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聖女

「聖女」という言葉から、何を連想するかしら。

清らかで優しい? そうね。

品格があって毅然としている? そうね。

勇敢、寛容、赤心、純潔…?

そうよね。だいたいそんな感じよね?


一体、どこの世界に、石を投げられて、あまつさえ「やっつけてやる!」なんて宣言される聖女がいるって言うの!


まさかと思うけど、「聖女」と書いて「悪い魔女」と読む、とか言うのではないでしょうね。

そんなの不条理よ!あんまりだわ‼︎


つい、男の子と睨み合ってしまった。

いけない。相手は子どもじゃないの。大人気ないわよ。


気がつけば、ざわざわとひとが集まり始めていた。みんな、私たちを遠巻き見ている。そうね、外を歩き始めてから、それとない視線は感じていたもの。私と男の子のやり取りを、みんな見ていたんだわ。

さてどうしよう。

その子はくちびるを噛み締めながら私を睨み続けていて、どうにも動きそうにない。

困ったな。いっそ、「ばーか!」とか言って逃げ去ってくれればいいのに。それとも私が、「やられた〜」とか言って逃げるか倒れるかしたらいいのかしら?

どう収拾をつけたものかと悩んでいたら、人の輪の中から若い女の人が飛び出してきて男の子に駆け寄った。

「トウマ!」

男の子の母親かしら? 女性はその子を抱きしめると膝をついて頭を下げたわ。

「申し訳ありません!申し訳ありませんっ! 罰は私が受けます!どうぞこの子はお許しください!お願いします‼︎お許しください!どうか…」

悲鳴みたいな声で繰り返される謝罪が、どこか遠くで聞こえる気がした。

そのくらい、私は別のことに気を取られていたの。

私はじいっと、子どもを抱きしめる女性の、震える細い腕を見ていた。

それから、確かめるために周りを取り巻く人たちを見てみたわ。心配そうに親子を見つめる人、難しい顔で私を見る人、ひそひそと隣の人と囁きあっている人、色々だけど…。


「何をしている!」


そこに駆け込んで来た人がいて、人の輪が少し崩れた。

来たのはイケメンの騎士さんだった。騎士、だと思うわ。なんか格好がそんな感じだし。名前は知らないけど、顔は見覚えがある。藍色の髪と紫がかった青い瞳の精悍な顔立ちが印象的なひと。

そのひとは私と親子の間に、私をかばうように立ち、状況を確認するように周りを見回した後、私を見て目を瞠った。


「聖女さま、額に怪我を…」


ああ、そうだった。石を投げられたんだったわ。ジンジンしてるけど、前髪で隠れないくらい、パッと見て分かるような傷になっているのかしら。

とっさに手を当てると指先の感触から出血してるのがわかった。

あらやだ。ちょっとしたスプラッタだわね。

額って、ちょっとの傷でも大げさに血が出るのよね。でも平気よ、こんなの大した怪我じゃないわ。

「大丈夫です。なんでもありません」

「何でもない、などと言うことは…」

「なんでもないです。それより、カウムさんにお聞きしたいことがあるのですが、お時間を頂けるようお願いすることは出来ますか?」

「それは、もちろんです。あの、こちらの者は」

跪き、震える親子に目をやってイケメンさんが言う。

何があったかは察している顔よね。わりと怖い目で親子を見てるもの。

うーんと、どうしよう。まあ、いいか。なるようになるでしょう。

私は大きく息を吸い込んで、大きな声で言ったわ。


「まあ、大変! 転んでしまったのね? 大丈夫? 立てるかしら?」


まるで初めて親子に気づいたみたいな私の言葉に、女性が当惑した表情を浮かべた。

大根役者? その通りよ。分かりやすいでしょ? ほら、察して! 話を合わせなさいな。

「雪で濡れてしまうわ。さあ、立って?」

にっこり笑って見せたけど、女性の顔は強張っていたわ。

そう言えば、今の私の顔はスプラッタだった。怖がらせてしまったかしら。大丈夫だから、もう行って?

視線で示すと、きちんと意図を汲み取ってくれたみたい。女性は深く頭を下げてから男の子の手をしっかり握って人の輪に紛れて行った。


それから実った木の実を指してイケメンさんに訊ねたの。

「これは、食べられる実ですか?」

なんとも言えない表情で親子を見送っていたイケメンさんは、鈴生りに実った木の実に気づいて驚いていたわ。

「これは…! はい、これはリンゴという食べられる実です。いつの間にこんなに…!」

ええ、さっきね。もりもりと実ったのよ。

っていうか、りんごなのね。実はそっくりだけど、木は元の世界の林檎の木とは違うのではないかしら?

紅く艶々な実に釘付けになっていたら、

「召し上がってみますか?」

って、優しく聞いてくれたわ。

「いいんですか?」

わあ、食べてみたいと思ってたの。味も、元の世界のものと同じかしら?

「もちろんです。後ほどお部屋にお持ちします。その間に手当てを」

促されて、お部屋に戻るべく、私は歩きだした。


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