第八話 犬小屋のお世話
あの事件から翌日のこと。
あの二人がどうしたのかというと、土地勘も何もなく、ただひたすらに街道を進み、意外と早く次の街へと到着していた。
そこは以前訪れた土地と同じ規模の農業都市であり、どうもこの地方は、農業が盛んな地域であるようだ。
その日の今朝方になって、二人は街の職業斡旋所を訪れていた。
何故かというと、二人は昨日のこと、文無しで宿に泊まれず、野宿する羽目になったからだ。
多くの求人票と思われる紙が張られた掲示板の他に、複数台の超薄型PCなんかが置かれた、田舎であるためにそれほど規模の大きくない斡旋所内部。
今日この日の、この時間に訪れた客は二人だけ。それは世情を何も知らずに、この世に出たばかりの紺と黄であった。
二人は一枚の求人票を、今し方受付に差し出したばかりだ。
「君たち・・・・・・本当にこれ受けるの?」
表情なく差し出した紺とは別に、何故か受け取った受付の男性は、険しい様子である。
普通ならこれを出されたら、その求人先に連絡をするのが、彼の職務の筈である。
だが今の彼は、何故かそれを渋っているように見える。職務上、妙な話だ。
「そうだけど、どうかしたのか? ちゃんと内容は見たぞ。一応今の時代の文字も、私らは読めたからな」
「今の時代? いや、まあ・・・・・・これね」
受付が手に取った求人に書かれているのは、一日だけとある動物の世話係を求めるものである。
そのとある動物とは何なのか、それが実は書かれていない。
「何ていうか・・・・・・張り出したこちらが言うのも何だけど・・・・・・これはちょっとやめた方がいいんじゃないかな~~なんて。これ今日張られたばかりだけど、仕事の具体的な内容が書いてないだけでなく、時給があり得ないぐらい高いし。それに一日だけといって、求人期限がないのもな・・・・・・」
本来求人の応募を促すはずの者が、何故かそれを止めるよう言い出す、実に職務放棄な発言。
そんなこと言うなら、最初からそんなの張り出すなよと、突っ込みたくなるが。そもそもあの求人紙を受注したのが、彼なのかは判らないのだが。
「そうは言ってもね・・・・・・今私らが受けれそうなの、これだけなのよね。私達、ちょっと訳ありでさ。あまり時間をかけずに、少しでいいからお金を稼ぎたいの。ちょうどその都合があって、身元を言わなくても請け負ってくれるっての、これだけなのよね・・・・・・」
「はあ・・・・・・」
訳ありとか、身元を明かせないとか、そんな話しをされて、確かにこの刀を持ち歩いている少年少女は何者かと、首を傾げる受付。
まさか目の前の人物が、何千年も生きている、古代の女神とは判るまい。
「まあ、心配しなくても、私らは大丈夫よ。何かあっても、どうせ私ら死ねないし」
「ううん? まあ、そこまで言うなら、もう止めないよ。じゃあ、ここに名前を・・・・・・」
そう言われて、差し出された紙に、署名する二人。
その二枚に書かれた“渡辺 紺”と“渡辺 黄”という文字を見て、彼はさっきとは別のことで二度首を傾げる。
「苗字が同じって事は、君等姉弟なのか? あまり似てないけど?」
この問いに、今度は二人が首を傾げ返す。ただしそれは受付に対してではなく、自分たち自身に対してであった。
「そういえば・・・・・・ランスロットにも言われたけど、私らの関係って何だったっけ? いつからか忘れたけど、確かに同じ苗字になってるわね・・・・・・本当に姉弟なの?」
「さあ・・・・・・僕も忘れた。まあ・・・・・・今度誰かに関係言われたとき、面倒だし、別に姉弟ってことにしてもいいんじゃないかな?」
かくして己の身元をよく知らない二人は、本人公認で姉弟ということになったのであった。
「ううむ・・・・・・たった二人か? いや失礼しましたわ。ようこそ我が実験場へ・・・・・・」
渡辺姉弟が訪れた、求人紙に書かれているとおりの場所は、街からかなりはずれた場所にある、森の中である。
昨日まで二人が暮らしていた、あの魔性の森から、かなり近い位置にある。
そこにあるのは、古くて頑強そうな、洋風の石造建築物。森の外の農場からも、見えるぐらい高く、大きな建物だ。
銃座がついた物見櫓や、監視用の塔らしきものもあり、どうもこれは旧政権時に使われていた、砦の跡かと、紺は推測した。
爆撃でも受けたのか、所々大きな破損が見える建物の門。
そこに姿を現したのは、どう考えたって、この砦の正式な所有者とは思えない、身なりがやや汚れた、魔道士風の女性だった。
黒いローブに黒い三角帽子に、魔道杖を携えた、典型的な西洋系魔道士で、年齢は四十台ぐらいの女性である。
そんな彼女は、紺達を出迎えると、まるで急かすように、内部に招き入れた。
「そんで結局世話する動物って、何なの? これには何も書かれていないけど、ここまで来たんだから教えてよ」
「ええ、勿論よ。すぐに見せてあげるから、まあついてきなさいよ」
かつては多くの兵士が駐屯し、鍛錬やこの土地の監視をして、それなりに賑やかであったであろう場所。
だが今聞こえるのは、この三人の話し声だけが、えらく強く響いてくる。
砲撃でもあったのか、所々の壁に穴が開き、各所に古い血痕まである、明らかに敗北を体験したと理解させる砦の中。
その静かな石造りの廊下を、三人の足音が無感情に響いてくる。
「なんなのこれ? あんたの家じゃないわよね?」
「ええ・・・・・・ここは旧政権の陥落した砦跡さ。何でも、たった一人のアラクネ(蜘蛛人族)の女に攻め込まれて、一日も経たない内に、砦の者が皆殺しされた上に、敵に利用されることもなく捨てられた不憫な砦よ・・・・・・」
いくら放棄されているといえ、そこを勝手に住み着き利用するのはいいのか?と思ったが、現代の法律を知らない紺達はあえて指摘はしなかった。
やがて一行は、地下へと続く階段のある場所に辿り着く。
そこもまた無言で階下へ降りてくると、そう時間がかからず、地下の監獄のような場所へと辿り着いた。
(これは・・・・・・捕虜を放り込む、収容部屋かしら?)
それは誰もが一目見て、そう理解できる場所である。恐らくは後からつけられたであろう、天井の電灯に照らされたその部屋。
そこは長い廊下の両側の壁に、数十人は放り込めそうな、大きな牢部屋が、幾つも存在していた。
例え魔道士であっても出られないよう、特殊な魔法による封印機能がついた、頑強な鉄格子(材質が鉄かは不明)。
その部屋は、今も現役で使われているようだった。ただし中に入っているのは、人ではなかったが。
「人間用の檻の中に、動物を入れてるのか? 何か悪趣味じゃねえか?」
黄が指摘した動物とは、巨大な狼であった。
その牢部屋の一室に、ライオンの二倍の体長はある、灰色の毛色のイヌ科動物が、そこで身体を丸めて、寝転んでいるのだ。
外観は普通の狼だが、ここまで大きいと、間違いなくモンスターに分類されるだろう。
「ああ、こいつは少々、特別でね。こういう魔法による封印牢でないと、安心できないのさ。あんたに頼みたいのは、そうだね・・・・・・とりあえず今から餌をやるから、中に入ってくれないかしら?」
そう言って、その肝心の餌を渡さずに、牢の扉を開けて、中に入るよう促す女魔道士。
その言葉に二人は、全く警戒することなく、言われたとおりに、中に入っていった。
ガシャン! ガチ!
そして定番と言うべきか、中に入った瞬間に、扉を閉め、鍵をかけて、二人を閉じ込めてしまうのである。
「ねえ、肝心の餌は?」
「それは勿論、あんた達自身さ!」
勝ち誇った声を上げる女魔道士。そしてその言葉に、慌ても怒りもせずに、何故か無感動の二人。
女魔道士はそれに気付かず、調子づいて、勝手に説明を始めた。
「この化け物はね、私の友達が先日、近くの“女神の森”の中で見つけてきたものさ! 何でもこいつに襲われたところを、神に助けられたとか何とか・・・・・・。それで丁度、倒れている所だったから、私が捕まえて、ここに封印したわけでね!」
(ああ、それって多分僕がランスロットを助けたことだ・・・・・・)
「こいつの力は大したものだよ! 遺伝的には、全く普通の野犬なのに、どうも外部から過剰な魔力と生命力を与えられて、こんな化け物になってしまったみたいね! それを私が一夜漬けで改造して、私の支配下に置ける、闇の召喚獣にしたわけだが。だがこれには一つ、代償が必要でね・・・・・・」
黄の中の心の声など届くはずもなく、女魔道士の話は続く。
「必要なのは、新鮮な人間の血肉さ。それを捧げることで、こいつは擬似的な邪神に生まれ変わり、そしてその供物を対価として、私の手で操る究極の兵器と化す・・・・・・あんたにはそのための犠牲になってもらうとするわ!」
「要は、私らがこいつに食われればいいわけね。判った、やるわ」
「うん?」
相手が怒り狂うかと思いきや、あまりに意外すぎる返答に、女魔道士は呆気にとられる。
彼女がどう言い返せばいいのか、考えつく前に、二人は全く恐れることなく、眠っている狼に近づいていく。
「おら! とっとと起きろ!」
そしてあろうことか、その睡眠中の怪物を、思いっきり蹴り上げて、叩き起こしたのだ。
驚いて飛び跳ねた狼は、すぐに今自分を蹴った人物に、不愉快な唸り声をかけ始めた。
「ちょっとあんた・・・・・・どういう・・・・・・」
女魔道士はますます困惑した。丁度彼女達は、刀を装備したままだ。
もしやこの二人には、この狼を正面から倒せる自身と実力があるのか?と、一瞬不安を覚えた。
だが生憎その、不安はすぐに解消される。
ガブッ!
紺は全く抵抗も逃走もせずに、迫り来る狼の牙を、堂々と受け入れたのだ。
最初は紺で、次に黄が、何とも呆気なく、その場で血飛沫を上げながら、狼の餌食になるのであった。
これは国中を騒がす大事件が起こる前日の出来事。
その元凶に、たまたま紺たちが立ち会っていたのは、果たして偶然であろうか?