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手記と新人さん

その後、昼間は各師団へ慰問に伺い、夕方以降は聖女さまが書き残したものを確認する日々が続いた。


第3師団ではアベルさんがとっても歓迎してくれたわ。騎士服姿のアベルさんは、それはもう立っているだけで滲み出る渋みのある色気が素晴らしかったわよ。


「嬢ちゃんは最近何度も魔物に狙われたようだが、怖い思いをしているんじゃないか?」


アベルさんは声も渋くてカッコイイ。

ふふ、やだわ、にやけちゃう。


「大丈夫よ、アベルさん。ロゼさんたちがいつもちゃんと守ってくれるもの」

にっこり笑って答えると、アベルさんも目を細めて優しい笑みを浮かべたわ。

「ほう、そうかい」

目元に出来るシワすらカッコイイわ…。

「そういやぁ、フロスト団長には長い付き合いのイイヒトがいるそうだが…?」

リタさんのことね!

ちらりとアベルさんがロゼさんを見た。

ロゼさんは表情を変えなかったけれど、内心は照れてるかも知れないわ。いわば職場恋愛だもの。同僚に話題にされるのは気恥ずかしかったりするはず。

あら? 隣のサルドさんが俯いて肩を震わせているのが気になるわね。サルドさん、具合が悪いのかしら。心配だわ。

早めに帰った方がいいかしら。


サルドさんの様子を気にしつつ、

「ステキなひとですよね! 第4師団へは、一番最初に慰問に伺ったんですけど、とっても優しくしてくださったんですよ。楽しいお話もたくさん聞かせてくれました」

そう言ったら、アベルさんも同意するように頷いたわ。


「ムスク団長は、明るい人柄と強力な結界を形成できる高い魔力保持者だということで定評のある人物だ。周囲まで賑やかにする華やかさが、フロスト団長には合うのかも知れねえなぁ」

「ええ! お似合いですよね」

アベルさんがなんだか楽しそうに微笑んでるわ。一緒にいるひとが楽しそうにしているのを見るのは嬉しいものね。


だけど、さっきから俯いていたサルドさんが、とうとうお腹を抱えてうずくまってしまったの。

大変っ!


私たちはアベルさんにお暇することを伝えた。

アベルさんは、苦笑にも似た不思議な笑みを浮かべてサルドさんを見ていたわ。


「また来てくれな、嬢ちゃん。今度は2人で食事でもしないか。城の外で美味いものを食わせる店に連れて行ってやろう」

本当? アベルさん。嬉しいわ。



サルドさんの具合は、特務師団(よくみんなが聖女付き師団って呼んでる団の正式な呼び方よ)の団舎に戻ったらすっかり良くなったみたい。


「ああ、苦しかった。死ぬかと思った。あはははは、あはは。あー、やだな団長。睨まないで下さいよ。僕のせいじゃないですからね?」


サルドさん、ワライダケでも食べちゃったのかしら?


特務師団の執務室で、サルドさんはひーひー笑いながら涙を滲ませているし、ロゼさんは苦虫を噛み潰したような渋〜いお顔でそんなサルドさんを見ているわ。


なんにしても、具合は大丈夫そうね?


そのとき、ノックの音がして1人の騎士がやって来た。

明るい茶髪の、若いひとよ。


「失礼します。ハック・シフラです」


サルドさんは笑いを抑えて、その青年を私の前に進ませた。

「アリスさま、以前話した新人です。シフラ、こちらが聖女アリスさまだ。ご挨拶を」


青年は片膝をつき、忠誠を示す礼をすると、

「お初にお目にかかります。ハック・シフラと申します。この度特務師団へ入団する栄誉を賜りました。精一杯努めさせていただきます」

そう言って、私を見つめた。


すぐには言葉が出なかったわ。だって、ハックと名乗ったその青年は…。


「アリス、以前の話に出ていた通り、名を付けてやってくれ。本来なら派手に命名式をやるんだが、お前はそういうの好まないだろう?」


ロゼさんの言葉に、改めて青年を見た。

明るい茶色の髪、はっきりとした大きめの瞳、快活そうな口元。

少し首を傾げて微笑むそんな仕草まで、なんてそっくりなの…!


「拓真…」


そう、その新人さんは、弟の拓真にうりふたつだったの。

姉の私から見ても、拓真本人なんじゃないかと思うほどよ。

「タクマ…。ありがとうございます。アリスさま、もし良かったら教えていただけますか? タクマ、というのはアリスさまの世界の、何か意味のある言葉なのでしょうか?」


「…自分の道を自分で切り開く、そんな感じの意味なの。努力が出来るひとであって欲しいという、願いが込められているのよ。私の、大切なひとの名前なの。大切に、してね」

「もちろんです! 頂いた名前のように、より良い騎士になれるよう精進します」

そう言って嬉しそうに笑ってくれたわ。あの日の拓真と同じように。




聖女さまが残した日記や手記は、代を遡るごとに内容が悲愴なものになっていった。


ここ十数代は「聖女」として大事に扱われていたみたいだけれど、もっと前の人は「異世界から来た得体の知れない人物」としてあまりいい対応はされなかったみたい。


そりゃあ、最近の聖女さまだってね、異世界に対する戸惑いや帰れないことの悲しみ、慣れない環境への苦労とかメイドさんたちへの文句をちょっと汚い言葉で書いていたりするわよ。


でも、それくらい当然というか、しょうがないことじゃない?

望んで来たわけじゃない異世界での生活に、不満がないなんて有り得ないんだもの。

思い切り愚痴を書いて発散できるなら、いくらでも書いたらいいと思うくらいよ。


ある聖女さまなんて、ノートの1ページ目から最後のページまで、全て悪口だったのよ。

今日のメイドは化粧が濃すぎてお化けみたい、とか。

どこぞの貴族の令嬢が気取って豪奢なドレスを着ていたが全く似合っていない、とか。

どこかの領主は格好つけているけど若ハゲだ、とか。

そんなことばかりずっとね。

ハゲを責めるのはどうかと思うけど、読まれることは無いと思ったのだと思うわ。


それでも、キチンと衣食住が提供されて、「お客様」的な対応をされていたであろうことは感じられる。


だけど。

もっとずっと前の聖女さまは違う。


天気を操る異世界の女は、そのための道具に等しい存在だった。

使えなくなったら、また召喚すればいい。

ほかにどんな恐ろしい力を持っているか分からない女に、天気のコントロールだけをやらせたいから。

まるで、使い捨ての奴隷みたいに、狭い牢に幽閉され、命じられたとおりに天気を操らなければ食事も与えられず。


元の世界とはあまりにも違う世界、そこに住む人々に対する恐怖、理不尽に与えられる悲しみ、痛み、苦しみ…。

綿々とつづられる怨嗟の思い。


「…っう、ひっく」


ひどい。つらい。

悲しみが深いと、胸って本当に痛くなるのね。

締め付けられるように苦しくて、針で刺すように痛い。

あら、このページ、くっついちゃってるわ。上手に剥がせるかしら。

そのページのくっついてしまった部分を慎重に剥がして、そしてそこに見つけたわ。


「………………」


呪ってやる。

大きく書かれた、その文字を。


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