聖女の癒し
シンプルで色合いも目立たないクリーム色のドレスを纏ったライラさまは、それでもとても目を引いていたわ。
着ているものなんて関係ないのね。
むしろドレスがシンプルだからこそ、なのかも知れない。
ライラさま自身がとても美しいから、彼女が通った場所の近くの席の人たちは、みなライラさまに見惚れていたわ。
そんなライラさまが、少し足早に、真っ直ぐ私に向かって来る。
え。なに? どうしたの?
向かい側のサルドさんや密かに私の周りに陣取っていた騎士さんたちが警戒した様子を見せた。
間近まで来たライラさまに、すかさずエマが立ち上がったわ。
私を庇うようにね。
立ち止まったライラさまにエマが丁寧に頭を下げた。
「ローズリーフ侯爵令嬢さま。初めてお目にかかります、聖女アリスさま付き女官のエマと申します。今宵は、アリスさまにご用でしょうか?」
「あの、わたくし…」
ライラさまはもちろんお一人ではなかったわ。メイドさんがひとり付いていて、口を挟むべきかどうか迷っているようだった。
お茶会でお会いしたときと変わらない、儚げで可憐な様子からは私に危害を加えようなんて気配は微塵もない。
大丈夫よ、エマ。
ありがとうね。
私は立ち上がってライラさまに礼をしたわ。カーテシーよ。これしかできないのだけれどね。
「ごきげんよう、ライラさま。私に会いに来て下さったんですか?」
ライラさまはほっとしたように小さく微笑んだわ。
「アリスさま。ごきげんよう。突然参りまして、驚かせてしまいました。ごめんなさい」
ライラさま、顔色が悪いわ。具合が良くないんじゃないかしら?
エマがさっと席を空けて私の隣にライラさまを誘導した。
「ありがとう」
「エマ、何か飲み物を。あと、これもね?」
お願いすると、エマはチラリとサルドさんとアイコンタクトしてから頷いた。
「かしこまりました」
「こんばんは、ライラ嬢。こんなところまで押しかけて来るなんて、あなたらしくありませんね」
あらやだ、サルドさん。そんな冷たい言い方しなくても…。
「こんばんは、サルドさん。非礼は承知しています。お目通りのお願いはしていますが、正式な手順はどうしても時間がかかってしまうのですもの」
あら、お知り合い?
ライラさまったら、意外とはっきり言い返したわね。ちょっと拗ねた感じの言い方してるし、サルドさんとは親しい間柄なのかしら。
サルドさんは小さくため息をついたわ。
「面会の依頼は聞いていますよ。こちらも段取りをしていたのですけれどね」
「あなたは自由にアリスさまにお会い出来ますものね。段取りなんて必要無くて羨ましいです」
ぷい、と横を向いてしまったライラさまに、サルドさんは難しい顔をして額を押さえたわ。
「…あの?」
どういう状況なのよ?
ライラさまはハッとしたように私に向き直った。
「失礼しました。わたくし、アリスさまにお会いしたくてお目通りのお願いをしていたのですけれど、今晩こちらにいらっしゃると聞いて来てしまいましたの。アリスさまの座られる席の周りは人気があって、ひとがたくさん集まると聞いていたのですけれど、本当ですね。ここは広いですが、アリスさまがいらっしゃるところがすぐに分かりました」
お目通りって、大仰だな…。
ええっと、つまり、私に用があったってことよね?
「実は、わたくし、幼い頃から原因不明の頭痛に悩まされておりまして。治癒魔法も薬も効果が無く、頭は痛いものだと諦めておりました。痛まない日もあるのですが、酷く痛む日は、起き上がるのも辛くて」
偏頭痛ってやつかしら。
私も元の世界にいた頃は、気圧の変化によって起きる頭痛があって、しょっちゅう鎮痛剤を飲んでいたわ。効かないんだけど、気休めに飲んでたなぁ。
「先日のお茶会の日も、朝から頭痛が酷かったのですが、お茶会の途中から頭痛が治まったのです」
そう言えば、あの日もライラさまは顔色が悪かったわ。お開きになる頃は良くなっていたけれど。
「原因が分からないので、痛む理由も痛みが治まる理由も分かりませんが、そういうこともあるのでその時は気にしませんでした。その後もしばらく痛みが出ず、こんなに調子が良いことも珍しいと思っておりましたが、数日前からまた酷く痛み出して」
ふう、とライラさまが息をつく。
そこに、エマがお茶とソレを運んできてくれた。
ライラさまはソレを不思議そうに見た後、お茶を一口飲んだ。
「臥せっていたところ、メイドたちがアリスさまの話をしているのを聞いたのです。食堂で、アリスさまの近くに座れると体調が良くなる、と」
んん?
私、思わずエマを見たわ。
エマは心当たりがありそうな顔をしていた。
サルドさんを見ると、こちらもなんだか納得顔よ。
「たしか、第3師団のファッケル団長がそういった趣旨のことをおっしゃっていましたね」
ああ、あのパーティーのとき?
…、サルドさん、席外してていなかったよね?
私の疑問を察してか、サルドさんはにっこり微笑んだ。
「いろいろと、手段はあるのですよ。それに、仲間内にも最近不眠が治ったと言っているものがいました」
「それで、もしかしたらと思いまして。本当はお茶会を催してご招待する予定だったのですが、あまりの痛みに耐えられなくて」
「なるほど。それで、効果はあったようですね?」
サルドさんの問いに、ライラさまは花がほころぶ微笑を見せたわ。
「はい。すっかり、痛みは治りました」
…なんということでしょう。
ライラさまの頬はうっすら赤みがさしていて、さっきまでの青白さはなくなっていたわ。
たしかに体調は良くなっているようだけど。
私と一緒にいると、いわゆる不定愁訴が改善されるってこと?
なにそれ。聖女パワーすごくない?
だって、私何にもしてないのよ? 魔力を使う、とかそういうことしてないのに。…なんで?
「ところでアリスさま? こちらはなんですか?」
すっかり良くなったらしいライラさまは、お茶と一緒にエマが運んできたモノを指して言った。
なんだかまた考えなくちゃいけないことが出来てしまった気がするのだけど、取り敢えず置いておくわ。
そう、これはね!
「これはプリンです、ライラさま」
「プリン?」
「はい。卵と牛乳を使ったデザートですよ」
そうなの。プリンを作ってもらったのよ。
作り方を説明したらね、さすが料理長さんはプロよ、何度目かにちゃんと美味しいプリンが出来上がったの!
元の世界で私が作ったときは、甘い茶碗蒸しと言われたレシピだけど、プロが作るとちゃんとプリンになるのよ!
感動したわ。
こちらの世界にはケーキやクッキー、フィナンシェやマドレーヌといった焼き菓子はたくさんあるのだけれど、ゼリーやプリンみたいなおやつが無いのよね。
だから、作ってもらったの。
食堂のメニューになっていてね、ここに来ればいつでも食べられるのよ、素敵でしょ?
スプーンで掬って食べるんですよ、教えるとライラさまそっとひとくち口に運ばれたわ。
「…! 美味しい! とても美味しいです、アリスさま!」
そうでしょうそうでしょう。
それから少しの間おしゃべりをして、ライラさまは元気に帰って行かれたわ。
メイドさんがとても丁寧にお礼を言って下さって、返って恐縮しちゃう。
帰り際、ライラさまがまたここに私に会いに来る、というようなことを言っていて、サルドさんが顔色を変えていたわ。




