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極衆院高校 競技ゲーム部のメガミさま

①eスポーツ会場に入りびたり②苗字が妙に綴りにくく③カスタムされたゲームパットを愛用し④隙があれば暴言を放つ――そんな規格外のマネージャーが現れたなら、TVゲームの女神さまかもしれません。おめでとう、貴方の辞書から敗北の二文字は追放されました。まあ、日常と尊厳を捧げる覚悟があれば、ですけど。最強ゲーマー、綴川涼葉が導く理論は少々、過激ですので。

 高校生eスポーツ選手権大会 地方予選

 FPSゲーム『エスペラント』部門にて


『圧倒的だ、極衆院(ごくしゅういん)高校。ダブルスコア以上の大差で優勝! 地方予選を難なく制し、全国大会へコマを進めた。思わぬ伏兵の躍進! TVゲームを司る女神さまの寵愛を受けたのは、間違いなく彼らだったっ!!!』


 実況者の叫び声を聞いて、はじめて優勝したことに気がつく。きつく握りしめたコントローラを置いて、ため息をはいた。ちらりと仲間を見るとうわの空だった。僕も同じだ。優勝するなんて思ってもみなかった。


「……TVゲームの女神、か」


 チームを的確に表した言葉だと思う。

 勝ったのは実力ではなく、女神さまのおかげと言いたいのだろう。

 しかし、反論できない。事実、競技ゲーム部には女神がいた。


「ざこ、ザコ、雑魚っ! 三下風情にトリプルスコアできないってありえない。とくに終盤、頭を射抜くのが3フレームも遅かった。部長、反射神経におがくず詰まってるんじゃないの」


 会場が興奮と悲鳴に包まれていることをよいことに罵声をあげる少女がひとり。

 金髪ツインテールのちんちくりんと侮るなかれ。

 彼女こそ勝利の立役者、マネージャーの綴川涼葉(つづりかわすずは)だ。いや、違う。日々の練習内容から試合の戦略まで、部内を束縛する独裁者というほうが正しい。この怪物の手により、僕らの部は乗っ取られた。


「夏合宿は殺す気でやらなきゃマズイわね。プロによるコーチングが必要かしら。貸しがあるプロゲーマーを片っ端から呼んでこなきゃ。それと神経外科医。おがくず取ってもらわないと」


 勝手に次の予定を組まれているが、誰も逆らえない。なぜなら彼女自身がトップクラスの実力を持ったゲーマーだからだ。中学生時代に樹立した三冠記録はいまだに破られていない。


「選択肢を誤った。必要だったのは、こまめなセーブだ」


 ゲーミングチェアに体重を預けて、今年の4月を振り返る。女神さまが舞い降りた日のことを。



「これで面倒事は全部かな」


 トントンと資料の束を揃えて息を吐く。

 肩をうんとのばすと、バキバキと骨が鳴った。

 新年度ゆえに生徒会の業務が溜まっていて、処理に時間がかかった。壁の時計を見ると、17時を回っている。これも全て仕事をやらない生徒会長が悪い。

 すると、不意に生徒会室の扉が蹴り開かれた。「チェストォォォ!」という謎の掛け声と共に。這入ってきたのは、制服に道着を羽織った生徒。背は高く、背筋はピンと張りがある。生徒会長、土門四郎(つちかどしろう)のエントリーだ。


「――綴川涼葉が来たぞ、紙連進(かみつれすすむ)っ!」

「誰だよ、それ」


 土門は拳を天に突き上げて絶叫した。入室とほとんど同時に。なんの前置きもなく。文句を言おうとしていた僕を置き去りにする。


「神も仏も恐れない、第六天の魔王だ!!!」

「魔王は生徒会に来てるのか?」

「競技ゲーム部に決まっているだろう!!!」


 それがとても恐ろしいことのように叫ぶ土門。彼もまた競技ゲーム部の部員である。しかし勢いでしか喋らないため、状況がつかめない。


「早く来てくれ。このままではしのぎ切れん」

「とにかく、いけばいいんだな」


 机の上に散らかった文房具を乱雑に片付け、生徒会室を後にした。新調したコントローラを小脇に挟んで。



「……あとは任せた、副会長ぅ」

「浅村っ!?」


 部室に着くなり、小柄な生徒がバタリと倒れる。その横には割れた眼鏡と破れた白衣が散乱していた。彼こそが生徒会庶務であり、部員の浅村智也(あさむらともや)だった。


「酷いな、精神が極限まですり減っている。誰がこんなことを」

「見よ、あれが魔王だっ!」


 土門はゲーム用PCがある席を指さした。

 そこに居たのは、新入生のリボンを付けた少女。背は低く、猫のように丸まっている。稲穂色の髪はふたつに結ってあって、幼い印象を覚えた。彼女はこちらに気がついたのか、すっと立ち上がり、蒼い瞳で睨んできた。


「あんたが部長? 陰鬱ショタ理系や熱血ノッポ会長に比べてフツーで地味ね。わたし、つまらないのが一番嫌いだから、たぶん、あんたのことも嫌いだから」


 開口一番、流暢に飛んできたのは自己紹介ではなく、僕に対する罵倒だった。小さな唇が滑らかに暴言を運んでいくさまはある種の芸術みたく感じる。不快感をおし殺し、平然とした態度で返す。


「僕は紙連進。競技ゲーム部の部長だ。君は?」

「綴川涼葉よ」

「元気いいね。名前とは正反対だ」

「それは黙れという脅し? 聞くつもりはないけど」

「なぜ強い言葉を選ぶのか、気になってね」


 入部希望者がいきなり先輩に暴言を放つなんて、異常だ。そこになんらかの意図を見出したくなるのが、普通だ。


「犬のしつけみたいなものよ」

「というと」

「最初にどちらの立場が上か、はっきりと示すの。そうすればご主人様の命令をちゃんと聞くでしょ。それと同じ」


 さも当然という顔をして涼葉は答えた。それは『自分が主で他が従』と宣言したようなものだ。思わず眉をひそめてしまう。


「じゃあ、なにをしにココに?」

「あんたたちを頂点に連れていってあげる。しかも無敗で。三冠王のわたしがコーチングするのだもの。勝つ喜びだけ噛みしめなさい」


 ふいに思い出した。世界大会を3つ制した女子中学生の存在を。たしか、彼女の名前も涼葉だったはずだ。ゲーム実況界隈でもその名を轟かせていた。曰く、他の追随を受け付けない魔王だと。


「……悔しいが涼葉ちゃんは本物だ。パズルゲームで勝負したが完封された」

「本当なのか、浅村」

「ああ、会長も格闘ゲームで戦ったが、話にならなかったね。『無敗のスズハ』なる称号は伊達じゃないようだ」

「手も足も出なかった。不甲斐ない限りだ……」


 そういって二人は首を垂れる。我々だってゲーマーの末席を汚す者だ。たとえ、それが横暴な後輩であったとしても、負けは負けだ。強いものを認めないわけにはいかない。しかし、されるがままというのは癪に障る。なので、判断は戦って決めることにする。


「君が強いのは十分わかった」

「でしょ、だったら早く入部させなさい」

「だけど、その前に僕と戦ってほしい。このゲームで」


 そういってディスクケースから取り出したのは『エスペラント』。世界中で熱狂的な指示を集めるこのFPSタイトルだ。また、今年から全国大会が種目に選ばれている。僕らは予選大会を目指し、日夜練習を重ねてきた。僕は自主練習だってしている。ゆえに自信があった。


「ふうん、エスペラントね」

「苦手科目かい?」

「まさか、三人まとめてかかって来なさい。二度と逆らえなくしてあげるから」


 彼女は特注のコントローラを取り出し、不敵な笑みを浮かべた。やはり舐められているのは気分が悪い。この試合、絶対に勝つ。



「勝てるぞ、この試合。拠点さえ防衛できれば」


 コントローラを握る手が汗ばんでいる。ぬめりとした触感が気持ち悪い。だけど、いまは手放すわけにはいかない。手にしていたスナイパーライフルを双眼鏡に持ち変えて周囲を見渡す。1ピクセルだけ描画された敵兵さえも逃さないよう、目を皿にして探す。しかし、敵影は確認できなかった。


「おかしい。この拠点を攻めるならばこの道を通るはずなのに」


 画面の前でひとり呟く。この灯台は視界がひらけているので、死角はほとんどない。さすがに真下はカバーできないが、土門と浅村が待機している。うかつに近づけば火の海だ。突破は不可能といってもよい。ネズミ一匹入り込む隙のない完璧な布陣だ。となれば、残る可能性はひとつ。


「……試合を捨てて、拠点に籠っているかもな」


 幸い、敵軍拠点はライフルの有効射程距離にある。このまま待機しているだけでも勝利することはできるが、これはゲームだ。せっかくならば気持ちよく勝ちたい。身体をよじって方向転換。狙うは敵軍拠点。僕はライフルをかまえ、スコープを覗き込んだ。

 この時、気付くべきだった。ジープの駆動音がしていたことに。ジープは丘陵をジャンプ台にして、灯台に突っ込んできた。涼葉が駆る敵兵はボンネットを踏み台代わりに上昇。みごと灯台の縁に手をかけた。

 僕が敵影を見つけ、ハンドガンに持ち変えた時には全てが遅すぎた。そして、弾丸が脳内を稲妻みたく駆けて行った。


「は?」


 手にしていたコントローラを床に落とす。呆然とした意識のまま画面を見ると、たったひとつの敵兵が残っていた友軍をなぎ倒していた。浅村は敵兵から距離をとるべく、煙幕を焚く。しかし、敵兵はそれをものともせず、銃剣で突撃してくる。あっと思った時には剣先は浅村の胸に刺さっていて、敗北の二文字が表示された。



「はあ……」


 強い脱力感を覚えて、大きなため息をついた。全神経を集中させて試合に望んだのに。ともすれば勝てる試合だったのに。綴川涼葉を止められなかった。その事実が胸を重くする。


「ざっとこんなものね。これで入部していいかしら」


 まるで準備運動を終えたような気楽さで彼女は言った。約束は守らなければならない。


「ああ、もちろん。ともに戦おう、涼葉」

「はあ? あんたらみたいな三下と一緒に戦うわけないじゃん」

「は? でも入部希望なんだろ?」

「ええ、この部活のマネージャーとしてね」


 涼葉は玩具を手に入れた子供みたく笑った。


 こうして地獄門は開かれたのである。

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