悲運のサブヒロインを救いたい俺のストーリー改変
《これは報われなかったキミが幸せになるための物語》
世の中には二種類のヒロインが存在する……。
それはメインヒロインと、メインではないサブヒロインだ。
大抵の場合、メインヒロインが報われて、サブヒロインは報われずに物語が終わる。
そして俺が長年応援してきたミュゼットもそんなサブヒロインであり、健気で優しくて……しかも悲劇的な結末を迎えることになるヒロインだった。
いやいや、そんなの絶対におかしいだろ!? 主人公と結ばれなかったとしても、多少なりとも幸せになってくれてもいいだろうが!! せめて可能性くらいは残せよ!!
これが正規ルートだっていうなら、俺がそれを変えてやる……!!
これは俺が、悲運のサブヒロインである彼女をどうにか幸せにするまでのお話。
世の物語には二種類のヒロインが存在する。
それはメインヒロインとサブヒロインだ。
メインヒロインは文字通りメイン、物語の中で主役級の役割を果たし、最終的に努力が報われて主人公と結ばれるなど幸せな結末を迎えることが多い。
それに対して、サブヒロインはサブ……メインヒロインになるヒロインの、足りない部分を補完するために存在しているようなヒロインである。
もしメインヒロインが勝ち気で活発なタイプだったら、サブヒロインは健気で大人しい性格になるパターンが多い。
「くそっ、どうして……どうしてっっ」
そして俺が学生時代から愛読している漫画、エクスタシーファンタジアのキャラクター【ミュゼット】も、そんなサブヒロインの一人だった。
俺は海が真下にあり、激しく波が押し寄せる絶壁の上に立ち、誰もいないのをいいことに大声で叫んだ。
「どうしてあんな健気で優しいミュゼットが、完結直前で死ぬんだよぉぉぉ!?」
そう……俺の長年応援し続けていたミュゼットが、物語も終盤の佳境というところで死んでしまったのである。
長年心の支えでもあったエクファン (ファンの間でのエクスタシーファンタジアの略称)が完結すると聞いて、寂しさを感じつつも『まぁミュゼットが少しでも幸せになってくれるならいいか』と思っていたのに……なんで彼女だけが死ぬんだよ!?
いや、確かにメインヒロインは明らかに別の子だし、主人公と結ばれる可能性はないとは思ってたけどもっっ!! さすがに殺すのはあんまりだろうが!?
あ゛あ゛何よりラストのあのシーンだ!! 思い出しただけで腹が立つ……!!
『平和になった世界にミュゼットも居られたら良かったのにね……リュート』
『そうだな、ピア……だけど彼女は戻らないし、生き残った僕たちはミュゼットの分も幸せにならないとな』
いや、幸せにならないとなじゃねえから!! そもそもお前、ミュゼットのことを守るって約束してただろ!! ちゃんと守れよ……!! そして最後が主人公とメインヒロインがイチャつくシーンで終わりってどういうことだ!?
「っっ……なんて、な」
まぁいくら文句を言っても仕方ないとは分かってはいる、分かってはいるが……でも実際に納得出来るかどうかは別問題だ!!
ちなみに俺はこの出来事がショック過ぎて、社会人になってから初めて有給を使い切って傷心旅行にまで来てしまった。
上司にはかなりグチグチ言われたが、会社自体クソだし上司も嫌いだから別にどうでもいい……はぁ。
ぼんやりと海を見つめ、生ぬるい潮風を頬に受けながら、俺はミュゼットとの出会いに思いを馳せてそっと目を閉じた。
それは高校時代にまで遡る。
ミュゼットはあまり漫画を読まない俺が、たまたま友達に貸してもらった漫画の登場人物だった。
エクファンのストーリー自体は、大まかに言えば特別な力を持つ主人公が、仲間と共に世界を救うという王道ファンタジーである。
はじめは何となく惰性で読んでいた作品で、ミュゼットが初めて登場した時にも特に何も思わなかったが、彼女の過去を知ったことによりそれが一変した。
ミュゼットは物語の根幹を担う少数種族の末裔で、それが理由で幼少期に親を殺されたのだ。しかもあろうことか彼女の目の前で……。
『ああ、ミュゼット……よく声を出さずに隠れていたわね……偉いわ』
絶体絶命のピンチに、自分が身代わりになることで娘を助けた母親。もはや一目で助からないと分かる重傷を負いながらも、彼女はそれでも娘を気遣ったのだ。
そのシーンを見た瞬間、それがあまりにも過去の自分と重なってしまった。
『ああ、よかった慎也……アナタが無事で……』
家族で事故に遭い。自分自身がボロボロなのに、必死に幼い自分のことを気遣ってくれた母の姿。それがミュゼットの母親とそっくりに見えてしまった。
だからだろう、俺は彼女がこの後どうなるのか気になってしまった。
当然だが物語自体は主人公であるリュート視点であるから、登場した時点のミュゼットは既に色々なことを経験積みだ。そんな彼女の第一印象は、物静かで控えめな少女。しかし一転して誰かが困っていると行動的で、他人を放っておけない心の優しい部分も持ち合わせていた。
そんな少女だったからこそ、当時ひねていた俺は『どうせ、恵まれた環境で育っててなんの苦労も知らないのだろう』と最初は勝手に決めつけていたのだが、実際は真逆だったわけだ。
親を失ってからの彼女は、まだ子供だと言うのに一人で生きる他なくなったのだ。ただ生きるだけでも大変なのに、正体を知られれば命を狙われるため本当のことは言えず、ずっと嘘をついて生き続けるしかなかった。
誰にも頼れず、打ち明けられない秘密を抱えて、彼女は一体どれほど苦しかっただろうか。
俺も彼女ほどの苦労ではないが、親を亡くした後に親戚に引き取られ厄介者扱いをされ続けたので、少しだが気持ちが分かる……。
『なんで親と一緒に死ななかったのかしら……あの時に死んでくれてれば、うちもわざわざ引き取る必要もなかったのに』
しかし似たような境遇でもミュゼットは、俺よりずっと立派だった。
『私自身が他人を信用することは出来ないけど、誰かを安心させられる人にはなりたくて……また他人に寄りかかることは許されないけど、支えにはなりたいと思ったんです……おかしいですよね?』
本当であれば自分を守るだけでも大変なはずなのに、彼女は更に他人のことまでも助けたいと望む……根っからの人好きのお人好しだったのだ。
しかしそんな風に長年頑張ってきた彼女であっても……いや、頑張ってきたからこそ既に限界が来てたのだろう。
『ミュゼット、キミにはこれからは僕がいる。僕が必ずキミを支えるし助けると約束しよう』
だからこそ、初めての理解者でそこまで言ってくれた主人公のリュートに彼女は恋をした。
まぁ、実際は言うほど支えてないし、助けてもいなかったけどな。俺は知ってるぞ。
何よりこんなに良い子のミュゼットを二番手にしやがって、マジくたばれ。
まぁ、主人公のことは置いておくとして……。
俺はミュゼットだからこそ、最後に少しでも彼女が幸せになる結末を望んだ。
しかしそんな彼女が迎えたのは、作品の完結より一足早い死であった。
『リュートにみんな、必ず勝って……生きて幸せになってね』
その最期は、命を狙われる原因でもあった少数種族の特殊能力を使い、主人公たちに勝利の決定打をもたらす代わりに命を落としたのだった。
いや、いやいやいや!! お前が一番幸せになれよぉぉぉ!?
だって……だってなぁ!? ひたすらにツラい境遇を耐え抜いてきて、誰にでも優しくて健気な彼女が、よりによって救われず犠牲になって死ぬんだぞ!? 絶対におかしいだろうが!!
ああ……なんで物語の中でさえ、こんなにも報われないことばかりなのか。
必死にバイトで学費を稼いで大学を卒業したものの、就職した会社は絵に書いたようなブラック企業……。
現実の未来には希望がなく、好きだった作品にまで裏切られた俺は一体どうすればいいんだよ……。
あっ、いっそこのまま海に飛び込むか? おあつらえ向きにここって自殺の名所だし……ははっ。
「いっそ、あの世界に行けたらな……」
何気なく俺はそう呟いた。
そうだ、そうすれば俺があんな主人公の代わりに彼女を助けてやるのに……。
「何より、この世に特に未練もないからなー」
だいぶ精神的に参っていた俺は深い考えもなくそう口にしていた。
——ほぅ、そうか
それはまるで頭に直前聞こえてくるような、奇妙な声だった。
そしてそれが聞こえた直後、俺は何者かに背中を押され、崖の上から海へと落下した。
「っっ!?」
——それならば、試して見るがいい助けられるかどうか……な?
そうして海の中に落ちた俺は、その瞬間プッツリと意識が途切れたのだった。
近くで誰かの声がする……これは若い女の子?
意識を取り戻した俺がパチリと目を開くと、ちょうど目の前には俺の顔を覗き込む一人の女の子の姿があった。
「あ、よかった気が付かれましたか」
嬉しそうに笑みを浮かべる彼女の年の頃は十代半ばくらいだろう。すみれ色の瞳を持ち、淡い紫色の腰程までに伸びた髪の毛は、サラサラで彼女が動く度にふんわりと揺れる。
目鼻立ちも整っており、とても可愛らしい少女であるが……初対面であるはずの彼女に俺は物凄く見覚えがあった。
「本当によかったです、意識がないので心配したんですよ?」
「き、キミは……」
どうにか喋ろうとしたものの、驚きのあまり上手く声が出ない。
いや、だって……そんなはずは……。
「はい、私は偶然意識のないアナタを見つけた者で、名前はミュゼットと申します」
予想通りの名前が彼女の口から出てきて、俺はより一層混乱した。
え、いや、だって、ミュゼットって!? 死んだはずじゃ……じゃなくて、現実にいるはずないだろうが!! あれ、俺まさか拗らせすぎて幻覚まで見始めたのか!?
いや、待て一旦落ち着こう、こういうのは慌てるのが一番よくないんだ……うん。
だから俺は少しでも心を静めるために、一度目をつぶって深呼吸した後に改めて彼女を見た。
……ああ、それでも確かに目の前にいるのは、長年俺が思い続けてきた彼女そのものだ。
過酷な過去を持ちながらも健気で心優しく、しかし自ら犠牲になるという結末を迎える悲劇のサブヒロイン……それはミュゼットの姿に違いなかった。





