2次元人よ、夕陽に向かって走れ!
一般に、何次元の世界でも、視界はその世界の次元のマイナス1次元プラス遠近感である。また、重力方向に1次元を取られるため、行動もその世界の次元のマイナス1次元的なものプラス、その場の地面や建造物による起伏によるその世界の次元的なものとなる。 3次元世界で考えてみると、視界は2次元プラス遠近感であり、行動は地面が平坦なら2次元的であることを思い出して頂きたい。 よって、2次元世界における視界は、恐らく、縦の1次元プラス遠近感である。2次元世界の行動は、基本的に1次元的で、その場の地面や建造物の起伏により2次元的なものとなる。 縦の1次元とは、すなわち、縦の直線であり、テレビの走査線を1本だけ取り出したようなものを想像して、頂きたい。1次元的行動とは、平均台の上で暮らすようなものと考えて頂きたい。ただし、決して落ちることはない。 (出典不明、要確認)
僕は走っていた。やがて夕陽となるであろう太陽に向かって。
彼女を追って。彼女がこちらに向かっていると信じて。
「なんだ? あいつ、東脚の膝が内側向いてるぞ」
2次元人の脚は2本、どちらの膝も外側を向いている。進行方向の脚でスキップするように、小さく跳ねながら進む。
「いや、それどころか、東側の顔がのっぺらぼうじゃないか?」
2次元人の身体は東側、西側ともにリバーシブルなのだ。しかし、僕は、彼女に身体を改造された元3次元人だから、いろいろと違うところがある。
彼女は、僕を中途半端な白い毛むくじゃらな化け物に改造したことを詫びたが、僕は、「中途半端」であること以前に、「化け物」に改造したことを詫びて欲しかった。
どうでもいいことではあるが、この2次元世界の人たちは、本当にいい声をしている。特に、彼女の声は素晴らしい。僕は、その声だけに惚れて、この2次元世界に来てしまったのだけれど。
僕は、今、なぜ、彼女を追っているんだろう?
目の前に2次元人が迫ってくる。僕は、楽々と飛び越える。仕方ないのだ。これが、この世界での、人と人が行き交う方法なのだ。世界全体が落ちることのない平均台の上にあるようなものだから。幸い重力も低めになっている。
また、2次元人が近くなってきたが、今度は跳ばなかった。顔色をうかがって分かったのだ。やっぱり、相手の方が、飛び越えてくれた。ときどき、お互いを飛び越えようとして、空中でぶつかる2次元人がいる。
この2次元世界の視界は、縦の1次元だ。
初めは、縦に1次元の視界なんて、意味分かるのか? と思ったけど、それが視界の全てなら、案外、分かるものだ。
2次元人の顔は、頭のてっぺんにウサギのように耳を1つ生やし、上から順に、1つの目、1つの鼻、1つの口と並んでいる。
頭は首で支えられていて、肩は顎と同じ方向に張り出している。つまり、3次元人の鎖骨を90度回転させたようになっていて、顔の真下に肩がある。
腕には、3次元人と同じように、肘と手首が1つずつある。
手には、2本の指がある。3次元人の親指と人差し指だけがあると考えると分かりやすい。偶然にも、指の関節の数も、3次元人と同じなので、イメージしやすい。
その下に胴体、つまり、胸と腹があり、腰の下に先ほど言った脚がある。
2本の脚も、並び方は3次元人とは90度違い、腹の下に1本だけある。
脚にも、3次元人と同じように、膝と足首が1つずつある。
足は、1本指で、やはり、3次元人のものとよく似ている。
それらのものが、東側、西側ともに、東西対称についている。
2次元人に1つしかついていない器官は、2本の脚の間の生殖器くらいのものだ。
問題は、はたして彼女は、こちら側に行ったのかだが、僕は、彼女の行った不完全な施術により、逆側は見ることも、早く進むことも、できない。逆側に行ったのだとしたら、それは、本当に、追ってきて欲しくないんだろう。
この2次元世界には、東と西しかない。
そもそも、この惑星は大きな円であり、平坦な大地は直線であるように感じられる。全てが赤道直下で、日が昇るのが東、日が沈むのが西であるが、北と南は存在しない。
2次元人を、回転させることはできても、裏返すことは、2次元世界の中では不可能なので、この2次元世界では、3次元人にとっての右脚、左脚のような感覚で、「東脚」「西脚」などといった言い方をする。
余談ではあるが、新人は、
「東も西も分からない新人ですが、よろしくお願いします」
と、挨拶し、「前後不覚」のことは、「東西不覚」といい、西瓜はあるのに、南瓜はない。
おっと、この2次元世界での、いわゆるマンションが近付いてきた。
この2次元世界の建造物は、全て外観がピラミッドのような形をしているか、それに、平坦な部分を足した形をしている。要するに、建物の外側を、人が登って降りられる構造になっていなければならないのだ。
マンションを駆け上がる。途中で人と会ったら、普通、下りの人が飛び越えてくれるのが、この世界のマナーだが、僕は、今、急いでいるから、できれば待たずに飛び越えてしまいたいところだ。
しかし、降りてくる人たちは、思っていたより、思い切りよく飛び越えてくれる。ありがたい。
この世界では、ルールやマナーはよく守られている。
例えば、人の往来のある場所で、人が集まることは、禁止されている。人が飛び越えることが、できなくなるからだ。
考えてみれば、ルールを破る者が現れることは、この世界の破綻を意味するのだ。ルールの重さが違うのだ。
マンションを駆け降りる。
今度は、こちらが、飛び越える番だ。
ひょいひょいと、2次元人たちを飛び越えていく。
本当は、2、3人まとめて飛び越えるのだって、わけないんだけど、2次元人たちが、ビックリするだろうから、やめておく。
風が体毛を撫でていく。
この2次元世界に、服は存在しない。2つの次元から包まれるということは、この2次元世界では、全ての方向から包まれることを意味する。
服というものは、ものすごく大雑把に考えると「筒」である。筒というものは、2つの次元から囲まれていて、第3の方向に開放された構造をしている。
この「第3の方向」が、この2次元世界には存在しない。
つまり、何かに包まれたかったら、すなわち、全身、完全に包まれるしかないのだ。もしくは、大きな袋に入って、頭だけ出すようにするしかない。しかし、それでは、歩くことはできない。
同じ理屈で、この2次元世界には、「車輪」というものも存在しない。2つの次元から包まれてしまっているものを、支える手段がないのだ。ボールペンの先に似た機構のローラーは存在する。
さらに言うなら、ネジやボルトやナットの類も存在しない。
ナットが筒構造なのは、すぐに分かると思うが、ネジやボルトも、実は、円柱に螺旋という筒構造を纏わせることで実現する。
おかげで、接着剤と剝離剤の技術が発達している。
また、2次元人の身体について話したとき、肛門について言わなかったが、あれは省略したのではない。2次元人には、肛門がないのだ。
3次元人は、消化器官を含めて考えれば、ある意味、筒構造をしていると言える。
しかし、この2次元世界には、筒構造は存在できない。だから、消化器官も、袋構造をしている。すなわち、食べた穴から、不要なものを吐き戻すしかないのだ。
彼女は、この2次元世界には存在しえない「横」という概念に目覚め、次元を超越し、僕という存在を、3次元世界から連れて来た。
しかし、その、具体的な方法についての説明を、僕は聞いていない。
だから、彼女が、この2次元世界から脱出できる可能性だって、否定することはできない。彼女が、この2次元世界自体から、去ってしまった可能性だってある。
もし、そうなら、僕は、彼女が東に向かった場合以上に追うことができない。
ならば、信じて走るだけだ。彼女が、西に向かったと信じて。夕陽に向かって、走るだけだ!





