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欲しがりません、呪いを解くまでは

子供のころのこと。

何かの事件のニュースを見てお母さんが言ったわ。

「あなたは、あんな風に他人のものを欲しがっては駄目よ」


詳しくは覚えていないけれど、当時相当話題になった陰惨な強盗事件だったと思うわ。


子供心に被害者を可哀想だと思った。同情したわ。もし自分が同じ目にあったらと思うと、涙が出た。

そんな、悲惨な状況を生んだのが、他人のものを欲しがる心だと教わって。

とても怖かった。とても怖かったの。

だからね。

私は、リタさんに力強く頷いたわ。


「大丈夫です、リタさん! 私、母から他人のものを欲しがっちゃいけないって教えられて、これまでもその教えはきちんと守ってるんですよ」


だから、安心してくださいって、ロゼさんを見たら、ロゼさんはなぜだかがっくりと項垂れていたわ。

…どうかしたのかしら?


不思議に思いながらも視線をリタさんに戻すと、

「え…? あら? そ、うなの?」

愛嬌のある丸い目を左右に彷徨わせたリタさんは、小首を傾げた。

「はい! だからロゼさんがリタさんのものだと分かったからには手を出したりしないので! 安心して、仲良くしてくださいね!」


もちろん、もともと手を出すつもりは無かったわ。

イケメンと一緒にいるのは苦手な質だし。

だけど、ロゼさんは私付きの騎士団の団長さんで、外出するときは同行することが多いから、なんとなくモヤモヤしていたの。

お仕事とはいえ、ロゼさんは私の側にいなければいけなくて、それは本当に「仕事だから」なんだけど、ロゼさんに想いを寄せてる人からみたら羨ましかったり妬ましかったりするかもしれないでしょう?


私が無理矢理そうさせているわけじゃないけれど、そうは思ってくれないかもしれないし、分かってくれてても、私に対していい感情は持たないんじゃないかなって。

でもね、ロゼさんには決まったパートナーがいて、しかもそれが騎士のリタさんならば、ロゼさんの仕事に理解もあると思うのよね。


護衛のために同行することが多くても、余計な恨みを買う可能性は少ないと思うの。

なんだかちょっとホッとしたわ。

でも、よく考えたら、ロゼさんみたいに素敵な人、周りが放っておかないわよね。

決まった人がいて当然だったわ。


ロゼさんは本当に素敵なひと。でも、並んで歩くのは遠慮したいのが私の本音ね。できれば、少し離れたところから雄姿を眺めたいところよ。


元の世界で言うところの「推し」って感じ。


「ちょっと、あのね、私のものだなんて言ってないわよ?アリスちゃん? 聞いてるの?」


あら?

でも。リタさんって男のひとよね?

ひとを見た目で判断しちゃいけないって言うけど、見た目できっぱり男のひとだわ。

こっちの世界ってそのあたりどうなってるのかしら。


「アリスちゃーん? やだわ、全然聞いてないわ、このコ。ちょっとロゼ、あんたまったく脈ないんじゃないの?」

「…………」


とても、とーっても、デリケートな問題だわ。

私自身は恋愛は同性でも異性でもどっちでも有りと思ってる。

子供が欲しかったら異性一択だけど、一緒に生活するのなら同性の方が楽しいだろうなと思うの。

ラクだろうとも思うわ。

分かりあえるでしょう? きっと、いろいろね。


だけど、この世界の文化的にはどうだろう?

今のところ、同性カップルにはお目にかかってないわ。

パーティーでもみんな男女の組み合わせだった。


うーむ。難しいわね。

これは、触れないのが吉、かしら。

君子危うきに近寄らず、よ。


よし、もうこの話題に触れるのはやめよう。


私は気を取り直して話を変えようといつもの質問をしたわ。


「ところでリタさん、聖女について何か知りませんか? 言い伝えとか、過去の事件とか?」


頬に手を当てて思案顔だったリタさんは、問いかけるとふっと我に返ったように言ったわ。

「え? ああ…。そうね、言い伝えとかではないけれど、聖女さまが書いたんじゃないかって言われている書物があるとは聞いたことがあるわ。この世界のものではない、見たことの無い文字で書かれていて内容は誰にも分からないらしいのよ。聖女さまの世界の文字で書かれてるんじゃないかしら。あら。もしかしてアリスちゃん、読めるんじゃない?」


リタさん!

それは素晴らしい情報よ!

過去の聖女さまが書き残したもの。それは何かのヒントになるかもしれないわ!

本当は少し期待してたの。誰か日記を残してないかって。

だけど、私自身がこの世界に来てから一日たりとも日記なんか書いてないから望み薄かなって思っていたのよ。


私はすぐにお城に戻ることにした。バレットさんか、カウムさんに確認しなくちゃ!


過去の聖女が書いた書物。そのことを聞いたら、バレットさんはちょっとだけ苦い顔をしたわ。

「カウム宰相補佐に確認してから」

と言ったバレットさんは、眉がハの字になっていて、なんだか悲しそう…?


少しの時間待った後、カウムさんとバレットさんが部屋にやって来たときはそれぞれ手に箱を持っていたわ。


聖女さまが書いたものを持って来てくれたのね!

私は色めき立ったけど、対照的に2人はなんだか神妙な表情よ。


「こちらが、我々が把握している、聖女さまが書かれた書物になります」


ありがとうございます。ところで、お二人はなんでそんなにムズカシイお顔をされているのかしら?


「これらに書かれている内容は我々にはまったく分かりません。もしかしたら、我々にとっては、都合の良くないことが書かれているかも知れません」


カウムさん…。

そうか。こちらの世界のひとには読めない文字。読めない言葉。

過去の聖女さまの本音が書かれているとしたら、この世界に対して、若しくはこの世界のひとに対しての悪口とか、悪態とか、恨みとかが書かれている可能性もある。


だから、分かっていて、今まで私に見せなかったのね。

そうね。

先代の聖女さまは明らかにこの世界を恨んでいたものね。

他の聖女さまもそうである可能性は確かにあるわよね。


バレットさんは言ったわ。

「これを君が読んだあと、どんな感想も持つのか少し怖いけど言いたいことがあったらなんでも聞くから」


ありがとう。

私は頷いて、笑って見せた。


みんなには席を外してもらって、熱いコーヒーを入れてもらったあと、私は1人でそれらを読んだ。

20冊くらいあるだろうか。


新しいものから手に取る。

最初に手に取ったそれは、先代のマユリさまの手記だった。



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