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マユリ


「マユリさまは顕現された当初から、あまり取り乱されることなく異世界での聖女という役割を受け入れておられる様子でした。美しく聡明で、白いドレスを好んでお召しになっていたことと輝くばかりの美しさから白の女神さまと呼ぶ者も多くいました。我々の要望を、常に笑顔で叶えて下さっていたので、我々は、気づかなかったのです。マユリさまの心の深い悲しみに。本当は聖女としての生活など、受け入れて無かったことに」


夏のある日、雪が降った。それは聖女がいれば起こらないはずの天候のエラー。聖女の身に何かあったのではとカウムさんたちはマユリさまのもとに駆けつけた。

マユリさまの無事を確認したカウムさんやお付きの人たちは、雪を降らせるのを止めるようお願いした。


マユリさまは、冷たく微笑んだ。


「あなた達はいつも勝手なお願いばかり。雨を降らせてと言ったり、晴れにしてと言ったり。魔物の退治を手伝えとか、結婚する貴族を祝えとか。まるで都合のいい道具のように私を使う。もう、うんざり。私はあなた達のせいで、親孝行ひとつすることは叶わないのに、どうしてあなたたちの親の長寿を祈らなければいけないの? 私は結婚を約束した恋人と会うことすらもう出来ないのに、どうしてあなたたちの結婚を祝わなければいけないの? もう嫌よ。こんな世界、滅んでしまえばいいわ。他所の世界の人間を犠牲にしなければ成り立たない世界なんて、存在する価値はないもの。ねえ、私が死んだら、また、私の世界から別の誰かを無理矢理連れてくるのでしょう? だからその前に滅んでしまいなさいな。もう、私の世界の人を不幸にしないで…!」

そう言って、マユリさまは部屋に閉じこもってしまった。


「我々はやっと気付いたのです。マユリさまが深く傷ついていたことに。ずっと心の傷を隠し、無理に笑っておられたことに。我々は、マユリさまが優しく接して下さるのをいいことに、要求をエスカレートさせてしまっていたのです。全てが、遅すぎました。魔法で閉ざされた部屋の扉を開けることが出来た時にはすでにマユリさまは部屋にはいらっしゃいませんでした。窓から外に出たとみられ、すでに雪が深く積もっていたことから捜索は難航しました。数日後、発見されたマユリさまの亡骸は、雪の中でまるで眠っているかのようで、ですが、そのお顔には、涙の跡がはっきりと残っていました」


聖女を失えば、この世界の天候は荒れ狂う。けれど、マユリさまが亡くなった後はひたすら毎日、片時も止むことなく雪が降り続けた。雪の中、マユリさまはこの世界が滅ぶことを望んでいた、だから雪が止まないのだと、これはマユリさまの呪いだと皆が言うようになった。


「マユリさまが望まれたとはいえ、滅ぶ訳には参りませんでした。マユリさまを追い詰めてしまったのは我々、身近にお仕えしていた者たちです。一般の国民にはなんの科もないのですから」


カウムさんはずっと伏せ目がちに喋っていたけれど、小さく息を吐いて視線を上げた。

「我々はアリスさまを不幸にしたいのではありません。ですが、聖女という名の枷を与えてしまうことは、言い逃れることのできない事実です」


私を見つめるカウムさんの瞳は、赤く潤んでいたわ。淡々と語ってくれたようで、ほんの少し、声が震えていたもの。もしかしたら、カウムさんはマユリさまを好いていたのではないかしら? そう思わせるくらい、その声は悲しげに聞こえたの。


雪が止まずに降り続く、それが聖女の呪いか。


「もうひとつ、聞きたいのですけれど」

「はい、なんでしょう?」

「15年も、雪が降り続いたら作物は育たないですよね? 食料はどうされていたんですか? さっき見かけた人たちは、みなさん、とても痩せているように見えました」

そう。私に石を投げた子どもも、その母親もとても痩せていたのよ。遠巻きに見ていた人たちの中にも、太った人は一人も居なかった。私の知ってる5〜6歳くらいの子どもって、もっとふっくらころころしている子ばかりだったから、あの子の痩せっぷりは少し、うううん、かなり驚いたわ。


「……。この国は、そういう国ですから、普段から相当に備蓄をしています。ただ、流石に15年は長すぎました。備蓄は底を突き、寒冷地でも育つ物や、地下で栽培出来るものでなんとか食い繋いでいる状況です。国の民には苦しい思いをさせてしまいました」

「では、やはり足りてないのですね。雪は止んでも、すぐに作物が収穫できるわけじゃないですよね…」

種をまくところから始まって、それが実るまでどれくらい? 農業のことなんて詳しく分からないけど、3ヶ月とか、半年とか? 収穫出来るまで、飢えをしのぐことは出来るのかしら?


「……もし、もしも、アリスさまがお力を貸して下さるのなら、すぐに収穫することが可能です」

うん? なにそれ?

「どういうことです?」

「聖女さまは五穀豊穣の神の力を持っていると伝えられてます。自在にその力を操れる聖女さまは稀で、記録上も過去にお一人しかいらっしゃいませんが、アリスさまにもその力があると確信しています」

五穀豊穣の神の力…。よく分からないけど、なんだかすごそう。

だけど、どうして私にその力があるって確信してるの?


「りんごを実らせたでしょう?」


……それ⁈

「見ていた者から報告がありました。聖女さまが触れた木が黄金に輝き、瞬く間に果実を実らせた、と」

「…………」

黄金に、輝いていたかしら? ちょっと誇張が過ぎるんじゃない、その見てた人?

でも、あの木が急に実ったのは「そういう種類」だったからじゃなかったのね。

私の力だったんだ。へえー…。

え⁈ まじで?

すごすぎない? 聖女。っていうか、何かしたつもり、全くないんだけど。

アレ、本当に私の力なの?


「無理に、とは申しません。我々が現在食べるものに困窮していることは事実ですが、だからといって、アリスさまが何かをしなくてはならない、ということはないのです。アリスさまのおかげで、雪が止みました。それだけで、大変ありがたいことなのですから」


やりたくないことはしなくていいのだ、とそう言ってくれるのは、先代の聖女 ・マユリさまへの後悔からだろう。

カラムさんの一言一言から、同じ過ちは犯したくないのだという思いが窺える。

だけど。

私は見てしまったから。

見るからに栄養の足りていない、痩せた人たちを見てしまった。

空腹って、辛いことよね。

そして、我が子にお腹いっぱい食べさせてあげられないことは、きっともっと、ずっと、辛い。

大それたことが出来るとは思わないけれど、私の持てる聖女パワーで出来ることならやらない理由は無いと思うの。

この世界に対するわだかまりはあるわ。憎む気持ちも恨む気持ちも、無いとは言えない。マユリさまの気持ちも、私はよく分かる。でも、それはそれ、これはこれよ。


だって、私はこれから、この世界で生きていくんですもの。



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