暇なの
それから、私は『聖女』について調べることを考えた。
特に、確固たるなにかがあるわけじゃないわ。
ただ、私の聖女としてのお仕事ってほとんどなくて。
今は一週間に一度、畑に呼ばれるかどうかという程度。
お天気についても、基本的には晴れていてオッケーで、10日に一回くらい雨を降らせればいいのだそう。
初めて、今日は雨を降らせてみて下さい、と言われた時のことを思い出して、私はため息を吐いた。
あれは、失敗だったわ…。
あめあめふれふれ、と実に気楽に暢気な気持ちで空に願った。
そうしたら黒い雨雲がみるみる上空を覆って。初めての割にずいぶん上手にできたんじゃない? って浮かれかけた、直後のことよ。
ぴかっ!
…って。
光ったの。
なんかね、雲、黒すぎるような気がしたの。雨雲が、予想したより分厚いっていうか。
そしたらね、ゴロゴロ、ピカピカ、始まって。
ヤバイかも。って思った時だったわ。
ものすごい勢いで、大粒の雨が叩きつけられたの。
バケツをひっくり返したような、なんて表現あるけど、バケツなんかじゃ足りないわ!
プールをひっくり返したみたいよ!
悲鳴が上がった。
「アリス、やめろ!」
「ストップ、ストップ!アリス、もういいから!」
ぎゅっと、後ろから羽交い締めにするように抱きしめられて、我に返った私は、慌てて雲を散らした。
だって、まさかこんなに簡単に雨が降るなんて思わなかったんだもの。
バレットさんも言っていたのよ?
「歴代の聖女さまたちは、雨を降らせるために数日かけて祈りを捧げていたらしいよ。だからあんまり気負わずにやってみて。すぐに降らなくても大丈夫だから」
って。
ものすごい豪雨はほんの15秒ほどよ。だけど、辺り一面、酷い有様になってしまって。それが私のせいだと思うと、本当に申し訳ない気持ちになったわ。
ふう。ああ、またため息が出ちゃった。
あのときの、私を見る、街の人の恐ろしいものを見るような目…。
視線が痛かったなぁ。
あの後、バレットさんに特訓するように言われてね。
今は適度に降らせることが出来るのよ。本当よ?
ちゃんと出来るようになったけど、必要なのは10日にいっぺんでしょ?
……暇なのよね。
そんなわけで私は聖女について調べることにしたのよ。
もしね。もし、なんだけど。
このパンセレーノンの天候の維持に聖女を必要とする理由が何かあったとして、その理由によっては、聖女なんかいなくても大丈夫になるかもしれないでしょう?
そうすれば、もう、元の世界から誰かを召喚する必要はなくなるわ。それに、もしそうなったら、もしかしたら…。
…なにか、甘いものが食べたいわね。
ふ、っとそう思った私の目は、キレイに洗われた大きなサツマイモに吸い寄せられた。
あれは、何日か前にあの男の子がくれたお芋。
ふむ。
私はサツマイモを抱きしめて、お部屋を出ようとした…ところで捕まったわ。
「アリスさま? どちらへ行かれるのですか?」
あら、フェニさんいらっしゃったのね。
「ちょっと厨房に。お台所と調味料借りられないかな、と思ってるのだけど、だめかしら?」
別に、こっそり行こうと思ったわけじゃないわよ?
大きなサツマイモだし、独り占めしようとしたわけじゃないから!
フェニさんはにっこり笑って、
「大丈夫でしょう。ご案内しますよ」
と言って連れて言ってくれたわ。
「これは聖女さま、いらっしゃいませ。今日はどうなさいましたか?」
にこにこ迎えてくれたのは料理長のハセさん。
50歳前後かしら、がっしりした体格の優しそうな人。
なんだろう。なんだか歓迎ムード?
「えっと、ちょっとだけ、お台所貸してもらえませんか? 調味料も使わせてもらえると嬉しいんですけど」
「もちろんです。さあ、こちらへどうぞ」
さあさあと、厨房の中に通されて、待ってましたとばかりの対応に戸惑ってしまう。
「実は、アリスさまが召喚されてから、いずれ来ていただけるのではないかと期待しておりました。過去の聖女さまの中には、我々の知らない料理や調理法を伝授して下さる方もあるので」
なるほど。
でも私、それほど料理は得意じゃないのよね。あまり、こったものは披露できないけど。
「ああ、申し訳ない。あまり気になさらず、ご自由に厨房をお使いください。ただ、見学させていただくのを許して貰えれば、と思います」
あー、見学ですか。かまいませんよ。たいそうなものは作りませんけどね?
まずは大きなサツマイモを一口大に乱切りし、少しの間塩を入れた水につけた後、しっかり水気を切っておく。
フライパンで油を温めて切ったサツマイモを揚げる。一回油から取り出して5分くらい待ってからもう一度揚げる。
うわぁ、素揚げしただけでも美味しそう!芳ばしいいい香り‼︎
えっと、次はみりんと砂糖と醤油…。
「あの、もしかして、お砂糖が高価で手に入りにくい、とかありますか?」
もしやと思って聞いてみたら、
「いいえ、安定して流通してますので大丈夫ですよ。どうぞ」
と、砂糖を出してくれた。
良かった。
フライパンで調味料を温めてとろみが出たら、揚げたサツマイモを絡めて、大学芋の出来上がり!
わーい、美味しそう♪
早速ひとつかじってみる。
あちあちっ。うーん。カリカリでホクホクで、程よく甘じょっぱくて、美味しーい!
うん?
ハセさんをはじめとする料理人の皆さんや、いつからいたのかフェニさんのほかにもバレットさんとロゼさんがいて、ものすごく見てたわ。私が持っていた、山盛りの大学芋の皿を。
「えっと。皆さんもいかがですか?」
まあね? いくら私でも、本気で独り占めするつもりじゃなかったわよ?
だけどね、私がそう言った途端、凄い勢いで集まって来た皆さんにあっという間に平らげられてしまって、ちょっと切ない気持ちになったわ。
だって私、一個しか食べられなかったんだもの…。




