中身の具について
さっそく、慰問に行くことになったわ。
最初は強く希望をしていたという第1師団か第3師団に行くのかな? と思ったら、スケジュールの都合で第4師団に行くことになったの。
午前の仕事が終わる頃、お昼タイムに行くことになったわ。仕事の邪魔になってはいけないものね。
ところで、慰問ってさ。つまり、連日の討伐で疲れている騎士さんたちを見舞うってことじゃない?
手ぶらってワケにはいかないわよね?
お見舞いって言ったら、思い浮かぶのはお花やフルーツ。だけど、病気のお見舞いじゃないし、男所帯にお花っていうのもそぐわない気がするわ。
とすると、やっぱり食べ物かしら。
お昼時に伺うのだし、ランチにプラスアルファなものがいいかしら。それともデザートになるようなオヤツがいいかしら。
甘いものは好まないひとも多いかもしれないわよね。
うーん。
まあ、最大の問題は、あれこれ候補を挙げられるほどのレパートリーが無いってことなんだけど。
料理なんて、元の世界でも全然やってなかったしなぁ。
…自分で作る必要は無いんじゃない?
あら? そうよ。
厨房の皆さんに手伝って貰ったら、割となんでも出来るんじゃないかしら。
手の込んだものでなければ、厨房の皆さんのお仕事の邪魔にはならないんじゃないかしら。そうね、バレットさんに相談してみましょ。
私はすぐにバレットさんに連絡をとったわ。
「突然ごめんなさい。よろしくお願いします」
頭を下げると、料理長さんはニコニコ笑って、
「とんでもない! お役に立てれば幸いですよ」
と言ってくれたわ。
ありがとう。頼りにしてます。
バレットさんはすぐに材料を手配してくれて、料理長さんに話を通してくれたの。
厨房に用意された食材を見て料理長さんはうきうきと言ったわ。
「それで、何を作るんです?」
…食材からバレてるんじゃないかしら。お弁当の定番よ。
「鳥の唐揚げとおにぎりです」
「鳥の唐揚げとおにぎり?」
アレ?
それは何ですか? みたいなワクワク顔、しないで料理長さん。メジャーな料理だと思っていたけど、こっちの世界で食べたこと無かったかしら。
おにぎりは見かけたこと無いから、もしかしたら知らないかもと思ったけど。
アレね。三代前のお料理上手な聖女さま。きっと本当にすごく料理が上手だったんだわ。ここの世界で食べる和食っぽいものって、凝っていてお上品な料理が多いもの。
料理長さんも知らないメニューなら、一緒に作ったら喜んでくれそうね。それはそれで良かったかもしれないわ。
「じゃあまず、鳥の唐揚げから」
私は作り方の説明を始めた。
鶏肉は同じ大きさに切り分けて、塩とコショウを振って。お酒と醤油と生姜で下味をつける。
沢山作るから、料理人さんたちに手分けして貰ったわ。
鶏肉の準備をして貰ってる間におにぎりの方も進めちゃいましょ。
具は焼き鮭と沢庵よ。本当は梅干しが良かったんだけど、無かったの。梅干し。
焼いた鮭をほぐして骨をとって、沢庵も細かく刻んで。
そしたらご飯を握っていきましょう。
水で濡らした手のひらに塩を振って少し冷ましたご飯を乗せる。くぼみを作ってスプーン一杯の鮭を乗せて包むように握るのよ。コツは固くにぎりすぎないことね。
そろそろお肉も揚げましょう。下味をつけたお肉に小麦粉を薄くまぶしてカラッと揚げてくださいな。
やっぱりプロって素敵ね。
カラッと揚げてくださいって言ったら、本当にカラッととても美味しそうに揚がるんだもの。
手際の良い料理人さんたちのお陰で、私はほとんど手を出すことなく唐揚げとおにぎりが出来上がっていった。
大量に出来上がった唐揚げとおにぎりをお重に詰めてもらう。全部じゃないわよ?
三分の一は残して手伝ってくれた厨房の皆さんに食べてもらうの。
あ、ロゼさんも味見する?
一緒に厨房に来ていたロゼさんに勧めると、ロゼさんは迷わず手を伸ばしたわ。
美味しそうな匂いがすごくしているものね。
きっとずっと食べたかったんだと思う。
「…っ。美味い」
ちょっとだけアチチってなってたけど、ロゼさんは2個目に手を伸ばしていた。
あ、ちょっと?
厨房の皆さんの分まで食べちゃダメよ?
ロゼさんの手を伸ばすスピードに、ちょっと焦ったわ。
ずっしり詰まったお重をロゼさんの魔法のバッグに入れてもらって第4師団に向かう。
空気は冷たいけれど日差しは暖かい冬の日。
第4師団に向かう道すがら、1人の男性に出会った。
「これは、聖女殿」
そうして会釈してくれたのは大柄な、厳つい騎士さんだった。ロゼさんのことを強面なんて思ったのは間違いだったと思ったわ。
強面って、きっとこういう人のことを言うのよ。
立派な眉はキリッと上がっていて、しっかりと通った鼻に意志の強そうな口元。何より、眼光の鋭いこと!
一見怖そうな厳ついお顔だけど、お顔立ちは整っていらっしゃる。
好みによるだろうけれど、私は素敵だと思うわ。
睨まれたりしたら、心臓が凍ってしまうのではないかと思うような凄みがあるけれどもね。
ところで、どなたかしら?
「はじめまして。第5師団団長、エウレテ・ミュースと申します。第4師団に慰問に行かれるのですか?」
第5師団団長。このひとが。
第5師団といえば、聖女の慰問を率先して辞退された師団。
告白したわけでもないのにフラれたような、微妙な寂しさを感じさせてくれたところの団長さんね!
いえいえ、別に、根に持ってなんか、いないわよ?
「はじめまして、ありすです。第4師団に慰問に行くこと、よくご存知ですね?」
見上げてしまうわ。背も高いけれどがっしりと幅もあって、如何にも騎士さんというか、軍人さんっぽい体格をされている。
ミュース団長はふっと小さく笑ったわ。
「聖女殿の公式なスケジュールを把握するのは当然のことです。ところで、同行はフロスト団長1人か?」
後半はロゼさんに向かって言ったのね。
「…いや」
小さく答えたロゼさんに、ミュース団長はすうっとあたりを様子を窺うようにして頷いた。
「第4師団まで同行しても?」
これもロゼさんに向かって言ってるのね。ロゼさんはかすかに眉根を寄せたけど、
「…ああ」
と、頷いたわ。
ミュース団長も第4師団に用事があるのかしら?
「聖女殿は…」
歩きながらミュース団長がなにかを言いかけた。
「はい?」
「…いいえ。こちらの世界は不便なことも多いでしょう。お困りのことはありませんか?」
なにを言いかけたのかしら?
んー。
お困りのこと、か。
「特別にすごく困ってるって訳ではないんですけど、文字を読む勉強に難儀してます」
だって本当に、一文字一文字が記号みたいなんだもの。
しかも、なぜか会話は出来ちゃってるから、発声と文字の読み方とが一致しないし、なんだかやたらと複雑なのよ。
ミュース団長は鋭い目元を少しだけ和ませて、
「聖女殿はとても穏やかで暖かなお人柄のようだ。騎士たちが貴方に懐くのも頷ける。学びたいというお心を無くさなければ、必ず文字も習得出来るでしょう」
そう言ったわ。
もしかして、褒められたかしら?
ちょっとだけ頬っぺたが熱くなるのを感じたわ。
やだ。赤くなってないかしら。
ふと、ミュース団長が足を止めた。
「アリス、止まれ」
ロゼさんの静かな強い声が私を静止する。
すると通りの脇から小さな動物がガサガサと草葉を揺らして出てきたの。
「うさぎ…?」
ひょこひょことした動き、長い耳、赤い目。
うん。うさぎだわ。
「下がってください、聖女殿」
ミュース団長が鋭く言って、腰に下げた剣を抜いたわ!
ぎょっとして思わず後ずさると、ロゼさんが私のすぐそばに来て、ぴったりと寄り添った。
なんなの?




