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プロローグ「さよなら、無様な俺」

「ノーマ様、どうもありがとうございます。ノーマ様の噂を聞いて、5つ山を越えてきたんです。大変でしたが……でも、この子の顔を見るとその甲斐もあったようですね」

少年を連れた母親が深々と頭を下げる。少年もつられて頭を下げた。

先ほど、ここに来たばかりの時は暗く俯きがちだった表情は心なしか明るくなって、その瞳は希望をたたえて輝いている。


少年よ、強く生きるのだ。

お前はまだ若い。いくらでも人生を再構築できるんだ。

この俺みたいに、絶望に打ちのめされて、最悪の選択をする前に──。どうか、ありのままの自分で幸せになってくれ。


少年と母親が立ち去ると、今度は老人を連れた家族がやってきた。

「最近おじいちゃんの様子がヘンなんです。ご飯を食べたのに何度もご飯を欲しがったり……、本当はあるのに、物を失くしたとか盗られたとか言うんです。魔法使いの先生から頂いた物忘れの薬もだんだん効かなくなってきました。私たち疲れてしまって、どうしていいか……。ノーマ様、どうか……私たちにお導きをください……」

娘らしき女性がそう言うのを聞いて、肝心の老人はムスッと顔を顰めている。


恐らく、認知症の老人だろう。


俺は、医学の知識はない。魔法の知識もない。

でもこの家族にほんの少し、できるアドバイスはある。


「ご苦労をお察し致します。ご家族の皆さん、大変お辛いでしょう。でも、同じくらい、お爺さまも辛いのです。いちど物が無くなったかもしれないと考えたら、何故か物がなくなる恐怖で頭がいっぱいになっているのです。その恐怖に、お爺さまのストーリーに寄り添って会話をしてみませんか」

家族はハッとしたような顔で息を呑んだ。

「ご飯を欲しがったら、ご飯はもう済んだよと頑なに答えるのではなく、どうしましたか?お腹が空きましたか?と聞き返してみてください。暗闇の中でもがいているお爺さまが我が身を振り返れるような言葉を選んでみてください」


なーんてそれっぽく言ってるのは、全部『前世』でちょこっと聞き齧った知識の欠片にすぎない。

……本だけが友達だった子供の頃、ジャンル問わず有象無象の本を読み漁ったのが人の役に立つなんて思わなかった。


人生、何があるか分からないものだ。

いや……これを人生にカウントしても良いものだろうか。


どうしようもなくて孤独な俺の『第二の人生』は、異世界で輝き始めている。





俺の名は野間学。

たった今、29年の人生に幕を下ろそうとしているところだ。


幼少期から俺は『変な子』だった。俺からしたら同年代の子供の方が不気味だったのだが、とにかく集団に馴染めずに本ばかり読んでいた。

だからと言って勉強が好きなわけでもなく、成績はいつも底辺クラス。高校は中退して通信制高校をなんとか卒業した後はフリーターとして続かないバイトを転々とし続けてきた。


『発達障害』と診断されたのは、22の時だ。振り返ってみれば確かに子供の頃の俺はビョーキでしかなかったが、大人になって今更、発達の過程に病気がありましたと言われても。俺の人生は既に取り返しがつかないくらい地の果ての果てのどん底に落ちきっていた。


「ね、学ちゃん。学ちゃんまだ29歳なのよ?ほら公務員試験は30歳まで受けられるって言うじゃない?まだ全然間に合うわよ、ね、ね!コンサータ?って薬飲んでさ、頑張ろうよ、ね!」


母さんにはちゃんと病気について説明したはずなのだが。分かっているのか分かりたくないのか、いつも的外れなことばかり言っている。

ちなみに父親は完全に無関心だ。心療内科で受けた心理検査の結果を見せても眉一つ動かさなかった。


俺は無様だ。

インターネットにもリアルにも友達がいない。どうしたら人とコミュニケーションを取れるのか分からない。

俺は空っぽだから、人に差し出せるモノが何もないから、価値同士の物物交換であるコミュニケーションというものを、しちゃいけないんだ。


バイトだって長く続かない。

ストラテラとコンサータを飲んでいるのにハッと意識が飛ぶ瞬間があって、その間にヤラカシをしているのだ。

昔は笑って許してくれた周りの人の目が、年々厳しくなっていく。

29歳にもなって、高校生のバイトにものを教えてもらって、それでなおミスをする。


まるで現実を見ていない母さんの期待になんて到底応えられない。

でも、俺を愛してくれてるってことは分かるんだ。


物を失くすたびに怒られたけどちゃんと買ってくれたし、学校にまともに通えないせいで先生から再三呼び出しを食らっても文句を言いながら俺と一緒に頭を下げてくれた。父さんがまるで俺に無関心でいるなか、こんな歳になるまでちゃんと俺を育ててくれたんだ。

本当に本当に、申し訳ない気持ちでいっぱいなんだ。


「母さん、ごめんなさい。俺にできる親孝行はもう、これだけです」


メンタルクリニックで貰った眠剤をありったけ飲んで、朦朧としながら自室のクローゼットにベルトをかける。


「さようなら、さようなら……俺みたいな子供を産んで可哀想に……。来世ではまともな男と結婚して、健常者を産めますように……」


首に縄をかけたままヘロヘロとしゃがみ込む。ガクンと首に衝撃が伝わった。

薬が効いているせいか、苦しくはなかった。

視界が明滅して、頭がふわふわして……やっと……


楽にな……る……

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