しばらくかかりそうだった。大の字で月を眺めていたその時、ノックが三回ならされた。
半身を起こした俺は『どうぞ、開いてますよ』と返す。
『良かった。まだ起きてて』扉が開くと、現れたのはランタンを持ってワゴンを押すアリシアだった。ワゴンに乗っているのは、小さい木の樽と二つのグラス、後はパンやチーズの切片のようなものが並んだ皿だった。
『アリシア、それって……』
『葡萄酒よ』
『俺、未成年なんだけど……』
『え? この国では、みんな十五歳ぐらいから飲んでいるわ』
『そ、そうなんだ』
『まあ、飲みましょう』そう言って、アリシアは樽に入った葡萄酒をグラスに注いだ。それを俺に手渡す。
『ちょっと甘めだから、飲みやすいはずよ』
俺は観念して一口すすった。アルコールか熟成による酸味か分からない香りが鼻を抜けるが、その後に葡萄の馥郁たる香りが残って胃が熱くなる。何というか、大人の葡萄ジュースといった感じだ。
『あ、ホントだ! ほんのり甘い』
『でしょ。今年は出来がいいらしいの。口に合うようで良かったわ』
微笑みながらアリシアは、自分のグラスにピジョンブラッドの葡萄酒を注ぎ、一気に飲み干す。
俺たちは少し硬い木製の椅子に座り、パンやチーズを酒の肴にちびちび飲んでいた。アリシアが話すこの国の話をも肴に酒は進んでいく。
『ねえ、今度はトウシロウの旅の話を聞きたいんだけど』葡萄酒がほどよく回って来たのか、彼女の頬が桜色になってきたところで、アリシアが旅の話を聞いてきた。本当は旅人ではないのだが。
『極東の、俺が生まれ育った国の話なんだけど……』まだアメリカ大陸すら発見されていない時代だ。下手に未来のことを言わないよう、言葉を選んで話をした。
葡萄酒を水のように飲んでいたアリシアは、やがて椅子から立ち上がってフラフラと歩き出し、俺が寝る予定だったベッドに半身を突っ伏したまま寝息をたて始めた。本来はもう寝ている時間帯なのだろう。寝てしまったアリシアを抱えた俺は、しずかに彼女をベッドに寝かせ、シーツをかけた。そして俺は硬い床に寝転び、窓から見える天の川を見ながら、いつの間にか眠りについていた。




