招待
『ところでトウシロウ、私の街へ行ってみたことがないって言ってたよね』とある土曜日の昼下がり、俺の隣に座るアリシアは唐突に訊ねてきた。
『うん。近いんだっけ?』
『しばらく歩くんだけど、行ってみる?』
『うん、ぜひ!』
こういう機会もあるだろうと、最近は質素な服装を心がけていたので、彼女の街がどのようなところか、この際行ってみようと思った。服装を質素にしたのは、サイトが本当にタイムマシンだとしたら、歴史を変える可能性があることを考えての事だった。
『じゃあ、案内するね。ついてきて』
アリシアは先に立ち上がり、彼女は俺を先導した。アリシアが作った一条の道を二人で下る。なぜかアリシアには見えない俺の部屋を通り過ぎ、初めての道を下っていく。その時、アリシアが予想だにしない言葉をかけてきた。
『トウシロウは、彼女とか、故郷に大切な人とかいないの?』
生え始めた雑草を踏み固めながら前を歩くアリシアは、顔を前に向けたまま唐突に聞いてきた。俺は一瞬言葉に詰まった。大切な人……、彼女や妻のことだろうか。可南子はどうなんだろう。でもお昼を一緒にとっているだけで、彼女は恋人と呼べる関係じゃないよな。
『ううん、いないよ』
『そう、そうなの』立ち止まったアリシアは振り返り、上目遣いで俺の眼を覗き込んでいる。俺は急に心臓が早鐘を打ち出し、彼女と初めて会った頃を思い出した。今までは彼女とのコミュニケーションをとることに意識を傾けてきたが、最初の、ときめいた気持ちが、もくもくと膨らんできているのが分かる。彼女はこのあと何を言うんだろう。まさか俺に告白でもするのだろうか。それとも雰囲気的に、俺からの告白待ちなのだろうか。そんなことを考えているうちに、アリシアは踵を返し再び歩き出した。
しばらく初夏の熱気を凍らせるような沈黙が、辺りを支配する。告白するんだ。告白! 緊張のあまり、口の中がカラカラで上手く声に出せないかもしれないが、今しかない! 急激に自分の顔が紅潮してくるのが分かる。だが、未来から来たことが隠し通せるのだろうか。毎日同じ場所から来ては去っていく自分にアリシアは疑問を持ってないだろうか。俺は一歩を踏み出せない焦燥に苛立ちながら、アリシアの後をついていく。
『見えてきたわよ』
その瞬間、現実に引き戻された。鬱蒼とした森の木々の合間から巨大な建築物が顔を出していた。
再びアリシアが俺の顔を訝しむように覗き込んで言った。
『? どうしたの?』
『い、いや。別に……何も』
アリシアのことを考えていたせいか、おそらく顔が赤かったのだと思う。だがその心配も中世の城を見ただけで吹っ飛んだ。
圧倒的だった。日本の城とはまた違った、威圧するかのような、それでいて厳かで堅牢な存在感。しばらく呆け顔で見ていたからなのか、アリシアが俺の目の前で手のひらを、ひらひらさせてきた。それで我に返り、『何というか……、凄いとしか言いようがない』と、簡素な言葉しか出てこなかった。この時ばかりは、自分の語彙の少なさを恨んだ。
白亜なその城は、五階建てと聞いていたが、現代の建物に比べると七階建てぐらいに感じる。戦いの傷跡を修復すれば、洗練された瀟洒な建物と評価されるだろう。
『えへー、そうでしょう』アリシアは誇らしげな笑みで返してきた。『でももう、凋落寸前なんだけどね』今度は一転してやや寂しげな表情で城を見る。『近衛兵も三十人といないし、実質、城を管理しているのは枢機卿と賢人会の数人で、私は形だけの貴族の娘だってなわけ』アリシアは僅かながら寂寥を含んだ笑みを見せた。初めて会った時に身分の高い人だと思ったが、それらしく見せないのが彼女の良いところだろう。




