周到
次の日は、朝食の途中でフェニさんがやって来た。
「おはようございます、アリスさま」
今まで、朝食の時間はエマさんや他の女性のメイドさんが給仕してくれていたから、フェニさんが来ることはなかったんだけどな?
てっきり、フェニさんはお昼くらいから夜にかけてがお仕事タイムなんだと思ってたわ。
でも、その理由はすぐに分かった。
朝食が済んだタイミングで、ロゼさんがやって来たのよ。
…連携プレーとか、ズルくない?
お散歩はひとりで行きたいんだけどなぁ。
撒く、とか無理そうだしなぁ。
仕方ない。今日は大人しく護衛と言う名の監視、してもらいましょうか。
「では、お気をつけて行ってらっしゃいませ」
素敵な笑顔ね、フェニさん。とっても恨めしいわ。
「今日も、裏の森に行かれるのですか?」
ロゼさんに聞かれて頷いた。
「はい。もう少し練習したいので」
森に入ると、昨日とは違う方向に歩いた。この森には野生の動物はいないのかしら。リスとか、キツネとか。15年も雪に閉ざされて、絶えてしまったかしら。
これからまた冬が来る。もしも生き延びている動物がいるなら、冬を越すための食料が必要なはず。どんぐりや松ぼっくりや栗や柿。手当たり次第に実らせて、私は祈る。
どうか、命が生き永らえる助けとなりますように。
「アリスさま」
昨日と同じようにただ黙ってついて来ていたロゼさんが、私を呼んだ。
うん?
「少し休憩を。昼食の時間ですので、召し上がって下さい」
昼食? そんな時間?
ロゼさんは肩に掛けていたバッグから簡易的な椅子と小さなテーブルを出して、セットした。
「………」
…明らかにバッグの大きさと出て来た物の大きさが釣り合ってないんですけど、それも魔法なの?
「魔法道具です。容量は有限ですよ。さあ、どうぞ」
手渡してくれたのはサンドウィッチだった。
「これは?」
「フェニに持たされました。昼になったら必ず食べさせるように、と」
さすがフェニさん…。色々、読まれてるな。
これ、ひとり分よね。むー。
「ロゼさんは?」
「…俺のことは気になさらずにどうぞ」
そうよね。この国の食料事情は本当にピンチで、本当にギリギリの状態らしいの。
私がいるから目処がついているものの、畑の準備が出来るまで状況は変わらないわ。だからワザと昼食時間に部屋にいないように出かけていたんだけどな。
「じゃあ、半分こしましょう。ね?」
うん、そうしよう。それがいいわ。
でも、ロゼさんは首を横に振った。
「そんなことをしたら、俺がフェニに叱られます」
えー。黙っていれば分からなくない?
「絶対にバレます」
…そうね。なんか、そんな気がする。
俯いていると、くすっと笑われた気がしたわ。
「本当に気にせず食べて下さい。俺はこっちを食べますから」
ん?
言われてロゼさんを見ると、彼の手の中にはツヤツヤの大きな柿があった。
「それって…」
「さっき、アリスさまが実らせたヤツです。美味そうだったので、いくつか取って来ちゃいました」
そう言って悪戯っぽく笑ったロゼさんは、ほんのちょっと可愛く見えたわ。
器用にナイフで皮を剥いて柿を食べるロゼさんを見て、私もサンドウィッチにかぶりついた。
「アリスさまは、優しいんですね」
ロゼさんが小さく呟いたのが聞こえたけど、それは違うわ。
ひとりじゃ食べにくいでしょ? それだけよ。
その晩、バレットさんが部屋に訪ねてきて、2日後に一部田畑の準備が整うと告げたわ。
今後の予定に関することだからって、フェニさんやロゼさんも交えてバレットさんの話を聞いたの。
広い国土の全ての田畑を回ることは出来ないから、王都の田畑を使って収穫しては種を蒔き、収穫しては種を蒔き、を繰り返すんですって。
準備の出来た田畑から順次収穫を進めていくのだけど、十分な収穫を得るまでは何日もかかる見込みとか。
結構大変そうだわ。
「それなら、明日はお散歩はやめておきます。明後日に備えて、しっかり休んでおかなくちゃ」
「そうだね、僕もその方がいいと思うよ。かなり大変だと思うからね。これでやっと大飢饉から脱却できると思うと嬉しいよ」
バレットさんがそう言うと、フェニさんが優雅に頷いた。
「そうですね。収穫の目処が立ったということで、備蓄の残りを全て解放したと聞きました。庶民の生活も落ち着くでしょうし、皆さん、安心するでしょう」
「騎士団の連中はとりわけ、喜んでるんじゃない? アレ、食べなくてよくなるものね」
揶揄うように言って、バレットさんがロゼさんに意地の悪そうな笑顔を見せると、ロゼさんは渋い顔になったわ。
「当たり前だ。お前は他人事だから笑っていられるんだ」
「アレ、…って?」
バレットさんを見て聞くと、バレットさんはニンマリ笑ったわ。
「騎士は身体が資本だからね。食料の備蓄がヤバくなってきた頃から、筋肉や体力を維持するための、魔道士団特性の栄養食を、少なくとも1日に1回は食べることが義務付けられてるんだよ。配給出来る食事だけでは身体を維持できないからね。国防の要である騎士が、栄養失調でフラフラでは困るだろう?」
国防…。戦争とか、あるのかしら?
国防の要と言うくらいだし、騎士というからには戦闘要員なわけよね。栄養維持を優先されるのは当然なのかもしれないわ。
「魔道士団特性の栄養食。そういうものがあるんですね」
通りで、と私は頷く。ロゼさんやお城で見かける騎士さんには痩せてる人がいないなと思っていたのよね。
向かいに座るロゼさんの、立派な体躯をしげしげと見つめていたら、困ったお顔をされてしまったわ。
あら。ごめんなさい。不躾に見過ぎたわね。
へらっと誤魔化し笑いしている私に、横からフェニさんが言ったわ。
「魔道士団の栄養食は、効果は素晴らしいのですけど、その代わりとても不味いのですよ」
「え、そうなのですか?」
「ええ。とにかく苦いですし、エグ味が酷いです。他に食べるものが無い、と言われても食べたいとは思いませんよ」
バレットさんは肩をすくめてた。
「魔法で調合する食べ物は、どうやっても不味くなるからねぇ」
「あの食事から解放されるのだから、アリスさまには本当に感謝していますよ」
そう言って微笑んだロゼさんの笑顔は本物だなって感じたわ。
つまりその食事、本当に不味いんだね…。
お勤めの一環とはいえ、気の毒に。
聞けばそれは、食事というよりはお菓子みたいな物らしいわ。オートミールをベースに小麦粉やバターを混ぜて栄養効果を魔法で付与してから、クッキーみたいに焼くんですって。どうも、この栄養効果を魔法で付与する工程で、味が壊滅してしまう様。
初めて食べた人は、飲み込むことすら困難だなんて。いい年の男性が泣きながら食べるそうだから、その不味さは推して知るべし、ね。
それから少し、みんなでおしゃべりしたわ。過去の聖女さまのことを知りたいと言ったら、それぞれ知っていることを色々聞かせてくれた。
歌が得意な方がいて、その素晴らしい歌声を聴くために当時の大臣が日参された、とか。頑なにドレスを着ることを拒んだ方がいて、以降、聖女用の衣服にはワンピースも用意される様になった、とか。魔法を習得されて、魔物の討伐に参加された勇ましい方がいらした、とかね。
それにしてもイケメン3人が談笑している姿は眼福よ。
顔がにやけてしまわないようにするのに、ずいぶん苦労をしたわ。




