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余命は1キロメートル

作者: タケノコ

 浩輔は屋外で著名な占い師から、あなたの余命は1キロメートルですと厳かに峻厳な表情で滔々と告げられた。聞いた瞬間に噴き出した浩輔に、笑い事ではありませんよ、これは事実ですとまで、念を押されてもしかして……とも思ったが一笑に付した。


 お支払いをしようと立ち上がると、占い師は椅子に腰掛けたまま、無駄に歩いては行けませんよとくぎを刺した。さすがに気分が悪くなってきた浩輔は、証拠はありますか? と質問を口にしていた。目を閉じればわかりますよという相手の発言に素直にそっと瞑目してみた。すると、まぶたの裏に白い文字で余命999メートルとあった。立ち上がった際の移動を1メートルとしてとられたようだ。


 目を見開いた浩輔は慌てて、手のひらに汗を、背中に悪寒が走るのを感じながらなんとかならないんですか? と問うていた。


「一つあります」

「どうすれば? どうすればいいのか教えてください!」

「後ろ歩きするのです」

「は?」

「以上です」

「そんな、何とか助けてください」


 そんな発言をする浩輔を残して易者は後片付けを始めた。もう浩輔などその場にいないような態度だ。発狂しそうになる浩輔だったが、なら、無理に移動せず、同じ場所に居続ければその分、長く生存できるのではないかというリザルトに達した。夕闇が迫る時間帯。浩輔は近道を使って帰宅した。それでも余命500メートルになっていた。


 自宅で両親に余命の話をすると、まるでまっとうに受け止めてくれず、貧乏ゆすりをしてイライラがつのり、もういい! と口にして自室にこもる浩輔。それ以来、浩輔は大学をやめることにした。書類は両親に頼んだ。父親に怒鳴られたが、死ぬよりはましと言って浩輔は相手にしなかった。そこからは引きこもり生活が始まった。幸い、占い師が言っていた、後ろ歩きの効能で後ろ歩きすればその分、寿命が延びるのだ。それをする姿をたびたび目撃した両親は、息子がおかしくなった、アブノーマルだとひどく嘆き、私たちの育て方が悪かったのよと悲しんだ。


 浩輔は外出せず、買い物はネット通販。近所の人たちからは浩輔は散歩すらしない怠惰な人間だと陰口をたたかれた。でも、そんなことは命がけの生活をしている浩輔には全く気にならなかった。自室で後ろ歩きを繰り返して、余命は15キロメートルまで伸びた。一年間よく頑張ったものだと浩輔は口角を上げた。


 五年もすると浩輔の足腰は少しずつ弱ってきた。そんな生活が二十年も過ぎると、後ろ歩きだけでは運動不足だったようで、段々と肥満になっていき、浩輔は痛風になってしまった。あまりの激痛にうめく浩輔に父親は救急車を呼び、遠方にある大手の病院に運ぶ手はずを取った。


「父さん、やめてくれ、そんな事すれば僕が死んでしまう。その病院はここから二十キロ以上離れているじゃないか。僕は余命十三キロメートルなんだ。いたたた! う、うう」

「何をばかげたことを。そんな訳の分からない、余命があるものか。いいかげんに目を覚ませ!」


 浩輔は瞑目し、余命がどんどん低減していくのをチェックして死を覚悟した。こんな死に方は嫌だ。永眠なんて早すぎるよと悲惨な気持ちになった。そこで轟音がして救急車が揺れた。そして動かなくなった。浩輔は何があったの? と救急隊員に聞くと暴走車両がぶつかってきたんですと返された。


「耐えるんだ、浩輔! すぐ病院に連れて行くからな」

「いたた、父さん、ここからは歩いていくよ。二十分も歩けばつくから」

「そうするか、なら肩を貸してやろう」

「僕は後ろ歩きするから、ゆっくり歩こう」

「また、お前そんなことを……わかった、そうしよう」


 遠く離れていた親子の絆が歩一歩ずつ歩むとともに深まっていく。こんなに会話をしたのはいつ以来だろう。もう十年以上なかった。


「父さん痩せたね」

「まだまだお前を守ってやる。安心しろ」


 とそこで、浩輔は前方を向き、父親の肩をかりて普通に歩き始めた。


「お、おい、浩輔!? いいのか? 後ろ歩きしなくて。死ぬんだろう?」

「僕はもう逃げないよ。たとえ死ぬことになっても人間らしく生きる。前を向いてね」


 父親は浩輔が言っていたことが正解だったと知った。なぜなら、病院に浩輔を担ぎこんだ時には意識もなくて、もう手遅れだったからだ。しかし、浩輔の死に顔はどこまでも満足そうな笑顔を浮かべていた。



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