エマ
誤字報告ありがとうございます。
誤字を修正しました。
エマが姿を消した。
エマそっくりの似顔絵が見つかったからって、即エマに嫌疑がかかるというわけじゃない。
過去の聖女さまの側に、エマによく似たひとがいた、というだけ可能性だってあるんだもの。
例えばもし、そのひとがエマに関係のあるひと、ご先祖様に当たるようなね、そういうひとだったとしても、なんの問題もないわ。
代々、同じ家に仕える執事さんやメイドさんは決して珍しくないのだから。代々聖女に仕える家系があってもおかしくはない。
けれど、エマは姿を隠してしまった。まるで逃げるように。関わりがあることを告白するように…。
アンリが言うの。
「ここ数日、具合が悪いようでした。顔色も悪くて。昨夜なんて脂汗までかいていて。休んでくださいってお願いしたんです。でも心配だったので、今朝お部屋に様子を見に行ったら、部屋には誰もいなくて…」
エマがどう関わるかは分からない。本当に関わっているのかも分からない。
今どうしているのか。具合が悪そうだったと聞いたわ。どこかで苦しんでいるのではない?
辛い思いをしているのでは?
私が過労で倒れたとき、目を覚ました私を抱きしめてくれた、あなたの暖かさを覚えているわ。
苦しい思いをしているのなら、今度は私があなたを抱きしめるから。
どうか、無事でいて。
エマの捜索は続けられていたけれど、手がかりがないまま、5日が過ぎた。
「エマの身上書?」
カウムさんがやって来て、エマについての調査結果を話してくれたわ。
「はい。メイドについては家族構成や親類縁者についてはもちろん、身元に関しては徹底的に調査した上で採用を決めます。万が一にも、国王陛下に仇なす者が入り込むことのないように、です。当然、エマについても調査が行われました。問題はないということで採用したのですが…」
「問題が、あったのですか?」
「はい。今回のことを受けて再度調べ直したところ、父母、家族、親類に至るまで、身上書に書かれたエマの身内は誰一人存在しませんでした」
「…どういうことですか?」
「どういうことなのか。我々にもわかりません。調査を続けると、父母や家族として記載された人物の記録はありました。ですが、その人物は亡くなっているのです。何百年も前に」
「…………」
父母に該当するひとが何百年も前に亡くなっている?
それじゃあ、エマは…。
エマはいったい。
カウムさんは少しの間黙った後、報告したいことは他にもある、と言ったわ。
「以前から調査するように言われていた、聖女さまについての国の記録についてです。あまり、お耳に入れたい内容ではありませんが、お話しさせていただきます」
そう前置きされてから聞いた内容は、たしかに、聞いて楽しいものではなかったわ。
まず、初代の聖女さまについて。
名をハルカさまというその方は、この世界を救う救世主として崇められていたそうよ。
ところが、召喚されて3年後に頓死している。
そして、2代目の聖女、シズカさま。
ハルカさまの死後、20年後に召喚されたシズカさまは召喚された翌年に殺害されていた。理由は不明。
3代目の聖女はサワコさま。シズカさまの死後15年後に召喚され、数ヶ月後に殺害。やはり理由は不明。
4代目、フユミさま。サワコさまの死後、18年後に召喚され、翌月には殺害されていて、理由は不明。
5代目のレイコさまはサワコさまの死後23年後に召喚されていて、一年後に自ら命を絶っている。
そして、6代目以降の聖女さまは聖女として過ごした期間に差はあれど、全てのひとがみな、最期は自ら命を絶っていた。
「アリスさまの部屋が一階にあるのは、飛び降り自殺を防ぐためなのです」
苦しげにカウムさんが言葉を紡ぐ。
カウムさんの報告が済んだあと、今度は私が聖女さまの書き残したものから知り得たことを話した。代の若い聖女の中には凄惨な扱いを受けたひとが複数いたこと、呪ってやると書き残しているひとがいること。
逆に聖女としての暮らしを楽しんでいる様子の人もいたわ。そう、それなのに、なぜ…。
なぜ、自ら死を選ぶことになってしまったのか。
呪ってやる、そう書き残されたノートの最後のページを私はカウムさんに見せた。
書かれた文字は分からなくても、それが何かはカウムさんにも思い当たるものがあったみたい。
しばらく不思議そうに見つめたあと、ゆっくりその目が見開かれたのを見て、私は頷いた。
私も最初はなんだか分からなかったの。
黒く掠れたそのシミは、汚れのようにも見えたから。
見過ごしていたわ。深い意味はないと思った。
だけど何度も見ているうちに、それがある形に見えてきた。
手形、なんじゃないかしら? あかちゃんの。
カウムさんからの情報と私が得た情報を擦り合わせた結果、呪ってやると書かれたノートは5代目のレイコさまが書いたのではないかと思われるのね。
そしておそらく、レイコさまは出産している。
「その手形の子供がエマだと考えているのかい?」
バレットさんに言われて私は首を傾げたわ。
あり得るかしら。もしそうだとしたら、エマは何百年も生きていることになってしまうわ。
でも。
「その子供が、エマそっくりの似顔絵の人物かもしれない、とは思ってるわ」
それから、カウムさんが報告してくれた聖女さまの記録の中で気になってることがあるの。
「召喚の間隔と聖女が存在した期間、ですか?」
フェニさんがそう言って、私は頷いたわ。
そうなの。前の聖女さまが亡くなってから次の聖女さまが召喚されるまでの間が長いわ。そして、召喚された聖女さまが存在していた期間が短い。
つまり、聖女がいない期間がたくさんある、ということよ。
「俺も気になっていた。先代の死後、アリスの召喚に成功するまでの間の飢饉を考えると、それほどまでに長期間の聖女の不在に耐えられるものなのか、と。そんな大昔に今と同じような対策が出来たとは思えないんだが」
ロゼさんの言葉に、バレットさんが頷く。
「そうだね、単に召喚に成功しなかったのか、あるいは…」
そうね、あるいは。
「召喚する必要が無かった…、ということでしょうね」
その晩、部屋でひとり、レイコさまのものと思われるノートを眺めていると、控えめなノックの音がした。
「はい?」
扉を開けると、そこにいたのはロゼさんだったわ。
「アリス、すまない。なんだか胸騒ぎがして、来てしまった。しばらく一緒にいてもいいか?」
躊躇いがちに言うロゼさんに私は微笑んで見せた。
「もちろん、どうぞ?」
ロゼさんは椅子に座らずに立ったまま私のそばまで来ると、そっと私を抱きしめたわ。
ロゼさん?
「なんだか、アリスがどこかへ消えてしまうような、そんな気がしたんだ。アリス、俺はどんなことがあってもそばにいて、必ずお前を守る。どんなことがあっても、必ず、だ。だからお前も、きっと、俺の手を取って欲しい」
抱きしめる腕に力がこもって、ささやかれる言葉が耳をくすぐる。
いつも毅然としているロゼさんの声が少し震えて聞こえたわ。
私は戸惑っていた。
ロゼさんの真意が分からなくて…。
暖かな胸に抱きしめられるまま目を閉じた、そのとき。
かすかな音ともにそれはやって来た。
「伝令鳥?」
光の粒子で出来た小さな鳥は私の手に止まって囀った。
エマの声で。悲痛な響きで。
「助けてください、アリスさま…!」




