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死立探偵 園上幽人 〜死立探偵誕生、いや死亡?〜

 しがない私立探偵だった俺が殺されて三日。まだ、自分の置かれた境遇に戸惑う俺の元へ、幽霊の依頼人が現れた。幽霊の依頼専門の幽霊探偵、ここに誕生。いや、死亡?

 両開きのガラスドアの脇に並べられたプランターにはコスモスの花が揺れていた。その後ろに立てられた看板には演目を知らせるポスター。タイトルはジム・ジャームッシュの『ストレンジャー・ザン・パラダイス』。砂浜に微妙な位置関係で三人の男女が並ぶモノクロのポスターには、どことなく見覚えがあった。館長兼家主のおばさんには来週にも見にいくと約束していたのだが……。もうその機会は失われてしまった。

 いつもの癖でガラスドアを鏡代わりに身だしなみをチェックしようとして、そこに自分の姿が映らないことに気が付いた。お気に入りの黒のフェルトハットも、自前の銀髪も映っていない。身体に目を落とすと、自分にはちゃんとステッチの入った白いシャツやダークグレーのテーラードジャケットが見えるというのに。大きなトルコ石の留め金のループタイだって締めなおせるるというのに。しかし、ガラスドアにはそんな俺の姿は映らない。


 物理的には、ここに俺が存在しないからなのだろう。おそらくそうだ。誰からも俺の姿は見えないに違いない。

「ちっ……」

 やり場のない苛立ちを感じる。俺はここにいる。間違いなくここにいる。だが存在しない。誰からも見えず、誰と話すことも、触れることもできない。それでも俺はここにいる。

 さすがに三日も経つと、俺が殺されたこと、死んでいることは受け入れざるをえない。空腹を感じることも喉の渇きを覚えることも、睡魔に襲われることもない。身体が抱えるあらゆる生理的欲求から解放されたが、同時に生きる目的も見失ってしまった。

――まぁ、生きてねぇからな……。


 入り口を通りすぎ、灰色の外壁に沿って脇へと回りこむ。途端に築五十年の貫禄が顕わになる。壁にはマスクメロンのようにヒビが走り、至るところで大きく剥がれ落ちていた。鉄製の外階段は手すりにもステップにも赤錆が浮いていた。この階段は七段目が危ない。ぐらぐらと心許ないその段を飛ばして、慣れた足取りで駆け上がる。いつもならカンカンと靴音が響き、ギシギシと悲鳴をあげる階段だが、今日は静かだった。

 ミニシアターの上にあるために、高さ的にはほぼ三階に相当する二階フロアにたどり着く。その頃になって、俺はこの長い階段を登る必要がなかったことに気がつく。習慣とは恐ろしい。フロアの一番手前のドアが俺の部屋だ。奥には映画館のロビーと繋がるエレベーターもあるが、一度も使ったことはない。部屋のドアには警察が貼っていった立ち入り禁止の黄色のテープが残っているが鍵はかかっていない。しかし、今の俺にはドアノブを掴むことすら出来ない。代わりに、ドアを通り抜けることができた。違和感しかないが、これも慣れるしかない。


 長らく住居兼事務所として借りてきた十畳の部屋は滞納のせいで先月から電気、ガス、水道がこの順に止まっている。窓から差し込む西日に照らされた部屋は、どこもかしこも埃まみれで汚れていた。

 ドアに相対する机へ進み、壁を背にして椅子に座る。座った感覚はない。椅子の位置も向きもリクライニングの角度も変えられない。それでも見慣れたいつもの視点から部屋をゆっくりと見渡す。机の上には、林立する酒瓶やビールの空き缶、マルボロの吸い殻が山盛りの灰皿。そして暇に飽かして作りかけていた戦艦金剛の模型。

 部屋の中央には応接セットがあった。仮眠に使ううちに、すっかり獣臭(けものしゅう)を発するようになったソファー。元は明るいオレンジブラウンだったのに、いまでは焦げ茶色の豹柄になっている。これは俺の汗や涎や寝ゲロ、こぼした珈琲のあとだ。

 居住スペースと事務所スペースの間仕切り代わりの書架には、法律書、刑事事件や殺人事件の資料、プロファイリング、トリック、犯罪心理学、その他さまざまな本が並んでいた。どの本も小口のところに埃が積もっていた。


園上(そのがみ)探偵事務所も終わりだな……」


 俺の名前は「園上(そのがみ)裕人(ゆうと)」。私立探偵()()()。といってもドラマのように、難解な殺人事件を華麗に解決なんてのとは無縁だ。主な依頼はペット探しか浮気調査。それと、身辺調査。これまでに扱った中で一番のヤマが、俺自身が殺されることになった殺人事件だ。それにしたって最初は普段通りのペット探しだった。後になって分かったことだが、ペットの首輪に付いた宝石が高価な代物だったとかで、そのせいで依頼人共々殺される羽目になってしまった。しかも未だにその犯人は分からず。こうして成仏しきれないでいる。


「いててて」

 殺された時の記憶に触れると脇腹に深々と刺さったナイフが現れ、そこから血が噴き出してきた。

「犯人を探し出せば、ひょっとしてこの世とおさらば……」

「待って。おさらばされちゃ困るんですけど?」

「!!」


 急に現れたそいつは、俺のすぐ目の前、机の上に胸像のように現れた。栗色のポニーテール。ベージュ色の地元高校のブレザー。制服では隠しきれない豊かなふくらみ。思わず釘付けになる。今どきの高校生ってのは、()()()()()な。まったく。しかし、こっちは三十歳。軽い後ろめたさから眼を反らそうとして、今度は腹の真ん中から生えた全長四十センチの金剛に釘付けになる。絵面がシュールすぎる。

 俺はこの女子高生を知っている。だが、前回会った時は、幽霊じゃなかった。生きていた。普通にドアから入ってきた。高価な宝石をぶら下げたペットの捜索を依頼してきた依頼主。彪雅(ひゅうが)薩美(さつみ)、涼崎学園附属女子二年、十七歳。彪雅(ひゅうが)コンツェルンの会長、彪雅(ひゅうが)(あつし)の孫娘。

 そして、俺が殺されたそもそもの原因だ。


「なにしに来た。化けて出ても無駄だぜ。俺はこの通り死んで……」

「知ってる、知ってる」

「顔も見たくない。帰ってくれ」

「まぁまぁ、そう言わず。ね、ね?」

「だいたい、なんで普通にドアから入ってこない? 机に埋まってるぞ」

「あー。いきなり見せるのはちょっとグロいかなーって」


 そう言いながら薩美(さつみ)は応接セットのソファの方へ、すぅっと横滑りに移動した。その腰はしっかり九十度、捻じれていた。足もさらに向きがおかしい。足をぷらんぷらんとさせながらソファまでふわふわと進み、くるりと向きを変えて座る。腰が正面を向くと、今度は上半身が横を向いてしまった。そのまま首だけこちらを向いてほほ笑む。笑うと潤んだ大きな瞳とえくぼが可愛らしい。

 つい、可愛らしいなどとほだされそうになった自分に腹がたつ。にしても。この腰の捻れ方はどうしたわけだ。


「探偵さんに依頼をね」

「待て。ペットを見つけられなかったのは悪かったが……」

「ううん。今度は人探し」

「はぁ? よせよ。もう探偵は廃業だ」

「あら。どうせやる事ないんでしょ? 犯人探しの依頼ってそんなに変?」

「いや、そこじゃない。俺はもう死んでるんだ」

「あら。奇遇ね。私も死んでるの。幽霊の探偵さんのところへ幽霊が依頼にきたの」

 少女は俺を指さし、続いて自分を指さしてウインクしながら微笑んだ。

「……なるほど」


 いや、なるほど、じゃねぇ。女子高生に手玉に取られてどうする。しかし、ポニーテールを揺らして微笑む仕草は眩しかった。リップクリームを引いた艶のある唇には、色気よりも健康美が溢れている。死人、それも幽霊に健康美を感じるというのは意味がわからないが。

 まだ引き受けるとは答えていないのに、俺は心の中で敗北を認めていた。

「死因は?」

 死人に死因を尋ねるなんて、初めての経験だった。

「階段から突き落とされちゃった」


 ***


 個人の家だろうと、セキュリティの掛かった会社内だろうと、俺が立ち入れない場所はなかった。人に聞かれたくない秘密の会話をこっそりと拝聴するのに、この身体は便利だった。資料を勝手に見るのも楽勝だった。資料をキャビネから取り出すのではなく、頭をキャビネに突っ込むから、あまり人には見られたくない恰好だが、幸い誰に見られる心配もない。一方で、話しかけても誰にも聞こえないから、聞き込み調査は一切行えなかった。

――どうにも幽霊が探偵やるのには限界がある。


 天井を見上げてため息をついていると、事務所のドアが開き、車椅子の薩美(さつみ)が入ってきた。幽霊ではなく実態のある人間として。

「お前……」

 俺は次の言葉が出てこない。

「いきなり『お前』は酷くない? 仮にも依頼人で、雇用主で、所長なのに」

――どういうことだ?

「九死に一生。復活したんだよ」

 薩美(さつみ)は、あっけらかんとした口調で言い放った。

「でも、なんか見えちゃう体質になったみたいなのよね」

 と、俺をまっすぐに見ながら言った。

 聞けば、この事務所をお小遣いで借りたらしい。それでいつまでも俺の私物を処分しに業者が現れなかったわけだ。


「あなたが幽霊から依頼を取る。私が遺族から依頼を取る。普通なら得られない死人からの証言を得られるから、迷宮入りしそうな殺人事件もスピード解決。ね、良くない?」


 こうして、私立探偵園上(そのがみ)裕人(ゆうと)は死んだ。これからは、()立探偵園上(そのがみ)幽人(ゆうと)だ。ただし、事務所の名前は、HYUGA(ひゅうが)探偵事務所。一匹狼を気取っていた俺は、成り行きとはいえ、女子高生探偵の助手に成り下がってしまった。


 俺を殺し、薩美(さつみ)に大怪我を負わせた犯人は追及しないことになった。俺が成仏しちまわないようにだと。一つ、はっきりしていることがある。探偵なんて、死んでまで続ける仕事じゃない。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 描写が多く読み応えがあります。 [気になる点] 探偵の格好についての描写が多く感じました。減らしたほうが読みやすそうです。 [一言] 幽霊によって証言をとれても、証拠はどうやって確保するの…
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