『神です。拾ってください』
貧乏な家系のため、そして何より愛すべき妹のため、バイト三昧の高校生、東雲 裕也。
裕也はある日、神と名乗る少女――莉乃と出会う。
道端の段ボールの中で座っていた莉乃を、裕也は拾うことになった。
「今日のご飯はなかなか美味しかったです。通学路で不幸の兆しです。今から学校に瞬間移動させてあげます」
「いや待て今夜中の10時――」
「ふふん、さすが私」
「私の願いを聞いてくれたら、あなたの不幸を払ってあげます」と莉乃に告げられた裕也は、莉乃の願い(わがまま)と戦うことになる
神なんてクソ喰らえ。
バイト帰り、真っ暗な空の下歩いていると、ついそんなことを考えてしまう。
小さい時に両親が離婚したり。
俺と妹を引き取った母さんが、朝早くから夜遅くまで働いていたり。
その心労から、変な宗教にハマったり。
目こそ覚ましたが、金をかなり絞られたり。
高校に通えてはいるものの、学校が終われば夜遅くまでバイト三昧だったり。
もし神がいるとするなら、なぜ救ってくれないのか。
いや、わかってる。もっと恵まれない人なんて沢山いる。だとしても、妹だけは不自由ない暮らしをさせてやりたい。妹のためにバイトをするのも、全く苦じゃない。宗教、占い、風水――そんなオカルトに頼らず、妹を守る。ただ平穏に過ごせれば、それでいい。
だから、正直勘弁してほしいのだ。
視線の先には、一人の少女。小学生くらいだろうか。夜風に波打つ黒髪と、鉄のように冷たい瞳が特徴的だった。そんなごく普通の少女が――段ボールの中でちょこんと座っていた。
『神です。拾ってください』
そう書かれた板を、首から下げて。
「えぇ……」
わけわからん。何で小学生がこんな時間に? なんで段ボールに? しかもなんで神なんだ。
ふと、今朝のニュースでの運勢が最下位だったのを思い出す。妹も『お兄ちゃん最下位だよ! 今日死ぬかも、だって! あははは! もし死んじゃったら、盛大に葬式で見送ってあげる!』と言っていた。なにわろとんねん。盛大にするな。喪に服せ。
「占いもたまには当たるんだな……」
遠目で観察していると、ぱちりと彼女と目が合った。
「――ッ」
反射的に目を逸らす。
あの子がなんであったとしても、めんどくさいことになるに違いない。そんなことより、妹の晩飯を作る方が何倍も大事だ。
俺は何も見てない。見てないぞー。
そう心の中で唱えながら歩き出そうとした、その時。
「あれ? 拾わないんですか? 目、合いましたよね?」
「――ッッ!?」
背後からの声に、思い切り肩が跳ねた。勢いよく振り返り――しまったと、後悔した。
段ボールの中でちょこんと座った少女。彼女の吸い込まれるような黒い瞳と、今度こそしっかり目が合う。
「そこのあなたです。好きな女性のタイプ:妹という気持ち悪い性癖持ちのそこのあなた」
「悪かったな!! ってかなんで知ってる!?」
「神ですから。ほら、神ですよ? 拾って懐かせれば、ありとあらゆることが思いのままです」
無表情のままだったが、その声はやけに弾んでいた。
安堵と面倒くささでため息をつく。この調子なら捨て子じゃないみたいだ。ということは何かの遊びなんだろうが、どちらにせよめんどくさい。
「拾うだけなのでお金もいりません。クーリングオフも返品も受け付けませんが」
「怪しさが増したぞ」
「神なんてそんなものです。どうですか?」
「ごめん、俺の家、仏教徒だから」
「神も仏も似たようなものですよ」
「神様がそれ言うの?」
「神様だから言えるんです」
気味の悪い少女だった。
容姿は完全に小学生。でも話し方はそれらしくなく。かといって声の調子は無邪気な少女そのもの。しかし常に無表情。
そんな噛み合わなさが、かなり不気味だった。
「とにかく、俺には無理だ。晩飯を作らないといけない。他をあたってくれ」
「む」
彼女の声も無視して踵を返す。彼女がなんであっても、うちにそんな余裕はない。
まっすぐ進み、最初の十字路を右に曲がる。とにかくあの子の視界から消えたかった。
「そんなに私、気持ち悪いですか?」
「うわぁ!!」
曲がった先の道端に、あの段ボールと自称・神がいた。
「な、なんで……! だって今……!」
「だって私、神ですし」
「それで片づけるな!」
どうせ何かカラクリがあるに決まっている。
また振り返り、早歩きで進む。先の十字路をまた曲がる。
「なるほど、確かにずっと真顔なのは不気味かもしれないですね。でもすみません、私にはどうすることもできないんです」
「……ッ!」
でも、やっぱりいる。
「しかしご安心を。神ですから、こんなこともできます」
困惑する俺をよそに、彼女はグッとサムズアップした。そして。
「(*≧▽≦)」
そう、真顔で口にした。
「気持ち悪っ!!!」
勢いよく距離を取る。
え、なに今の。発音はさっぱりなのに、表情はわかる。当の本人は相変わらず真顔なのに。正直さっきのよりずっと気持ち悪いんだが。
「ひどいですね、美少女に向かって気持ち悪いなんて。泣いてしまいます。゜(´∩ω∩`)゜。」
「お願いだからそれやめて!?」
もちろん彼女は無表情。でも泣いているとわかってしまう。今まで感じたことのない感覚に、全身に鳥肌が立つ。
そんな俺に向かって、彼女は胸を張る。
「なんてったって、神ですし」
いやいや。
いやいやいやいや。
幼女が神な訳あるか。仮にそうだったとして。
「なんで拾ってくださいなんだよ」
一番不可解なのはそれだ。
神って言うからには、万能なんだろう。なんで人に拾ってもらおうとするのか。
そう問いかけるより前に、彼女は「簡単ですよ」と口にした。
「お金がないんです」
「…………」
「ないんです」
「いやいい、言いなおさなくて。悲しくなるから」
よりによってその理由か……。
「肉体作って降りてきたはいいんですが、お金がなくてですね。いやぁ、人って冷たいですね。こんな美少女がお腹空かせているのに無視なんて」
「作ればいいだろ、神なら」
「バカですねあなたは。そんなポンポン作ったらインフレしちゃうじゃないですか」
「なんでそこだけ現実的なんだよ」
でも冷たいというのは同意できた。時折通りかかる人はみんなこの子を無視している。それこそ見えていないとばかりに。
「なので取引です。私の面倒を見てくれたら、あなたやその周りに降りかかる不幸を払ってあげましょう。まずお試しがてら――今日死ぬはずだったあなたの運命を、変えてあげます」
「……は?」
彼女の言葉に耳を疑う。
今日、死ぬはずだった? 冗談だろ。
「冗談ではありませんよ。あなたは今日、死ぬ運命でした」
「そんなわけないだろ! 俺はいたって健康だ!」
「あはは。おかしなことを言いますね。神が見えるなんて――死期が迫った人間くらいでしょう」
カラカラと彼女は笑う。もちろん、真顔で。それが余計に忌避感を増長させる。
「ということで――どうですか?」
そう言って彼女は、『神です。拾ってください』と書かれた板を掲げた。
◆
――馬鹿馬鹿しい。
自称・神の話を聞いて思うのは、それに尽きる。
結局俺は彼女の言葉を無視して帰路についた。
今日だって何もない一日だった。確かにバイト三昧だが、過労死するほどじゃない。
馬鹿馬鹿しい、ただの小学生の遊びだと思いながらも、家に向かう足は普段よりも早くなっていた。頭の中は、あの自称・神の少女の言っていたことでいっぱいだった。
だからだろうか。
「あ」
すぐ近くに突っ込んできている車に気が付かなかったのは。
やっぱり占いも、たまには当たるらしい。
黒い空に響く、悲鳴のようなクラクション。あ、これ死んだなと、どこか他人事のように考える。
どうしよう。今死んだらバイトのシフトに入れない。妹の勉強見る約束も守れない。それに、嫁入り姿も見れない――いや、一生出さないけど。
来る衝撃に、覚悟を決める間もなく車を見つめて――その瞬間、車が消えた。
「――は?」
一瞬遅れて衝撃音。視線を向けると、つい先ほどまで俺に迫っていた車が、壁に突っ込んでいた。
俺が見たのが幻じゃなければ、俺に突っ込んできた車は、直角に曲がって俺を避けた。
……いやいやいやいや。
「そんなことある?」
「だから言ったでしょう」
脳に響くような少女の声。振り向けば自称・神の少女が、塀の上に腰掛けていた。
「私が助けなかったら、あなた、死んでましたよ?」
「……まあ、そうかもしれないけど」
「む、感謝の念が薄いですね。実際に死なないと実感が湧かないのです? 一回死にます? 神だからできますが」
「いや大丈夫! 本当に助かった!」
車がありえない軌道で避けたのは確かだ。もしかしたら、何かしら力があるのかもしれない。しょぼいとは思うけど。
「普段ならもっとできます。こんなことしなくても、運命自体を捻じ曲げることだって。でも今は――」
そのとき、彼女の言葉を遮るように、くぅ、と情けない音が鳴った。
「……こういうわけです」
変わらず無表情な彼女だけど、すこしムッとした気がした。
「さて、どうです? 私の面倒を見てくれれば、諸々の不幸をどうにかしてあげますが」
「はぁ……わかった、拾うよ」
「契約成立です。では手始めに」
彼女は俺に向かって両手を伸ばすと。
「私をここから降ろしなさい」
やはり真顔で、そういった。よく見たら、両足がプルプル震えている。
「……降りれないのか?」
「降りれます」
「じゃあ自分で――」
「いいから降ろしてください( `ー´)ノ」
「それほんとやめろ!」
「しょうがないですね。今取引したばかりです、恩恵を与えましょう」
彼女は、人差し指をピンと立て。
「明日の妹さんの告白――成功するようにしてあげます」
そう、訳の分からないことを口にした。
「――あ゛?」
つい口から出たそれは、今までの人生で一番低い声だった。