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即発

壁際まで転がった指輪を、カーテンの陰で無事に拾うことができた。

良かった、失くさなくて。ほっとしたわ。

私は大きく息を吐いて胸を撫で下ろした。


さあ、急いでエマの元に戻らなくっちゃ。

そう思って立ち上がろうとしたとき、その人たちはやってきたの。

私、思わず隠れてしまったのよ。

だって、私の話をしていたんだもの。


「聖女さまにも困ったものだわ」

え。私…?

困ったもの、ってどういうこと?

声は私と同じくらいかもっと若いくらいの、女性のものだったわ。


「そう、気を落とさないで、ライラ」

「ええ…。」

「本当に、早く聖女さまがお相手を決めて下さると良いのですけど」

「そうね。じきに聖女さまを招いてのお茶会を行うことになると思うの。そこでなんとか上手く、お話しできると良いのだけど」


話しているのは3人のようね。…お相手を決めるってなんのことかしら。


「それにしても、聖女さまをお慰めするために、容姿の優れた男性を国中から集めるなんて、政府も思い切ったことをしたものだわ」

………なんですって⁈

「先代さまの二の舞は避けたい、というところでしょうか。ですが、見目の良い男性は結婚はおろか婚約すら出来ない、というのはあんまりですわ」

………………なんでそんなことに。

「聖女さまがどのような男性をお好みか分かりませんからね。候補者を多く確保したいのでしょう。ですが、すでに想う相手がいる方は、候補から外すべきだと思いますわ」

「同感ですわ。それに、無理矢理集められて、聖女さまのご機嫌取りをさせられる殿方がお気の毒です。カリナさまのお兄様だって…」

「兄は良いのですわ。この国の王子として、国民のために身を捧げる覚悟がありますもの。それに、聖女さまのお心を射止めようという野心のある方も」

「聖女さまのお心を見事射止めれば、富も名声も一度に手に入れられますものね」

「ああ、ライラ。アーネストさまはそんな野心とは無縁のお方ですわ。そんなお顔をなさらないで。聖女さまにはきちんとお話ししましょう? アーネストさまはライラと恋人同士なのだと。きっと、分かっていただけますわ。ね?」

「…はい」


彼女たちが立ち去った後も、私はしばらく動けなかった。


なんだかなぁ。

でもそうか。こっちの世界に来てから、会う人会う人みんなイケメンだなと思ってはいたけど、イケメンが集められていたとはね。どおりでイケメンしかいないわけよ。

それも、聖女を慰めるためときた。

…ふう。


脱力していたら、別の話し声が近寄って来たわ。

しまった。エマのところに戻り損ねちゃった。

私はこっそりため息をついた。


「お前、聖女さまに挨拶したのか?」

「ああ。済ませたよ」

…また、私の話?

「なんつーか、地味な聖女さまだよなぁ。もっと派手でグラマラスな美女を想像してたよ」

悪かったわね。

「エスコートしていたクロシェ殿に緊急な呼び出しがあったとかで、ダンスは誘えなかったけどね」

「いいんじゃね。聖女さまと踊りたいってわけじゃないんだろ?」

「君は?」

「俺も挨拶だけ」

「そうか」

「トールのやつが言ってたよ。あの聖女さまじゃ、気に入られた奴が可哀想だってさ」

「それは言い過ぎだよ」

「まあね。でも、俺も、聖女さまには悪いけど、気に入られたくないよ。クロシェ殿やフロスト殿と上手くまとまってくれねぇかな」

「まあ、可能性は高いんじゃないかな。身分も容姿も申し分ないだろうし」

「だよなぁ」


………私に気に入られたら可哀想、ですって?

そんなこと、陰で言われる私の方がよっぽど可哀想よ!

これは、早急にバレットさんと話をする必要があるわ。

私は急いでエマの元に戻った。

…のだけれど。

あら? なんか、エマ泣いてない?

あら? ロゼさんも、血相変えてどうしたの?


「アリスさま!」

はい?

「…ご無事で、何よりです」

あはは。目が怖いです、ロゼさん。怒ってますねー?

「アリスさま。どちらにおられたのですか? 私、心配で…」

うん。ごめんね、エマ。

「ちょっと、指輪を落としちゃって。転がってっちゃったから拾いに行ってきたわ」

「そのようなこと! どうぞ、お申し付けくださいませ」

そうね。次からそうするわ。

エマったら、うるうると瞳を潤ませちゃって。悪いことしちゃったわ。

「アリスさまは少しお転婆が過ぎます」


反省してます。

エマをなだめていたら、

「嬢ちゃん?」

と艶やかな渋い声が私を呼んだ。


「アベルさん!」

振り返ると、田んぼや畑の収穫の責任者だったアベルさんがいたの!

畑仕事をしていたときとは違う、ダークグレーのスーツに身を包んだアベルさんは色気が溢れ出るようで、ついうっとりと見とれてしまうわ。

「見違えたよ、嬢ちゃん。綺麗だ」

うふふ。

「ありがとうございます。アベルさんも素敵です」

「そうかい? 嬢ちゃんにそう言ってもらえるなら粧し込んで来た甲斐があるってもんだ。…あの後、倒れたって聞いて心配してたんだ。もう、身体は大丈夫なのか?」


アベルさんの大きな手が、ふんわりと頭を撫で、頬を撫でる。まるで猫を撫でるみたいね。

「大丈夫です。ちょっと疲れちゃっただけですもの。たっぷり眠ったので、もうすっかり」

「そうか。良かった」

目を細めたアベルさんは、小さく息を吐いた後言ったわ。

「嬢ちゃんは不思議だな。側にいると元気になるというか、気持ちが前向きになるというか。こうして触れているとさらに力が湧いてくるような気さえする。今日は、嬢ちゃんにもう一度会いたくて来たんだ。あのとき感じた不思議な気持ちを確かめたくてね」


そう言って微笑んだ、その甘やかなこと!

これはヤバイわ。

苦み走ったいい男の本領発揮ね。思わずぽうっとしかけたところに、硬く冷たい声が飛んできたの。

「ファッケル第3師団団長、そろそろお手を」

「ん? …ああ」

ロゼさん、ご機嫌が地を這ってるわね。まだ、怒ってるのかしら。

アベルさんを第3師団団長と呼んだってことは、アベルさんったら騎士なの?

ロゼさんの様子を気にしつつ、アベルさんに視線を戻すと、アベルさんはその瞳に冷ややかな笑みを浮かべてロゼさんを見たわ。


あら? なにこれ。なんだか変な雰囲気じゃない?



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