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新しい一歩

エマの亡骸を地面に横たえて、私は()に向き直った。

さっきまで曖昧に広がっていた闇は、内側から輝き出して、今はすっかり光になってしまったのよ。


「あなたは、この世界の『気まぐれな神様』なの?」


『われは守る土地を持たない。この地を気まぐれに守護していたものは今は別の土地に縛られている。二度と戻ってくることはないだろう』


ふうん。そうなの?


「…レイコさまの呪いを解くことは出来る? つまり、異世界の女性が天気を左右する力を持つ、というものを無かったことにすることは?」


光は少し考えているみたい。なんだかとても不思議ね。

だって今、私、神さまとお話ししてるのよ。


『そうだな、そなたの一番大切なものと引き換えに叶えよう』


えぇー。対価を取るの?

半目になって見つめたら、光は輪郭が曖昧になった。


『仕方ないであろう。対価なしに願いは叶えられん。それが世の摂理で理りだ。そなたとて、レイコが命を賭して掛けた呪いと知っておるだろう』


…そうだった。レイコさまが命を対価に叶えた願い。私がタダで無かったことにしてしまっては申し訳ないわよね。


でも、一番大切なもの、って。なかなか条件厳しいわね。

まあ、命を差し出せと言われるよりはマシなのかもしれないけれど。


じゃあ。

「私を元の世界に戻すことは出来る?」

そう口にしたら、今まで黙って見守っていてくれたロゼさんたちが息を飲み、ざわめいた。


光は今度はすぐに答えたわ。なんでか少し楽しげで、その楽しげなところがイラっとする。

ニヤニヤ笑いを残す猫みたい。


『出来るぞ。同じ条件でな』


同じ条件んん?

それってどちらかひとつしか叶えられないってことじゃない?

一番大切なものって二つは無いものね。


考え込みそうになったとき、

「アリス!」

びっくりするほど大きな声でロゼさんが私を呼んだ。


はい?


ロゼさんは両手で私の肩を掴むととても真剣、というかなんだか随分必死の形相で言ったわ。

「元の世界に戻るつもりなのか?」


え?

戻るつもりというか、この世界に私が必要ないのなら、帰れたらいいなぁって思ってるけど…。

両方は無理みたいだし、そうなると、ねぇ?


でも、私がそう言う前に、ロゼさんが言ったの。

「帰らないでくれ」

って。


「ロゼ、やめろ! それはアリスが決めることだ!」

「そうですよ、ロゼ。アリスさまには元の世界に家族がいる。それを忘れては」

「そんなものはクソ喰らえだ!」


バレットさんとフェニさんはとても真っ当な意見を言ったと思うわ。でも、ロゼさんは一蹴した。


「アリス、おまえがいなくなるなんて嫌だ。おまえのいない世界など考えられない。おまえを愛している」

「ロゼさん…」

「必ず幸せにする。絶対に後悔はさせない。俺のそばにいて、共に生きて欲しい。家族や友人を失わせてしまうことを忘れはしない。だが、俺はいつでもおまえのそばにいて、寂しい思いは決してさせないから。万が一俺が先に死ぬようなことがあれば、そのときはおまえも一緒に殺してやる。もしも、それでももしも、帰らなかったことを後悔する日が来たら、そのときはすべて俺のせいにしてかまわない。俺を恨んでもいい。だから」

お願いだから、帰らないでくれ、と。

私を抱きしめて訴えるロゼさんに、私は動揺している。


だって、なんだかすごく、熱烈な告白じゃない?

まるでプロポーズされてるみたいな。

それに、あ、愛、してるって。


やだ。ほっぺが熱く…、って、あら?


「リタさんは?」

そうよ、ロゼさんにはリタさんがいるじゃない?

そう言ったら、ずし、とロゼさんの体重がのしかかって来たわ。脱力してしまったみたいに。


「アリス、リタのことはおまえの思い込みだ。俺とリタは幼馴染で親友だが、おまえが思っているような仲じゃない。リタの想いびとは他にいるしな。あのときは、リタが俺をからかったんだ。俺の気持ちを知っていたから、おまえの反応を見て俺が慌てるのを楽しもうとしたんだ、あいつは」


そう、なの?

「じゃあ、ロゼさん、本当に?」

「ああ、俺はおまえを愛している」

本当に? 本当なのね? 嬉しい!

ロゼさんの背中に腕を回して抱きしめると、ロゼさんも強く抱きしめ返してくれたわ。


『むすめ、願いはどうする?』


光はやっぱり少し楽しそう。私の選択を意地悪く笑いながら待ってるわ。

ふふん。大丈夫よ、迷ってないもの。

どちらか一方しか叶えられないのなら、最初から答えは決まっているわ。


「レイコさまの呪いを解いて」

『ほう。して、対価に何を差し出す?』

「私が、元の世界に戻る『チャンス』を」


私の一番大切なもの。絶対に失いたくないもの。元の世界に戻れるかもしれない、という希望をあなたにあげる。


『いいだろう』


光が穏やかに瞬いたわ。

ロゼさんの私を抱きしめる腕に、ぎゅう、と力がこもったわ。

「アリス…!」

私の覚悟がロゼさんにも伝わったみたい。

ちゃんと、責任を取ってもらいますからね?


『そのあとはどうする?』


そのあと?

光の言葉に首を傾げると、ふわふわ、やっぱり光は楽しそうに瞬くの。


『聖女が天気を操らないのなら、そのあと天気をどうする?』


光ったら、なぞなぞを出す子供みたいよ?

それなんだけどね。


「あなたがやったらいいんじゃない?」

『…………』

「あなたは、守る土地を持ってないんでしょ? そしてかつてこの世界を気まぐれに守っていた神さまはもういない。なら、あなたがこの世界の天気の神様になったらいいじゃない?」

『…むすめ、なかなか剛毅だな。われはそれほど安くはないぞ』

お高くていらっしゃるのは分かっているわよ?


「神殿を作って祀るわ。ちゃんと毎日おそなえもする」

『…む。われは酒と甘味が好みじゃ』

「分かったわ! お酒と甘味を毎日ね」

『毎日。毎日だな? 必ずだぞ?』

「ええ!」

『ならばむすめ、そなたが最初の神官となってわれに仕えるが良いぞ』


神官…。

あまり、向かないと思うけど。まあ、いいか。おそなえ係だと思っておけば。


「勝手に決めちゃったけど、大丈夫かしら、カウムさん?」

カウムさんは若干呆然としていたけれど、はたと私を見て頷いてくれたわ。

「神殿の建設ならびにアリスさまが神官に就任される件、迅速に手配致します。もちろん、大丈夫ですよ、アリスさま。交渉をしていただいて、ありがとうございます」


光はゆらりとゆらぎ、そして言った。

『その者を、弔ってやってくれないか』

エマのことね?

「もちろんよ」

『感謝する。そなたには礼を与えよう。願いは叶えた。真面目に仕えよ?』


光はキラキラと煌めき出し、昇り始めた太陽の光に紛れて消えていった。


空が明るく輝く。

聖女ではなくなった私の、新しい1日が始まるわ。


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