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蜘蛛の孤島

 もし、蜘蛛が人と同じくらい賢く、大きく進化したら、君はどうする?


 人類は突如現れた巨大蜘蛛達によって支配されてしまった。

 そこは、蜘蛛のための王国、蜘蛛の孤島。

 そこでは、蜘蛛達が、人を従え、蜘蛛のための文明がはぐくまれていた。

 そんな中、何の奇跡が起こったのか、たった一人の少女が繭から孵る。

 丁度、人々が蜘蛛と戦争を行っていた頃に捕らわれた彼女にとってその世界はあまりにも異質だった。さらに悪いことに、彼女は蜘蛛の変異毒によって、捕らわれる前より体が強靭になり、身体能力も上がっていた。

 状況の飲み込めないながらも、彼女の中に憎悪が渦巻く。

 部屋に侵入した蜘蛛に対する人の行動は大きく分けて二つ、怯えて逃げるか、あるいは、叩き潰すかだ。そして彼女は、叩き潰す側の人間だった。


 はたして少女は人を取り戻すことが出来るのだろうか?


 これは、そんな少女が世界を救うまでの物語。

 蜘蛛が世界を支配して、文明は繭へと籠った。

 日が陰る程の木々生い茂り、差し出す足は糸を解く。

 老朽化した建物はかつての繁栄を後世に伝えようとしていたが、それを聞く人物がいったいどれだけいるだろうか?


 我々は、死んだ。

 我々は無防備過ぎた。

 我々は捕らわれた。


 もし、蘇られるのなら、我々はやつらより醜い怪物となって、この繭を破るのだろうか?


 やつらは進化した。

 やつらは知を得た。

 やつらは徳を失った。


 やつらが探す。やつらが来る。やつらが殺す。

 八本足の醜い醜い化け物が、我らを殺しにやってくる。


 我々の国は、もはや人の国にあらず。


 ここは、蜘蛛の王国だ。



 化け物に支配された国がそんなに嫌だろうか?

 嫌に決まっている、やつらは人を想わない。

 ならば、反逆するしかないだろう?

 無理に決まってる、やつらは人に勝利した。


 力もない。

 魔法もない。

 知識もない。

 奇跡は起きない。


 我々は既に敗北したのだと誰もが言う。


「私たちは敗北したのか」


 私はやつらの吐き出す蜘蛛の糸で作られた繭の中で、夢を見ていた。

 長い長い夢、気の遠くなるほど長い夢。


 人々が、やつらの飯糧になっているのも見た。

 人々が、やつらの道具になっているのも見た。

 人々が、やつらの玩具になっているのも見た。


 これは、きっと夢だ、やつらに注入された毒液が私に夢を見せたんだ。


 体がドロドロに解けてゲロみたいになっても、私は夢を見ていた。


 やつらが、死ぬのを見た。

 やつらが、生きるのを見た。

 やつらが、出る(いづる)のを見た。


 そしたら、体が冷えてごちごちに固まって、それでもやつらの繭の裏にびっしりと生えた毒針は私を傷つけた。


 体が傷つくのを感じる? なぜ?


 体が毒を拒絶するのを感じるか? 心がやつらを拒絶するのを感じるか? 繭が風に揺れるのを感じるか? 大地が揺り籠を支えてくれているのを感じるか? 蜘蛛の巣に覆われた世界を感じるか?


 体が……ある……?



 痛い……とっくの昔に置いてきた感覚が、体中を駆け巡る。


 痛い、痛いいたいいたいたいたいたいたいいたいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい!


 体中に毒が回り、その毒を体が拒絶する。体をくねらせて、もがいても、腕に、頭に、足に、胸に、無数の毒針が突き刺さる。


 それでも、私は体をくねらせて、暴れ続けた。痛みを感じれば感じるほど心が軽くなる気がした。


 痛い! 痛い! 痛い! はははははははは! 痛い! ははははははは!


 私は喜んだ。何年ぶりの感覚だろう? 生きたまま血の風呂にでもつかった気分だ。


 私は繭に体をぶつけた。 こすった。 殴った。 擦りつけた。


 ずっといい、今までよりずっと。

 

 そんなことを続けていたものだから、鋼鉄より分厚く頑丈だと思ってた繭に亀裂が入ってしまった。繭の隙間からわずかな光が見えて少し怖いなと思ったけれど、それでもお構いなしに私は繭の壁を叩き続けていく。いつの間にかそんな不安も消えていった。



……そして。


 繭はついに私を手放した。永遠の牢獄は壊れ、私は、繭の外に出た。


「……ここは?」


 周りはとてつもなく背の高い木々が生い茂る樹海だった。かろうじて空がまだ昼間であることを伝えてはいるものの、その木々のほとんどが、隙間を埋め、日の光を遮っていた。

 静まりかえった樹海の樹の幹に、今まで私が入っていた揺り籠が、打ち捨てられたかの様に口をぽっかりと開けて私を見送っていた。


「私の知っている場所にこんな所ないわね」


 いったいあれから何年たったのか、わからない。私もきっと食べられてしまうのだと信じて疑わなかった。でも、真実は違った。どうやら、私はまだここに居るらしい。


「とりあえず、動いてみなきゃ」


 地についた足を動かそうとして、はたと、不安が頭をよぎる。


 私は本当に人なのだろうか?


 これまで、何人もの人が蜘蛛に襲われてきたことを私は知っている。けれど、蜘蛛に襲われて、生きて帰った人物をただの一人だって聞いたことはない。皆例外なく殺されたはずだ。


 最初に確かめたのは腕だった。

 生乾きの血と、毒液が入り混じって指先から滴り落ちた。

 そういえば、体中傷だらけなんだっけ、と思った。

 胸を見た。人より少し大きい胸の間に粘液が付着して池を作っていた。

 そりゃ服なんて着ていないよな、と少しだけ恥ずかしくなった。

 足を見た。白くてすらりと伸びた人の形の足だった。


 近くにたまたま池があったので、岸辺に寄って覗き込んだ。

 水面に映し出された顔は、それなりに美人な私の顔だった。


「よかった……私はまだ人なのね」


 いつも通りの顔があることに安堵した。安堵……? 私は一体何を不安がっているのだろう?


 そう思うと、この状況も少し不気味に感じてきた。いままで気にならなかったべとべとの体もだんだん不快になってくる。


「とりあえず、この気持ちの悪いのを洗い流しちゃおう」


 そう考えたからわたしは池に飛び込んで、体に付着した粘液を洗い流した。


 ドボンっと音を立てて、水が体を伝わせる。

 長い緑の髪が水流に煽られてたゆたう。

 洗い流された粘液が、私の白い肌を空気にさらす。


 そう、私は傷一つない綺麗な肌を持っていた。


「さっきまで、血が流れていたはずなのに……?」


 私は、人だ。


 だから、きっとあの粘液は血みたいに見える毒液だったに違いない、そう思うことにした。

 水を浴びてさっぱりすると、服がない違和感がどうしても気になった。


「でも、森の中に服なんて落ちてないよね?」


 一応、周りを見渡したけど、それらしいものは見つからなかった。


「服の代わりになるもの、探さなきゃ」


 大きな葉っぱがあればごまかせるかな、なんてあれこれ試してみたけれど、しっくりこない、原始人なら毛皮を着るけど、動物なんていないし、居ても毛皮のはぎ方なんて知らない。


「あ、そうだ、あの繭……使えるかも」


 私が捕らわれていたあの繭だ。繭は無数の糸で出来ていた。内側には無数の針が生えていてとても硬いが、外側は少しフワフワしている。これなら手でも剥げそうだ。


「……よし!」


 糸を解いて、服を編んだ。手で編んでるからぼろぼろだったけど、思ったよりスムーズにそれっぽい服が出来た。物を編んだことなんてないけど、手が糸の扱いを覚えてるみたいな感じがした。


「着れた……うん! 結構ぴっちりだけど、無いよりマシだよね」


 服の着心地は悪くなかった。正直蜘蛛の糸なんてもっとべたべたしていると思っていたけれど、実際はシルクみたいにさらさらしていたから驚きだ。


「ここから、どうしよう……?」


 私みたいな人が他に居るかは分からない、探すにしても、やつらに見つかったらまた捕まって今度こそ本当に死ぬだろう。どこか安全な所に逃げる? どこへ?


 その思案は直ぐに中断せざるを得なくなった。

 かさかさとこちらに近づく足音が聞こえたからだ。


「ひぃっ! くっ、蜘蛛!」


 私は恐怖でその場にへたり込んでしまった。本能が、動くな、見つかるなと、うるさく足を地面にしばりつける。


 私は動けないまま、その怪物と対峙するはめになった。


 人の背の高さほどもある大きな体。

 ギラリと光る鋭い牙。

 かさかさと動く太い八本足。


 人類を滅ぼした巨大蜘蛛が私の前に現れた。


 ただ見ていることしかできない私に対して、その蜘蛛は不思議そうに首をかしげた。

 ぎちぎちと牙がこすれあい、音を出し、そして音は声になっていった。


「んん? ここ納入口だったか? いいや、ここは閉鎖されてるはずだ……ってことは誰かのへそくりか? なら、ここでつまみ食いしても怒られねぇな!」


 蜘蛛は口を大きく開けて私に噛みついてきた。

 私は、来るであろう痛みに備えて目を瞑る。


 人の肌など簡単に貫通する牙が私の体に触れる。



 痛……くない?


 私が目を開けると、私は蜘蛛の牙の間に挟まれていた。


「あがが……こっこいつ硬っっってぇ! なんだこの人間!?」


 蜘蛛は躍起になって私を噛みちぎろうとしてきたが、私の体はなぜか傷つくことはなかった。


 それに、何故だか体が熱い。憎き相手が苛立っているのが心地よくて仕方がない。


「アァ……アアアァァ!」

「な、なんだこいつ……あだぁぁぁぁ!!?」


 私は思いっきり八個の単眼の内の一つを踏みぬいた。

 足からドロっとした緑の粘液が飛び出す。

 相手が一瞬怯んだ隙を使って私は牙から脱出した。


 状況を理解した私は、走り出していた、その場所から逃げるように、そこに溢れる嫌悪感から逃れるように、無我夢中で走った。


 木々の隙間を潜り抜けて、切り立った崖の上に出た。


 息を切らした、私は、崖から見える景色のその先にあるものに目が釘付けになった。


 大きな塔のような建物? いや、あれは巣だ。天まで続く何重にも重ねあがった蜘蛛の巣の塔だ。

 そして、ようやく私は気が付いた。


 空一面を覆っていたのが樹や葉ではなく。
























 とてつもなく大きな、蜘蛛の巣であったことを。








 私は膝を地につけて笑った。


 滅ぼさなくてはならない。

 やつらを一匹残らず殺さなければならない。

 


 私は、まだ、人である。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 知能や文化を持つ大きい蜘蛛がいると考えたら、共存できるならまだしも敵対関係だと恐ろしいですね とてもイメージしやすい設定と描写で、文章もすごくめりはりがあってすきです 空行も効果的だと思い…
[一言] 蜘蛛は得意ではなくて、お話の続きには蜘蛛がたくさん出てくることを想像し怖くなりました。
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