第三話 不死身の姉弟
鉄道橋の上での事故から、数時間ほどした頃。ようやく異変に気付いたようで、そこには人が訪れていた。
またそれ以外にも、あまり人に好まれない動物も、多数訪れているようだ。それは死体をついばむ、十羽ほどの黒い鳥たちである。
「うわあ・・・・・・これは酷いわね。カラス共がもうたかってるわ」
「まあ、腐敗の臭いがまだないだけマシだろう・・・・・・」
そこに訪れたのは二人の、和装制服の人物。青い着物の下に黒い軽衫。また着物の上に、国章のような模様がついた黒い羽織をかけている。
そして右腰には、脇差しと言うべき、短めの刀を。左腰には拳銃を差している、軽武装状態の人物たち。この二人は、この農場を運営している町に、駐在している警官である。
ついさきほど、列車が何かを撥ねたという連絡があり、今到着したところである。
実は彼ら以外にも、付近の住人が様子を見に来たのだが、あまりに残酷な光景に気分を悪くして、警官の姿を見て早々に立ち去ってしまった。
警官たちがその二つの遺体に近づくと、カラス達が血みどろの嘴を空に上げて、一斉に羽ばたいていく。それによってその遺体の全容が露わになって、警官たちはますます機嫌を悪くする。
「これは服を着てるし、刀がついてるし・・・・・・明らかに動物ではなく人ね。しかし何だって、橋の上にいたのかしら? そう簡単にあそこまで登れるとも・・・・・・」
「さあ? 魔法使いか何かが、興味本位で上まで飛んだんじゃないですか? 全く・・・・・・事故を防ぐための鉄道橋なのに、これじゃあね・・・・・・。まあこいつらの自業自得か」
「ともかく人身事故なら、とりあえず病院に連絡ね。死亡確認なんて、いちいち調べる必要もないような気もするけど・・・・・・」
これなら応急措置も必要ない。そう言って遺体から目を離し、背を向けて携帯を取り出す女性警官。
やがて病院に通話が届いたのか、そこで状況を話している間のことに、何とも不思議なことが起こった。
「・・・・・・というわけで、その事故者の場所は・・・・・・」
「うわあ~~びっくりした!」
突如彼らの背後から聞こえてきた、何とも気の抜けた様子の、若い女性の声。
突然のことに驚き、二人が振り返ると、これまた理解が及ばない光景があった。
「どうも列車に撥ねられたみたい・・・・・・まったく運がないよ」
もう一つ聞こえてきたのは少年の声。振り返った先には、先程橋から落ちた、紺と黄の姿があった。
今発言したとおり、二人は列車に撥ねられて、死んだはずである。だが何故か今ここに生きている。
ついさっきまで、警官たちが目を背けた十数秒前まで、見るも無惨な姿だったのに、何故か今は、服も身体も傷一つない綺麗な姿で、その場に座り込んでいるのである。当然さっきまであった、グロイ死体の姿などない。
周囲の地面に、飛び散った血痕は残っているので、今のが幻だったとも思えないが。
「ところであんたたち誰? 私は渡辺 紺といって、ついさっきまで森の中で暮らしてたんだけど。この辺りの街の人?」
「えっ、ええ・・・・・・」
しばし放心状態だった二人だが、向こうから話しかけられて、ようやく我に返る。といっても衝撃は抜けてきれておらず、口調がやや震えている。
「私達は付近の警官だけど・・・・・・あなたたち、さっきまでそこで倒れてたわよね?」
「ええ、久しぶりに外に出たら、あれが列車の走るものだって、すぐに思い出せなくてさ。おかげで酷い目にあったわ。いやそれより向こうにも悪かったわ。向こうの列車に、故障とかなかったかしらね?」
「それは・・・・・・まあ深刻な故障の話しはないけど・・・・・・」
その前に、さっきまで死んでたよなお前ら?・・・・・・とは言い出せない警官たち。
あの消えた死体とは別人と疑いたくても、彼らが腰に差している刀は、紛れもなくあの遺体にくっついていたものと、同一に違いなかった。
「じゃあ聞きたいんだけど、この辺りの街の場所は・・・・・・いや別にいいわ」
「うん? 何でだ?」
「だってさ・・・・・・せっかく久しぶりに外に出たんだし、これは出来る限り自分で、色々見ておきたいじゃん。冒険心ってやつかしら?」
「ふうん・・・・・・まあ確かにその方が面白いかな? じゃあすいません、驚かしちゃって、それじゃ」
そう言ってさっさとその場から、農道を通って去って行く、紺と黄。それを未だに、唖然としながら、警官たちは見送っていった。
女性警官の固まった手に握られた携帯から、どうしたのかとしきりに説明を求める、病院側の者の声が流れ続けていた。
それから数分ほどして。この付近に住んでいる野鳥の一部。先程倒れた紺と黄の肉をついばんでいたカラス達に、ある異変が起こっていた。
地上に降り立ったと思ったら、突如何の為かも判らない羽ばたきを繰り返し、突然一斉に大きな鳴き声を上げる。
何かに警戒しているようでも、苦しんでいるようでもない、不可思議な動き。
まるで身体の底から、とてつもない力が沸き上がってくるような、大きな高揚感を、このカラス達は感じ取っていた。
やがて彼らの身体から、その小さな身体に収まりきれないほどの、大量の魔力が放出される。
やがてカラス達は、その魔力をある程度制御できるようになる。修行を積んだわけでもない動物が、突如魔法を使えるまでになっていった。
それから間もなくして、二人は農園の中の、とある田園地帯を眺めていた。時期は夏の終わり近くのようで、大分育ちきった青々とした稲が、盛大に広がっている。
それなりに美しい光景だが、二人はそれとは違う理由で、この様子に話し合っている。ちなみに農園の中心にある街は、彼らが見据える田園の向こう側に見える。
その町には、あの鉄道橋も延びており、街を貫くように通っているのが判る。街の建物は、それなりに高い、数階建てのマンションのような建物や、ビルのように大きな倉庫の姿もあった。
「何かしらね・・・・・・これだけの農園を維持するには、やっぱり機械の農作業機がいるわよね。あの列車もそうだし、外の世界は結構ハイテクなのね・・・・・・」
「ああ・・・・・・僕はてっきり、外の世界は、沢山の小さな村が、鍬で畑を耕す様子を想像してたけど・・・・・・僕の記憶違いかな? あいつの身なりを見て、勝手にそう思ったのか?」
「まあ私も昔の村のことは、よく覚えてないけど・・・・・・千年以上もたてば、何かしら変わるものでしょ。しかし意外ね。あいつの言ってることからして、大蛇帝国ってのは、この国の人を奴隷みたいに肉体労働してるものと・・・・・・あら?」
話してる間に、二人は異変に気がついた。ここから見える、数百メートル先の街に、何かが起きている。
こちらには風がないのに、街の方にかなりの突風が起きているようで、紙や枝葉が盛大に巻き上がっているのが、彼らの優れた視力には見えた。それと同時に、幾つもの銃声も聞こえてくる。
「ただ事じゃなさそうね・・・・・・例の大蛇軍の横暴というやつかしら?」
興味を持った二人が、早速その最初の町へと、早足で歩いて行った。