穏やかな日穏やかでない時間
穏やかな日差しが降り注ぐ秋の午後。円形に整えられたお庭をぐるりと囲むように、丹精された秋のバラが美しく咲いていて、中央に置かれたテーブルはどこに座ってもお花を楽しむことが出来るようになっている。
秋のバラは春のバラほどゴージャスなダイナミック感は無いけれど、涼しくなり始めたこの季節に凛と立つ姿は、やがて来る冬の寒さに立ち向かう潔さすら感じられて、困難に晒される我が身をつい重ねてしまうわ。
美しいバラに自分を重なるなんておこがましいと思うけど、そうでもしなければ頑張れないわ。
私はバラ。キレイなバラ。
大丈夫、ダイジョウブ。
「アリスさま、ケーキをもう一ついかがかしら?」
にこやかに勧めてくださるのは、本日の主催のカリナ・ヴェルト王女殿下。赤とオレンジの中間のような華やかなドレスがよく似合う、派手なお顔立ちの美人さんよ。ルカ殿下の妹でロキ殿下のお姉さんにあたる方ね。
「ありがとうございマス」
正直、とてもお腹がいっぱいです。緊張で胸もいっぱいです。お嬢様方は、スリムな身体の一体どこにクッキーやらケーキやらを納めておいでですか…。
メイドさんがささっと取り分けてくれたケーキを前にちょっと途方にくれたわ。
もう、ゆっくり食べよう…。
今日は風もないし日差しも強すぎない、いわゆる小春日和。お茶会日和よ。そう、私、お茶会に招かれているの。
あれよ。先日のパーティーで私が盗み聞きしてしまったご令嬢方が言っていたやつよ。
たぶんこのお茶会は、聖女がこの世界に馴染めるようにと用意されたものだと思うのよ。
婿候補の次は同性のお友達って感じでね。
ありがたい、と思っていいと思うの。仕組まれてる感はあるけれど、実際、同年代の女性とお話しする機会ってなかなかないんだもの。
ただ、相手の方の身分が高すぎて、お友達という感じではないけれどね。
「ライラはどう?」
「わたくしはサンドウィッチをいただきますわ。甘いものはまた後で…」
そう言って可憐に微笑まれたのは、ライラ・ローズリーフ侯爵令嬢。色白で儚げな雰囲気の可愛らしい方よ。大きな瞳が印象的で、この顔に生まれていれば人生勝ち組と思える感じよ。お茶会が始まったときは少し顔色が悪いように見えたけど、今は大丈夫そう。
私、この方の恋路を邪魔しちゃってたのよね。意図してのことではないけれど。その後、どうなったんだろう。うまくいっててくれるといいんだけど。
「サリーは?」
「私はタルトをいただきます。カリナさまも召し上がってください」
「そうね、私もタルトをいただくわ」
ブルーベリーと木苺がたっぷり乗ったタルトを召し上がっているのはサリー・トイハート伯爵令嬢よ。サリーさまは清楚な感じの美人さんね。派手さはないけど落ち着いた雰囲気があって、頭が良さそうな感じ。すらりと細身で背も高めかしら。
今日は私を含めて4人の、ごく少人数でのお茶会よ。
お茶会、というものに慣れない私を気づかって、王女殿下が特に親しいご友人のお二人を呼んで下さったの。
2人とも話しやすい雰囲気を作って下さってとても良い方だと思うけれど、私ったらお茶会の作法とかさっぱりだし、貴族の方との会話だって何を話したらいいのやらで、
ヘラヘラ笑いながら話を聞いているだけで精一杯よ?
お陰でお茶もケーキも食べすぎちゃって。
そんなだけど、やっぱり女子会って楽しいわ。
こんな本格的なお嬢様体験、元の世界じゃ出来ないしね。
話題も、王都で流行っているお菓子やファッション、騎士団の武勇伝、地方の貴族からの珍しい献上品のこと、とか、興味深いものが多かったわ。
でも、年頃の女性たちだもの、やがて話題は素敵な男性に関することに変わっていったわ。
「第5師団に新しく入団した騎士がイケメンだ」
とか、
「出入りのダンス講師が家庭教師としても優秀で人気だ」
とか、
「若手の法相補佐は図書館の常連で、彼に会うために図書館に通う令嬢が絶えない」
とかね。
「そう言えば、ライラの婚約者のアーネストさまが所属する第3師団は、最近大きな魔物の討伐に成功されたそうね」
と、カリナ殿下が言うと、ライラさまは少し不安そうに、
「はい。最近魔物の出現が頻発しているそうで…」
と言って俯いた。
…可憐な美女はどんな表情も絵になるわ。
つい目を奪われるけど、ちょっと待って。
婚約ですって?
魔物も気になるけどまずはそっちよ!
「まあ、ライラさまはご婚約なさってるんですね? おめでとうございます。ライラさまのように可愛らしい方なら、お相手の方は幸せですね」
私がそう言うと、ライラさまは薄っすら頬を赤らめて恥ずかしそうに、でもとても嬉しそうに笑ったわ。
「ありがとうございます」
って。
良かった。パーティーで話していた想い人と、ちゃんと婚約できたのね。
一安心だわ。
「魔物が増えているなんて心配ですね」
サリーさまがそっとため息をつくように言うと、カリナ殿下が頷いたわ。
「ええ。アリスさまのおかげで食べ物の不安は無くなったけれど、今度は魔物が出没しだして騎士団の出動が増えているわ。兄もずっと討伐に出ていますわ」
ルカ殿下も?
ハテナ、と思ったのが顔に出たのか、カリナ殿下は私を見てニコッと笑って教えてくれたわ。
「兄は第1師団の団長をしていますのよ」
ルカ殿下が?
王子様が騎士団員ってこと?
次期国王様なのに、危険じゃないのかしら?
なんて思っていたら、カリナ殿下は大きな瞳を好奇心いっぱいの猫のように見開いて、ふふふと笑ったの。
「ところでアリスさま? アリスさまはクーゲル魔道士団団長と、フロスト聖女付き師団団長、ペガッソメイド長のどなたがお好みですの?」
「はい?」
お好み、と申されますと?
「あら、招集された旦那様候補の方達が解散になったから、てっきり…」
「カリナさま…!」
「あらいけない」
サリーさまが小声で止めようとしたけど遅かったわ…。
カリナ殿下は肩をすくめて見せたけど、キラキラした瞳はイタズラな光を失っていなかった。
あははー。なるほど。私が婿候補を選んだから、それ以外の人たちが解散になったと思っているのね?
まあ、でもそうか。そう思うのは当然かも。
あら? ってことは、婿候補としてイケメンが集められたことを知っている人はみんなそう思っているってこと?
「ええっと、その件はですね。実はそういう理由で男性方が集められたと小耳に挟みまして。バレットさんにそういった気づかいは必要ないですとお話しした結果なんです」
だれか1人を選んだ、ということではないんです。
「あら、そうだったんですの? でも、3人とも素敵ですもの。そばにいれば心惹かれることもあるのではない? あの3人は貴族令嬢たちの間でも人気のある方達なのよ」
そうなんだ。人気があるんだ。
そうね、納得だわ。3人とも容姿はもちろん、仕事も出来るしそれぞれお家柄も良かった気がする。
……?
ふと、サリーさまの様子が気になった。
サリーさま、どことなく緊張されて…?
私の答えに耳を澄ましている?
………もしかして、3人の中にサリーさまの想いびとが?
これは、慎重に答えなければ…!
「確かに、3人ともとても素敵な方達ですわ。ですが、3人は、あくまで『聖女付き』だから私に良くしてくれているのです。つまり、彼らにとってはお仕事なのです。それを勘違いするほど、幼くはないつもりです」
やんわりと彼らとはお互いに恋愛対象ではない、と言ったつもりだけど、伝わったかしらー?
カリナ殿下の瞳はキラキラのままよ。
「では、兄はどう?」
え⁈ 兄?




