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微睡むようには殺さない ~ナフシェルとマリンジャ~

ナフシェルは、暗殺をなりわいとする少年。長く癖のある銀髪で、濃紺の瞳。

相棒のマリンジャは、喋る湾刀。

湾曲した短刀で、先端は細長く両刃になっている。鞘や柄はキレイな装飾で、何かと補佐をしてくれる世話焼きだ。

 

雇われの身のナフシェルは、指示書にしたがい標的を暗殺しに行く。

幼い頃より隠れ里で、王族警護のための武術を身につける日々を送っていたが、元より暗殺は得意だった。

 

世には、さまざまな種類の魔法があふれている。

ナフシェルは魔法は使えないが、大抵の術は、雇い主が液体化して持たせてくれていた。

暗殺に忍び込む時は、渡された液体を飲み、偽装の魔法で姿を変える。

 

十二の頃に、今の主に雇われ一年くらいの付き合いだ。

かなり無茶な依頼もあるが、ナフシェルはマリンジャと共に、楽々こなしていた。

今日の標的も、相当恨まれている。

残忍に殺してほしいとの要望だ。

「ちゃんと帰ってこいよ」

 

 ナフシェルは、透明な緑の石に声を掛けると、建物の窓の隙間から中へと落とす。

 

『了解しました』

 

 くぐもったような声で応えがあり、木造の建物の中へと石の転がって行く小さな音が聞こえた。

 指示書のとおり裏門から入って、離れに石を入れてから、母屋を目指す。見張りはおらず、不用心だ。

 雇い主の下調べは、いつも完璧で、ナフシェルは指示書のとおりに事を進めれば良い。暗殺のための指示書は、しっかり暗記した。

 

「そろそろ、姿を隠したほうがいいですよ」

 

 ふところから声が聞こえる。

 

「そうだな。マリンジャ、ありがとう。ウッカリ忘れるところだった」

 

 質素な服装の少年の姿は、忍び込むのに目立たなくて良いのだが、実際の姿を目撃されるのは避けたい。

 

「どういたしまして」

 

 すましたような声は、笑みを含んでいるようだ。

 ナフシェルは、雇い主から渡されている小瓶の液体を飲んだ。とたんに顔だちが別のものに偽装され、体には薄く皮膜のような防御がはられる。雇い主は、魔法を液体に込めるのが得意だった。

 

 軽く背でまとめた長い銀髪と、濃紺の瞳は元のままらしい。

 

 さきほど石を転がした離れの建物が、騒がしくなっている。透明な緑の石は、物陰にひそみながら、物騒な言葉で騒ぎ続けているはずだ。

 くせ者の侵入を聞きつけた屋敷のものたちが、どんどん集まって行く。

 

「よくできた指示書ですね」

 

 感心したようなマリンジャの声が聞こえてきた。

 

 遠目に騒ぎを眺めながら、複数の建物がある敷地の中、ナフシェルは、迷わず母屋へと入って行く。見取り図どおりだ。扉を開けながら懐のマリンジャを鞘から出して抜き身で持ち、後ろ手に扉を閉めた。

 

 広い部屋の奥に、年配の男がたたずんでいる。ナフシェルの姿に驚いた表情だ。

 

「エダルだな?」

 

 金糸銀糸の刺繍も派手な、高級そうな衣服の男に、ナフシェルは確認する。

 

「何者だ? ……」

 

 人を呼ぶぞ、と続けて言いたかったのだろう。だが、応えを聞く前に、ナフシェルは一瞬で距離をつめ、手にした湾曲した短刀の先で、軽く喉をっ切ったので、言葉は音にならなかった。致命傷にはならない傷だ。

 

 かふかふと、空気のもれる音と、飛び散る血が辺りを汚す。

 ナフシェルに付いた防御は、返り血も弾いていた。

 

「助けは呼んだって来ないさ。離れで騒ぎが起こっているからね」

 

 一旦、距離をとりつつ、ナフシェルは囁く。

 

「まあ、呼べないでしょうね」

 

 手にした湾刀マリンジャが合いの手をいれた。

 

「ゆっくりと時間を掛けて死ぬといい」

 

 ナフシェルは、感情のないような声でエダルに告げた。しばらくは、誰も、この母屋には近づいてこないはずだ。

 

 指示書によれば、離れに人を集めてしまえば母屋は、がら空きになるらしい。

 魔法を使える、お抱えの術者もいないということだ。

 

 エダルは、喉を押さえ、出血を止めようとしながら、もう片方の手で何か探している。

 武器か、何か音を出すものがほしいのだろう。

 

 ナフシェルは身軽に距離を詰める。手にした湾曲した短刀の先端で、エダルの物を探っているほうの二の腕に、サクッと刺し傷をつけた。

 

 喉を切られているので、顔は苦悶の表情だが、声は出ない。

 続けて、腿には深めに湾刀の両刃の部分を刺し込んだ。切れ味は抜群だ。

 

「悠長なこと、してていいのですか?」

 

 湾刀が呟く。エダルは、断末魔めく声をあげている表情だ。

 

「誰もこないよ」

 

「誰かきますよ」

 

 振り回されているマリンジャが気配を察したようで、ナフシェルに告げた。

 静寂を少し破って扉が開き、人相の悪そうな男が入ってきて、状況に目をむく。ナフシェルを見て、ギョッとしたような表情だ。

 

 エダルは助けを求めるように血に濡れた腕を伸ばし、手振りで指示を出そうとしている。

 

「やれやれ、殺す相手が増えましたかね?」

 

 湾刀のマリンジャは小声でナフシェルに囁いた。

 

 使用人らしき人相の悪い男は、騒ぎもせず、薄く笑った。状況を察したらしく、入口近くに飾られた高価そうな壺を抱えると、「失礼しました」と、ナフシェルに声をかけつつ扉を閉めて出ていった。

 人を呼んで戻ってくる心配はないだろう。

 

「人望はないようだな」

 

 顔を見られたが偽装しているので、特に困らない。もっとも、平然と盗みをしていったので、届け出ずに奴も逃げるだろう。

 

「お前のところに、治癒の術者がいなくて助かったよ。このくらいの傷じゃ、あっという間に完治だ」

 

 言いながら迅速に背後へと回り込み、両のふくらはぎを切った。

 たまらず、エダルは床へと転がる。

 

 あちこちに出来た血だまりで滑らないように気をつけながら、ナフシェルは、間際でエダルを見下ろした。

 少し退いては、近づいて身を沈め、床に転がるエダルの腹部や腰へと、死なない程度の刺し傷を次々に刻んで行く。

 エダルは、あちこち出血し、痛みと声が出せないのとに悲痛そうな表情だ。が、不意に、カクンと首をゆらして意識を失った。

 

「気を失うのは早いよ」

 

 しゃがみ込み、頬をはたいて、意識を引き戻させる。

 

 気付いたエダルは、恐慌した表情で、痛む手足を振り回し、血をき散らした。

 ぱくぱくと、何か言っているが、勿論、言葉にはならない。ナフシェルは肩に湾刀を突き刺し、エダルは更に苦悶の顔だ。

 

「今治癒したら、全快するだろうからね」

 

 エダルは、その点に総てを掛けているに違いない。だが、指示書には術者はいないと記されていた。

 

「早くトドメを刺したほうがいいですよ」

 

 振り回されながら、マリンジャは喋っている。

 

「もう少し」

 

 マリンジャと会話を続けながら切り刻むが、エダルは、もうろうとして既に、痛みの感覚も薄いようだ。

 

「ナフシェル、そろそろ時間ですよ。偽装の効果が切れます」

 

「そうだな」

 

 エダルの意志など全く無視して会話は進み、ナフシェルは、しぶしぶ胸へと湾刀を深々と突き刺してトドメをさした。

 ゴリっと、ちょっと妙な音がする。

 

「うわっ」

 

 マリンジャの声だ。だか、今は、後処理に忙しい。

 

「万が一にも、蘇生は困る」

 

 まず、息の根が止まったことを確認する。そして、治癒や蘇生術が効かないように、専用の液体を胸の傷へと掛け、蘇生不可にした。

 

「じゃあ、戻りますか」

 

 ナフシェルは、きびすを返すと、扉から静かに母屋を出る。未だ騒がしい離れの近くを、悠々と通り過ぎて門を出た。

 門を出て、二区画くらい小走りした所で、偽装が切れた。

 

「ナフシェル。使いが荒いですよ、刃こぼれしました」

 

 文句を言うマリンジャを懐の鞘へと収める。

 

「ああ。宿に戻るし、当分、戦闘はないだろう。ゆっくり直してくれ」

 

「ナフシェルの魂のカケラを頂きますよ」

 

「好きなだけ持って行け」

 

 マリンジャは、ナフシェルの魂のカケラを吸収しながら、自動的に刃こぼれを修復する。

 

「薬、よく間違えませんね」

 

 自動修復中でも、マリンジャはお喋りだ。

 

「いや。たまに間違えて飲んでる」

 

 間違って飲んでも、特に問題はない。蘇生させない液体も、死人の傷口に注ぐことで発動するから、生者が飲んでも何も起こらない。ただ、飲み用でない液体は激烈にまずいので、すぐにわかる。

 

 液体の入った小瓶は、腰の辺りに巻いた革製の小物入れに、並べてさしてある。片手で扱えるように、雇い主が工夫しているので、マリンジャを振り回しながら次の動作に移ることができた。

 

 蓋の色で区別するのにも慣れた。

 

「途中で入ってきた奴、ギョっとした表情だったな」

 

「そりゃあ、あの現場を見ればそうでしょう」

 

「そうかな? オレの顔見て、驚いてたようだけど? そんなヘンな姿だったか?」

 

 どんな姿に偽装されているか、確認してみたことはない。

 

「とても素敵な姿に偽装されてましたよ?」

 

 マリンジャの声がわずかに笑みを含んでいる。そういう時のマリンジャの言葉はアテにならない。

 

 

 

 宿に着くと、どっと、疲労感が押し寄せてくる。

 さっさと寝台に潜り込んで眠りたい。

 

 が、部屋の扉を開けると、見知った顔が居た。

 

「お帰りなさい、ナフシェル」

 

 可愛い印象の美女が、ニッコリ笑みを向ける。雇い主のビヌアット・バンリだ。

 

「ぇぇっ、ひと仕事、終わったばかりなのに、もう次の仕事?」

 

 文句はないが、ひと休みくらいはしたい。

 

「そんなに急がなくて平気よ。ちょっと準備に時間が掛かりそうだから、先に伝えに来たの」

 

 笑みが深まるので、ナフシェルは嫌な予感を感じた。

 

「次は、男娼に扮して乗り込んで貰うわよ」

 

 いつもの調子でビヌアットは告げる。

 

「え? 男娼の衣装、着ないと駄目なの?」

 

「まぁ、それ以外に、隙がないのよ」

 

「マリンジャは、持っていけるかな?」

 

「ええ。ちょっと扇か何かに偽装させてもらうわ」

 

 マリンジャが一緒なら、男娼の衣装でも我慢できる。やりにくそうな仕事だが、さっさと済ませるに限るだろう。

 

「決行は七日後よ。それまで、鋭気をやしなっておいてね」

 

 ビヌアットはそう告げると、成果も聞かず、今回の報酬と前金の入った革袋を卓に置いて、優雅な仕草で部屋を出ていった。

 

 

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[良い点] 不思議アイテムと銀髪の美少年のバディ!!! これは想像できなかった!!! 着眼点もおもしろいですけれども、ぐいぐいと先を読ませる力があって、流血モノが苦手なわたしでも問題なく読めました 二…
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