元気を出して
どうも、うまくいかないな。
書きためたノートを眺めて、私はため息をつく。
この世界が異世界の女性を必要とする理由。そこに何か秘密があって、それを解決することが出来れば、異世界の聖女なんか必要なくなって、私も元の世界に帰れるんじゃないかって、そう、思ったんだけどなぁ。
もちろん、何一つ確証は無い。
理由なんか無いかもしれないし、秘密も何にも無くて、異世界から召喚される聖女が必要だ、という真実があるだけかもしれない。
だけど。
もし、元の世界から召喚されることが無くなるなら、その方がいいじゃない?
元の世界に何が何でも帰りたい、と思っているわけじゃないわ。帰れたらいいなぁって、その程度。
でもそれは口には出せない。
それを言ったら、聖女について調べることに協力してもらえないかもしれないから。
みんな、いい人たちよ。優しいし、とても良くしてくれる。
でもそれって、私が聖女としての役割を進んで果たしているからだ、とそう思うの。
帰りたい、なんて言ったら態度が変わってしまうのではないかしら。
そんなことない、って思いたい。
でも、私はまだ、彼らを信用できないでいる。
だから、あくまでも、今後聖女を召喚しなくて済むようになったらいいね、という体なんだけど。
調査はあんまり進んでいない。
大きな理由のひとつがね、国王さまが約束してくださったご褒美なの。
聖女についての記録とか歴史とか、そういった文献を読ませて欲しいってお願いしたのね。もちろん、快諾して下さったわ。図書室への出入りを許可して下さったの。
だけど誤算があった。
この世界の文字がね、読めなかったの。
会話が問題なく出来ていたから、読み書きも出来ると疑ってなかったわ。それが全く読めなくて、途方に暮れた。
仕方なく読み書きの勉強を始めたのだけれど、先は長いわ…。アルファベットですらないんですもの。全く知らない言語をいちから学ぶって、本当に大変。
でもね、手がかりになるかもしれない話もあるの。
あの男の子。
トウマ、と呼ばれていたあの子に話を聞きに行ったのよ。
彼と彼の母親の話では、彼の父方の家系が聖女に仕えていたそうなの。彼は小さい頃曽祖母から聖女の話を聞いていた。
『聖女は呪われて心を病んでしまう。だから優しくしてあげなければならない。心を失った聖女が魔女にならないように』
それで、どうして聖女をやっつけるという話になるのか…?
彼の母親いわく、聖女は呪われて魔女になるのだから、魔女になる前に聖女をやっつけようと考えたのだと思う、と。
うん。まあ、合理的と言えなくもないわね。
魔女よりも聖女の方が弱そうだものね。
ちょっと、勘弁して欲しいというのが正直なところだけど。
でもこれ、よく分からないわよね?
聖女が呪われるの?
一体、誰に?
だけど、それ以上のことは分からなかったの。彼の父方の家系の人たちというのが、すでに亡くなられていてね。
残念だけど、直接話を聞くことはできなかったの。
そんなわけで、思っていたよりももっとずっと、調査は難航しているのよ。
と言っても、期限がある訳じゃあないのよね。だから、のんびり挑むことにするわ。
文字が読めるようになるまではまだまだ時間がかかりそうだし。食堂であったひとや騎士さんや厨房の料理人さんたちに世間話のついでに聞いてみているの。
聖女についての伝説とか言い伝えとかそういうの、何か知らない?って。
聞けたのは、先代のマユリさまについての話が多いわ。まあ、それも当然かしらね。
で、聞いた話を書き留めているってわけ。もちろん、日本語でね。
ため息をついていると、部屋の扉がノックされた。
「アリス? 今、ちょっといいかい?」
バレットさん?
「どうぞー?」
声をかけるとエマがささっと扉を開けて、バレットさんを中に通した。
「やあ、アリス。今日はちゃんと大人しくしているみたいだね」
私は肩をすくめて見せた。だって、大人しくしているしかなかったんだもの。
バレットさんは植木鉢を持っていたわ。
「ポインセチア?」
「そう。プレゼントだよ」
ふふ。なんだかんだ言っても、バレットさんは優しい。
ポインセチアの花言葉は『清純』。英語では確か、『元気を出して』。
「キレイな色。ありがとう、お部屋が明るくなるわ。赤って好きよ」
そう言うと、バレットさんは涼やかに微笑んだわ。
実はね、『聖女は呪われて魔女になる』って話を本気で警戒されてしまってね。
呪いへの対策が出来るまで外出禁止を言い渡されているのよ。
部屋にこもっていたからって、呪いを回避出来るわけじゃないでしょうにね?
カウムさんは特別に心配してくれてね。様子を見に来てくれて、久しぶりにお話ししたわ。
聖女は呪われて心を病む。それが信憑性のある話なのか、ちゃんと根拠はあるのか、その根拠とは何か。カウムさんは部下に指示して調べさせると言っていた。
調べてもらえるのはありがたいわよね。
カウムさんは、先代の聖女マユリさまとの関連も、考えているようだったわ。
ずっと協力的だったマユリさま。突然、手のひらを返したように不満を言い出したのは、呪われて心を病んだから、という可能性が出てきたわけで。
もしもそうだったとしたら…、カウムさんは心が慰められるのかしら。それとも、助けられなかったことを、また、深く悔いるのかしら。
カウムさんを思うと、心が痛む。
そもそも、呪いなんてないかもしれないのよね。私、余計なことしてるかなぁ。
「呪いのこと、気に病んでるかと思ったけど、そうでもなさそうだね?」
バレットさんがクスクス笑う。意外だと楽しむみたいに。
面白がっているわね?
だってね。
「呪われるとか、魔女になるとか、想像できないもの。私の世界には呪いも魔女も現実的なものでは無いし。この世界では、呪ったり呪われたりってよくあることなの?」
私、呪われて魔女になるの?
魔女になるって、どういうことなのよ?
さっぱり分からない。何をどう心配したらいいのかも分からないよ。
「よく、はないかな。呪うって、かなり高度な知識や魔力が必要だからね。それに、とても危険だ。そういう危険な知識は国のトップシークレットだよ」
………と、いうことは。
呪いってもの自体はあるのね。知識があって魔力があれば、呪うことができる、と。
「魔女っていうのは? この世界に魔女はいるの?」
尋ねると、バレットさんは難しい顔をしたわ。
「この世界で魔女というのは、禍いをもたらす者として忌避されているんだよ。例えば密かに誰かを呪ったりすれば、その人は魔女と呼ばれるだろうけど、他人に危害を及ぼす行為は国が禁止しているから処罰の対象となるね。だから、魔女がいるか、と問われると答えるのは難しい。いてはならない存在だ、とは言えるけれどね」
バレットさんは私を見つめて、
「僕は、君が魔女になるだなんて思ってないよ。どんな呪いからでも、絶対に守ってあげるから、いつものおてんばな君でいて」
そう言って、私の髪を撫でた。
そうして一房髪をすくって、唇をつけると悪戯っぽく笑ったわ。
「いつも通りに過ごすといいよ。元気でおてんばな君が、僕は好きだな」




