昼の屋上で
一人、学校の食堂で昼を食べた後、その足で剣道部顧問の柿崎先生に退部届けを提出した。
建前としては「他にやりたいことができた」と退部理由に書いたが、幼少の頃から続けていた剣道に、倦んでしまったのが実情だ。
最近は練習相手も部活では満足できず、週二で三駅離れた県警剣道会に出稽古に出ている。だが父の他界を機に剣道から心が離れていってしまっていった。たぶんバーンアウトといった類だと思う。県警剣道会の出稽古も顔を出す回数が減っていってしまうだろう。
この世に未練は無いと言っては大げさだが、一度切れてしまった熱が冷めすぎて、他に熱中できる何かが今の俺には無い。
学校の屋上で手を頭の下に組み、仰向けになって流れる雲を眺めていた。センチメンタルを気取っているわけではない。ただ、こうして無駄な時間を過ごすことが、今の自分に必要だろうと無意識に足が運んだ結果だと思う。
高い空の雲は流れが速いが、屋上を撫でる風は心地よく薙いでいた。時が流れるという事象を人間が理解することが出来れば、この風の流れの違いのように、それを利用して何時の日かタイムマシンも可能だろうなと、ぼんやりと考えていた。
文系の俺が、そんな他愛もないことを考えるほど、今の心内は虚ろだった。
その屋上の扉が軋んで開き、足音が近づいてくる。そして俺の頭付近で止まった。
「藤四郎、どこに行ったかと思えば、屋上にいたなんて」
声の主は顔を見なくても分かる。いや、声を聴かなくても歩幅、足音で分かる。同じクラス、隣の席の宮内可南子だ。
「何も言わずに飛び出して、どこ言ったかと思えば……。お昼はちゃんと食べたの? まさか他の女の子と食べたんじゃないでしょうね!」
「柿崎先生に退部届けを出したら、なんか急にやる気なくなってさ。センチメンタルに浸っていたとこ」とつい、おざなりに返した。
「うっかり寝てしまったりしないでよね。午後の授業、欠席扱いにするつもり? ここじゃチャイムがほとんど届かないんだから分からないじゃない。はい、起きて!」可南子は俺の腕を引っ張り上げ起こそうとした。
だが俺は脱力したままで、起き上がろうともしなかった。そして少し上目がちに、「パンツ見えるぞ」と無気力に返した。
「どこ見てるのよ、バカ!!」そのまま可南子は俺をつかんでいる手を放し、俺の顔面を容赦なく踏んづけた。一瞬視界が真っ暗になり、口の中に鉄の味がし、パンツの代わりに無数の星が見えた。
「授業ぐらいは出なさいよね」と吐き捨て、可南子は階段室へと向かっていった。
小中高1貫校であるこの学校の、入学式が終わって一ヶ月が経ち、高校生活もあっという間に慣れた。クラスの3分の2が小学校時代からの知り合いだということもあって、あまり新鮮味がない。ちなみに可南子は高校からの編入生だったが、他の女子とつるむことなく、彼女が近くに引っ越してきた事もあって、俺にまとわりついている。女子というか男子も含め他の人に関心が無いといった感じだ。「行ってきます」から「ただいま」まで大体、可南子がそばにいる。今日は珍しく俺の方から、「昼を食堂でとる」と言って、一人食事をした。可南子も俺と一緒に食堂で弁当を食べると言ってきたが、それを俺は拒否した。一人で呆けたい気持ちだったからだ。
腕時計を見ると昼休憩終了の時間が近づいてきたので、風で冷えた体に力を入れ、何とか立ち上がった。そして弛緩した体を引きずり教室に戻る。