賢人会の悩み
その日の夕方、アルヴィンとセシルは、街の酒場で仕事後の一杯を飲んでいた。
『今年のワインは良い出来ですな』
アルヴィンは、やや酸化を始めた赤ワインを、体に似合わず豪快に煽りながら言った。小さめの杯を一気に飲み干し、二杯目を給仕に頼む。
『アルヴィン殿、あまり飲みすぎると、また体を悪くしますよ』飲み過ぎないようにセシルは釘を刺した。
だがアルヴィンは構わずといった表情で、『ふふ、酒飲んで死ぬのは本望だよ』と給仕が持ってきた二杯目に口をつけた。
『まったく……』二十歳ほど年下のセシルは、頭を抑え小さく嘆息する。
『ところで保留していた課税導入を、そろそろ始めたいと思うのだが』アルヴィンは二杯目の半ばまで飲んで話を切り出した。
『そうですね……、城下街の景気も良くなってきたし、今が上げ時でしょうね』
『今のところ、酒税は種類を問わず一律一割、商人の入城料は積み荷の価値の、五分ぐらいが妥当だと考えているのだが』
『酒税はちょっと高くないですか? 商人と同じく五分ぐらいが市民も納得できる上限だと思いますが』
城内の会議室ではなく、市民もが聞いている酒場で、彼らは堂々と税金について話し合っていた。もちろん聞き耳を立てながら飲んでいる客もいる。彼らにとっては生活に関わる話だったが、前貴族の――アリシアの父の所為に感銘を受け、少々の増税は気にならない。むしろ今までほぼ無課税だったために、市民は納税という形で協力することは厭わない雰囲気だった。一通り課税について話し終わった後、会話はアリシアの話題に移っていった。
『あと御嬢様の結婚についてだな』
『そう、そうですよ。あの旅人はどうでしょう。御嬢様は懇意にしているようですが』
『あの旅人か……。果たしてこの城に留まってくれるかどうか。あの旅人は利発かつ礼儀も良さそうで申し分ない。ローランド殿は、あの旅人は剣に長けていると言うが……それも実際見たことがないので、確かでないが』アルヴィンは薄くなった額を撫でながら言った。『やっぱり女性は好きな人と結婚したほうがいい。御譲様の笑顔が曇るのは私らも民も求めてはいないだろう。わしが何とかしよう』
『何か策でも……?』
『まあ、策ってほどでもないが……』
二人の会話は飲酒の量と共に、民の喧騒の中に溶けていった。
俺は一度、家に戻り、簡素なバッグに着替えを詰め込みながら考えた。あの城の様子じゃ、おそらくお湯は無いだろう。家でシャワー浴びてからいくか。そうと決まれば着替えを取り出し、カラスの行水程度に身体を洗い、湿り気を帯びた髪のままで部屋を飛び出した。
少しだけ時間をずらして部屋の扉を開けたが、山中だからか辺りは既に薄暗くなっていた。夜の森の中は薄気味悪く、フクロウの声がそれを助長させていた。
アリシアは待ってくれているかもな……。
俺は一旦部屋に戻り、懐中電灯を持って、カードキーをトートバックに入れ、足早で闇の中を下っていった。やがて第一の門が見えてくると、俺は早めに懐中電灯を消し、バッグの奥に隠した。そのまま背後から聴こえる、得体のしれない遠吠えに警戒しながら、第一の門へと向かう。すると門の前で、アリシアは寒そうに身体を震わせながら、門兵と一緒に俺のことを待っていてくれた。
『ごめん、待った?』
『ううん、大丈夫。彼と話していたから、全然退屈じゃなかったわ』と言って、彼女は門兵を見る。
『ちょっと待って』俺は上のジャージを脱いで、彼女の肩に回した。
『ありがと……温かい』アリシアはジャージに袖を通した。『これも不思議な手触りの服ね。あっ、トウシロウの香りがする。いい匂い!』
『……アリシア、あまり匂いを嗅がないで』
そしてアリシアは俺に顔を近づけてきた。街の明かりが彼女を妖艶に見せて、にわかに緊張してきた。
『トウシロウからも、なんだかいい匂いがする! 香水?』
『ボディーソープだよ。さっきシャワーを浴びてきたからね』と、そのまま何も考えずに返事してしまった。
『ボディソープ? シャワー? あの泉で水浴びをしたって事? 夜は特に冷たいのに、浴びたの?』
『あ……、うん。そう旅で慣れているから平気だよ』
そこで一旦話が途切れた。ちょっと言い訳に無理があったか。それ以上話が膨らまないように、俺は話題を変えようとしたが、アリシアに先を越された。
『そういえば、夕食はもう済んだの?』
『あ、そういえば、まだ……』
『良かった、食べるの待ってて。一緒に食事しましょ! アデルが作る小牛のパテと挽肉詰めのヒバリが絶品なのよ!』
いくつか分からない単語が出てきたが、アリシアが勧めてくるので、間違いはないだろう。俺は、相伴にあやかることにした。




