ダンス
「ロゼ・フロスト聖女付き師団団長。さっきは嬢ちゃんを見失って慌てていたようだが、護衛対象から目を離すなんざ、迂闊すぎるんじゃねぇのか」
アベルさんの厳しい言葉にロゼさんは、ぐっと唇を結んだわ。
あらららら。
「アベルさん、それは私が悪いの。私がうろちょろしたせいだわ」
「だとしても、だ」
アベルさんはキッパリ言った。
「嬢ちゃんの言う通りだったとしても、護衛が対象を見失うなんてあってはならねえことなんだよ」
それはそうかも知れないけど。だけど、絶対に悪いのは私だから。
「護られる者の協力がなければ、護る者の難易度は跳ね上がってしまいます。護られる自覚のない私が悪いんです。きっと、アベルさんでも私を見つけられないわ。私、隠れんぼは得意なの」
はっきりと、アベルさんの目を見て言ったわ。
アベルさんは仕方がないなって肩をすくめた。
「ここは城の中だ。護衛と逸れても危険はないだろう。だが外は分からんからな。嬢ちゃんも、ちゃんと気をつけるんだぞ?」
分かったわ、アベルさん。ありがとう。
「俺が護衛の任に着ければいいんだがな。そうすれば、ずっと側で護ってやれるのに」
あらあら、アベルさんったら。また色気が零れ始めたわよ。
「ふむ。ファッケル団長がこんなに情熱的な人物だったとは知らなかったな」
そこに割って入ってきた声に、アベルさんはすぐに気づいて礼をしたわ。
「これは殿下。ご無沙汰いたしております」
…殿下?
声の主はピンクブロンドの髪の青年だった。数歩後ろにピンクプラチナの髪の青年もいる。
ピンクブロンドの青年はアベルさんと会話した後私を見て微笑んだ。
「はじめまして、聖女アリス。私はルカ・ヴェルト。この国の第一王子です」
そうして、後ろにいるピンクプラチナの方が弟の第二王子、ロキ・ヴェルトさま。
似てるわ。国王さまにも王妃さまにも。
……そうか。これが国民のためにその身を犠牲にする覚悟をされた王子さま。
私は片膝を折る、所謂カーテシーで礼をした。
「はじめまして、ルカ殿下、ロキ殿下。異世界から参りました、アリスと申します」
「…挨拶が遅れて申し訳ない。先ほど伺ったときは席を外されていると言われて、お会い出来なかったのです。どうやら、アリス殿がどちらに行かれていたのか、護衛は把握していなかったようですが」
ルカ殿下がロゼさんに非難の目を向けた。
そうか。やっぱり、私が勝手にいなくなったのはかなりマズイことなんだわ。
返す返すも、ロゼさんには悪いことをしてしまった。
私は殊更に明るく言った。
「トイレに行っていたのですわ、殿下」
「…ト………⁈」
おお、絶句されたわ。まあ、そうよね。女性のトイレなんてね。そんなはっきり言わないわよね。貴族さまですもの。
あら、アベルさんもギョッとしてるわ。やっぱり、ちょっとはしたなかったかしら。
「私に気を使って、黙っていてくれたのでしょう」
ルカ殿下はなんとも言えない表情で瞳をウロウロさせた。
「私は鄙びた田舎の庶民の出です。このような華やかな場には相応しくありませんでした。見合った振る舞いも出来ませんし、皆さんに迷惑をかけてしまいましたわ」
静かに目を伏せて俯けば、自然と声も小さくなる。
悲しげ…に、見えるかしら?
「アリス殿…」
ふっ、と笑う気配がしたのでそっと上目使いに様子を伺うと、ルカ殿下は楽しげな微笑みを浮かべて私を見ていたわ。
うん?
「どうやら貴方はとても優しい人のようだ。そして、とても心が強い。貴方の顔を立てて、護衛の件は忘れましょう。ところで、こちらでの生活はいかがですか? 辛いことや、不便な思いをされていることはありませんか?」
やっぱり、少し芝居がかかっていたみたいね。見透かされちゃったわ。
でも、殿下が話を変えてくれたから、私もそれに乗っかった。
「皆さんがとても気を使って下さるので、特に差し障りなく過ごしております」
「そうですか。この国に今があるのは、ひとえに貴方の尽力のおかげです。お困りのことがあったらなんでもご相談下さい」
とかなんとか。お話し上手な殿下とあれこれおしゃべりしているうちに時間が経ち、楽団の奏でる音楽の曲調が変わった。
「あ」
と、声をあげたのはロキ殿下よ。途中から会話に入られていた弟君は18歳。爽やかで明るくて元気なロキさまは眩しいほどの全開な笑顔で言ったわ。
「アリスさま、僕と踊って下さい」
えっ…?
その場にいたみんなが目を丸くしたわ。
「こら、ロキ。アリス殿は」
と、ルカさまが窘めようとしたけれど、
「だって、もうラストダンスですよ、兄様。クロシェ殿は戻られないようだし、僕はアリスさまと踊りたい。アリスさま、ダメですか?」
と、まるで大きな犬が、おねだりをするような目をして言ったの。
これは。王子さまにここまで言われては、もう断れないんじゃないかしら。
そっとエマを盗み見ると、断るなとジェスチャーされたわ。
そうですよねー。
私はにっこり笑顔を作って、差し出された左手に右手を重ねた。
「いいえ、ロキ殿下。喜んでお相手させていただきます」
ぱあっと笑顔になったロキさまの横で、ルカさまが羨ましそうな顔をなさったのは、多分、見間違いだと思うわ。
曲はもう半ばだったけど、ロキさまは堂々とフロアの真ん中に立ったわ。聖女が踊る。そのことに気づいた人たちの視線が痛いほどだったのに、さすが王子さまは注目されることに慣れているようで、全く意に介さず踊り出した。
爽やかで明るくて元気。性格をそのままに表したようなロキさまのダンスは、リードも明確で踊りやすい。
「驚いた。とてもお上手なんですね」
ええ、ありがとう。
私、ワルツは得意なのよ!
学生の頃、競技ダンスのサークルに入っていたの。お金のかかるスポーツだから、競技会にバリバリ出場するような選手ではなかったけど、練習には熱心に通っていたのよ。
とても楽しかった、青春の思い出ね。
曲が終わって足を止めると、なぜか、拍手が湧いていた。




