第五話
一方その頃。
孤児院から立ち去った借金取りの男たちは、苛立ちをあらわに道を歩いていた。
「くそっ、面白くもねぇ! 何なんだあのガキ。あいつのせいで、やりづらいったらありゃしねぇ!」
そう吐き捨てるのは、男たちのリーダーだ。
彼が脳裏に思い浮かべているのは、自らの手を凄まじい力でつかんできた旅装束の少女だった。
男は心の中で舌打ちをする。
少女は綺麗な顔をしていたが、あれはそんななまっちょろいものでは断じてない。
オーガにでも腕をつかまれたのかと思うぐらいの恐ろしい力だった。
戦士としての修行を高水準で積んだ者は、体内に宿る力をコントロールすることによって肉体そのものの力を遥かに超える能力を発揮できると聞いたことがあるが、あれはそういった類の使い手に違いない。
自分たちのような半端者では、束になっても敵わないかもしれない。
なんとかして痛い目に遭わせてやりたいのは山々だが、それも自分たちの目的ではない。
目下のところ、目の上のたんこぶ、鬱陶しい邪魔者──あの少女がそういった存在でしかありえないことが、男をなお苛立たせていた。
そこに、後ろを付き従う男たちが声をかけてくる。
「でも兄貴、どうすんですかい? あの孤児院の権利、来月までに絶対に手に入れるって言ってたじゃないすか」
「ボスから言われてるんすよね? どんな手を使ってでも手に入れろって」
そんな言い様に、リーダーの男はまた舌打ちをする。
どんだけ頭が足りねぇんだこいつら。
「バカか。ボスが直接んなこと言うわけねぇだろ。俺が何としてでも手に入れるってボスに言った、ボスは俺ができるっつったから俺に任せた、そういうことだろうが。──だがあの土地を使った商いの準備は、もう後戻りできねぇトコまで来てる。今更できませんでボスの顔に泥が塗られりゃ、俺たちの指の一本や二本じゃ済まねぇ話だ……くそっ!」
「えぇええええっ! じゃ、じゃあ、どうすんですか兄貴!」
「どうにかすんだよ! それこそ手段を選んでらんねぇぞ!」
リーダーの男は、苛立ちながらも頭を回す。
あのガキを相手取らずに済み、やつらの弱みを突くには──
***
「うんっ……! 今日も疲れたぁ」
翌日の夕刻のこと。
ハンナはその日の仕事を終え、孤児院に帰宅するところだった。
帰り道を歩く少女の手には、この日の仕事の賃金として受け取った数枚の銀貨があった。
これに加え、昨日二人の旅人を泊めた宿泊代として銀貨を受け取った分もある。
今日は奮発してお肉でも買って帰りたいところだが──
「我慢、我慢。孤児院がなくなっちゃったら、元も子もないもんね」
孤児院のチビ達には悪いけど、借金返済のほうが大事。
贅沢よりも節制だ。
借金取りや金貸しだって、この街で暮らしている人間だ。
ハンナたちがスジを通している限り、あまり無茶なことはできないはず。
そう思っていたハンナだったが──
そんなハンナが、ひと気の少ない通りに差し掛かったときだった。
「──んんっ!?」
突如横手の路地から手が伸びてきて、ハンナの口がふさがれた。
二人の覆面を被った男たち──体つきから男に見える──が、ハンナを無理やり路地裏に引っ張り込んでいく。
ハンナは悲鳴を上げることも敵わず、力で抵抗することも及ばず、路地裏に押し倒された。
そして──覆面男の一人から、首筋にナイフを突きつけられる。
「騒ぐなよ。なぁに、院長先生がハンナちゃんのことを大事にしてくれれば、ハンナちゃんは無事に帰れるさ。しばらく大人しくしていろよ」
その言葉を聞いたハンナの目に、一瞬だけ怒りの炎が宿った。
涙を浮かべた目で、キッと覆面男たちを睨みつける。
だがそれも、ナイフの刃を念押しするように首筋に押しつけられれば、すぐに恐怖の色に変わった。
ハンナは目をつぶり、無念の涙を流す。
(どうして、どうしてこんな──)
自分のことなんて無視してくれればいい。
何をされようが、自分は構わないから──
だから院長、どうか孤児院を守って。
そう意志を伝えたくても、伝えられない。
ハンナは理不尽な暴力と非道の前に、ただただ無力だった。
***
「──ハンナが帰ってこない?」
空がそろそろ夕闇に閉ざされようという頃。
ユニスとラヴィニアの二人が孤児院に戻ってくると、少年アルが駆け寄ってきて、二人にハンナが院に帰宅していないことを知らせてきた。
「ああ。ハンナ姉ちゃん、いつも遅くてもこのぐらいの時間には帰ってきてるはずなんだ。それなのに……」
「それって、まさか──!」
ユニスの可憐な顔が、怒りの色に染まる。
一方のラヴィニアも、ユニスに向かってこくりとうなずく。
「……昨日のあの連中の不自然な焦りようを思えば、ありえないとも言い切れないね。迂闊だった、というのもどうかと思うけど。本当に、まさかだよ」
「私、探してくるわ!」
ユニスがそう言って駆けだそうとするが、そこにラヴィニアが制止の声をかける。
「待って、ユニス。探してくるってどうやって? ハンナが今どこにいるか分かってるの?」
「そ、それは……! でも……!」
「頭に血が上りすぎだよ、ユニス。──それはボクの領分でしょ。ユニスはここで、子供たちや院長を守ってあげて」
ラヴィニアからそう言われれば、ユニスはバリバリと頭を掻き、戻ってくる。
「……そうね。ニアの言うとおりだわ。ごめん。……ハンナのことお願いね、ニア」
「合点承知だよ。でも──」
ユニスとすれ違うようにして、ラヴィニアが孤児院から歩み出ていく。
その表情が宿すのは、これまでに彼女が見せたことのないような憤り。
「ボクもさすがに怒ってるから──やつらが五体満足でいられるかは、保証できないかな」
そう言って、魔法使いの杖を手にした少女は、孤児院をあとにしたのだった。




