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第七話

 時刻は少し前に遡る。


 ラヴィニアがハンナを探しに出ていったすぐ後に、例の借金取りの男たちが孤児院の前に現れた。


 男たちはやはり三人だったが、リーダーの男以外の二人は昨日とは別人物だった。


 ハンナがいないため、旅人のユニスが付き添いとなって院長の部屋に案内する。


 結果、話し合いの場には院長のバイロンと三人の借金取り、それに立ち合いのユニスという五人が居合わせることとなった。


「よぉ院長先生、書き付けは用意しておいてくれたか?」


 借金取りのリーダーの男は、ニヤニヤ笑いを浮かべてそう切り出す。

 問われた院長の側は、探るように言葉を返す。


「いえ。昨日も言ったとおり、あなたがたの要求には従えません。何度来てもらっても一緒です。どうかお引き取りを」


「ふぅん、そうかい。──ところで院長さんよ、ハンナちゃんの姿が見えねぇようだが、こんな時間に帰ってないってのは心配だよな。どこかで暴漢にでも襲われてなきゃあいいがね」


 そう言って、なおもニヤニヤとした笑いを浮かべる男。


 ──確定。


 ハンナが帰還していないことはもちろん院長も知るところであり、その事実が意味するところについては、彼も承知していた。

 院長の瞳に、憤りの色が宿る。


「……あなたたちは。こんなことをして、ただで済むと思っているのか。あなたたちに商売人の誇りはないのか」


「んん? 何のことかな院長先生? 俺たちはただ、借りた金を返せないなら担保にしたこの土地と建物を手放すのがスジなんじゃねぇかって、そう言ってるだけだぜ? 誰も『あんたがここの権利を渡さなかったら、ハンナちゃんがお嫁にいけない体になっちまうかもしれない』なんてこたぁ言ってねぇって」


 借金取りの男はそう返しつつ、ちらと立ち合いの少女のほうを見る。


 腰に剣を提げた少女は、怒りの眼光で射殺さんばかりの視線を男に送ってきていたが、それ以上の手出しをしてくる様子はなかった。


 ハンナという孤児院で暮らす少女の身に不幸が起きたとしても、そこに「証拠」などは何も残らない。


 それはただの通り魔の犯行であって、その不幸な事件が、借金取り立ての交渉にきただけの男たちに彼女が暴行を加えていい理由にはならないということだ。


 そして一方の院長はと見れば、こちらは悔しげにうつむいて黙考している様子だった。

 もう一押しだな、と男は考える。


「ま、どうするかは院長先生、あんた次第さ。まあそう心配するなよ。ガキってのは結構しぶとくできてるもんさ。こんな孤児院がなくなったって、案外強かに生きていくだろうよ」


 男はそう言いつつも、心の中で「ひょっとすると、何人かはな」と付け加える。


 だがここで書き付けをしなければ、ハンナという一人の少女に対してすぐ目の前の「確実な悲劇」が及ぼされる。


 それは生々しく想像できる出来事だけに、人の感情に与える影響は覿面だ。


 そして感情は、判断を誤らせる。


 男はさらなる焦りを生ませるために、書き付けのための紙を院長バイロンの手から奪い、懐にしまってみせる。


「ま、それでもどうしても嫌だってんなら、しょうがねぇ。俺たちも無理矢理ってわけにはいかねぇからな。まったく『残念な結果』だが、出直すことにするさ。──おいお前ら、行くぞ」


 そう言って、ゆっくりと踵を返す素振り。

 院長のバイロンとて、そんな見え見えの猿芝居が演技であることは承知しているが──


「待て、待ってくれ……!」


「……ん? どうした院長さん、ここの権利、渡す気になったか?」


「そ、それは……」


「なんだよ。こっちだって忙しいんだからよ。じゃあな、用がないなら行くぜ」


「ま、待ってくれ……! 分かっ──」


「──待って。そこまでよ」


 そのとき、立ち合いの少女が口を開いた。


 少女はその口元を、にぃと歪ませる。


「そんなもの書く必要はないわ、バイロンさん──今、ニアから魔法で連絡が来たわ。ハンナを救出したって」


「なっ……!?」


 立ち合いの少女──ユニスは、ずんずんと歩いて借金取りの男の前まで来る。

 そして、男のすぐ鼻の先まで顔を近付けて、ニタァっと笑った。


「ハンナが路地裏で、二人組の覆面の男に襲われていたそうよ。うちの相方が男たちをのしてみたら、覆面の下から出てきた顔はこの間あなたが連れてきていた二人の部下のものだったっていう話だけど──さぁて、これはどういうことかしらねぇ?」


「バ、カな……」


 残るはずのなかった「証拠」がつかまれてしまった。

 そうなれば、一気に形勢は逆転する。


 借金取りのリーダーの男は、がっくりとその場に膝をついたのだった。


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