第六話
「んんーっ! んーっ! んーっ!!」
「ああもう、騒ぐなって──言ってんだろ!」
「──んぐっ! ぐっ、んぐぅぅっ……」
ハンナは口に猿轡を噛まされた上、両手両足をロープで縛られて路地裏の地面に転がされていた。
遠くにでも人の足音が聞こえるたび、無駄な足掻きと分かりながらも声をあげようとするのだが、そのたびにハンナは覆面の男たちから頬を殴られたり、腹を蹴られたりしていた。
今もハンナは思いきり腹を蹴られ、苦悶の声を上げながら芋虫のように地べたを這いずっている。
ハンナの孤独な戦いは、あまりにも希望がなさすぎた。
「ったく、なんで大人しくしねぇかな」
「ホントホント。こんなところ、人が通るわけねぇってのにな」
覆面の男たちは暴力を振るいながらも、不思議そうにハンナのことを見ていた。
騒ごうとすれば殴られると分かっているのに、どうして声を上げようとするのか。
だが、そんなとき──
「そうでもないよ。通りすがりの魔法使いが、こんな路地裏にたどり着くことだってあるさ」
どこかから、そんな声が聞えてきた。
ハンナは地べたに転がったまま、目を真ん丸に見開く。
そして、声のしたほうを見た。
「誰だ!」
「て、テメェは……!」
覆面の男たちも、声のしたほうへと視線を向ける。
そこにいたのは、ねじくれた樫の杖を手にした、ローブ姿の一人の少女。
月の輝く夜空の下、セミショートの銀髪を月明かりで輝かせて、朗らかな笑みをたたえて立っていた。
「助けにきたよ、ハンナ。それにしても頑張りすぎだよ。もっと自分も大事にしなきゃ」
その姿を見たハンナは、歓喜の表情とともに瞳にいっぱいの涙を浮かべる。
この世界に女神というものがいるなら、あそこに立っている人がそうだ──そんな風にすら思った。
だがそのハンナの前に、二人の覆面男が立つ。
いずれもナイフを抜き、杖を持った少女と対峙する。
「テメェ、どうしてここが分かった!」
「どうして? 簡単だよ。ボクは見ての通りの魔法使い。友人がどこにいるかを知るのなんて朝飯前さ」
「ま、魔法使いだと……!? ふざけんじゃねぇ……!」
覆面男のうちの一人が、ナイフを手に、杖の少女へと向かっていく。
「んんーっ!!」
ハンナの脳裏に、ローブの上からナイフで刺されて赤い血を染み出させる、杖の少女の姿が思い浮かんだ。
だがそれは、現実のものとはならない。
杖の少女が何やらむにゃむにゃと呪文を唱えたかと思うと──
──バァンッ!
何かが弾けるような音がして、突っ込んでいった覆面男のほうが吹き飛ばされた。
どさりと、ぼろ雑巾のようになって地面に倒れたその覆面男は、そのままがくりと意識を失う。
「なっ……なんだテメェ、何しやがった……! ──ちくしょう、動くな! こいつがどうなってもいいのか!」
「んんっ……!」
もう一人の覆面男は、ハンナの首筋にナイフをあて、脅そうとしてきた。
だがそれも──
「えっ……?」
杖の少女が再びむにゃむにゃと呪文を唱えると、覆面男の手からナイフがひとりでに抜け出して、宙に浮かんだ。
さらに──
「うわっ……うわわっ……!?」
その覆面男自身の体も、ふわりと宙に浮かび上がってしまった。
男は空中でジタバタともがくが、どうしようもない。
杖の少女が口を開く。
「あのさ……ボク、かなり怒ってるんだよね。よくもボクの友人に、ひどいことをしてくれたよね、キミたち」
浮かび上がったナイフが、同じく浮かび上がった覆面男の目の前にふよふよと移動する。
目前に光るナイフの刃に、覆面男が怯える表情を見せた。
「ま、待ってくれ……殺さないで……」
「んー、どうしよっかなぁ。もうあの孤児院には二度と手を出さないって誓うなら、考えないでもないけど」
「ち、誓う、誓うよ! もう絶対、あの孤児院には指一本触れない! 近付きもしないから、だから……!」
「あっ、そ。まぁ本当は、末端のキミに誓ってもらってもしょうがないんだけど──お仕置きだけにしてあげるよ」
少女がそう言うと、まずナイフがぽいっと放り捨てられるようにして、地面に突き刺さった。
そして、覆面男の方はというと──
「うわっ、や、やめっ、高い、高いっ──ぎゃああああああっ!」
──ずぅん!
覆面男の体が一度、空中高く浮かび上がると、そのまま自由落下で地面に叩きつけられた。
それでその覆面男も、白目をむいて動かなくなった。
そうして覆面男たちを退治した杖の少女──ラヴィニアは、ハンナのほうへと歩み寄ってきて、その猿轡と手足を縛っていたロープをほどいた。
「お待たせハンナ。よく頑張ったね」
そう言ってラヴィニアは、優しい笑顔でハンナの頭をよしよしとなでてくる。
ハンナはそれで、我慢していた感情が一気に爆発した。
「ひぐっ……うわぁああああああんっ! 怖かった……! 怖かったよぉおおおおっ!」
ハンナはラヴィニアに抱きつき、その胸に顔を埋めて大泣きした。
ラヴィニアはハンナの背に腕を回し、そばかす少女の髪を優しくなでるのだった。




