第二話
ユニスとラヴィニアの二人は、スリをした少年アルと、その保護者らしき少女ハンナについていくことにした。
道すがら事情を聴くと、二人は街はずれにある孤児院で暮らしているという。
特にハンナは、十五歳で成人して独り立ちしたあとも孤児院に残り、昼間は日雇いの仕事を探して働き、お金を稼いでは孤児院のやりくりに協力しているとのこと。
加えて、朝や夜は孤児院の子供たちの食事を作るなどもして、彼女一人で獅子奮迅の働きぶりのようだった。
だがそれでも、孤児院の院長が病に倒れてからは、院の家計は常に火の車状態。
日々の子供たちの食事をどう賄うかにいつも頭を痛めている、というのが現在の状況らしい。
それを聞いたユニスは沈痛な面持ちになり、ラヴィニアは渋い顔になった。
助けてやりたいが、自分たちにも都合があり、お金の問題ばかりはどうにも、というのが彼女らの本音だった。
と、そのときラヴィニアが、名案を思いついたという様子でユニスに耳打ちした。
それを受けたユニスは、「さすがは賢者ね、ニア。異論はないわ」と返す。
ラヴィニアはハンナに言う。
「ねぇハンナ、ボクたちも今日泊まる宿屋を探さなきゃいけないところだったんだ。だからさ、お詫び代わりにボクたちをその孤児院に泊めてよ。宿賃はちゃんと払うから」
「そ、そんな……! お代なんて頂けません! その、泊まるだけでしたら、院長に相談してみますけど……でも、子供たちがたくさんで、騒がしいと思いますよ?」
「いいっていいって。どっちかっていうと、お互いWin-Winになれる条件でお代を払うほうがボクたちの目的なんだから、受け取ってもらわないと困るな。ていうか、そのお金で子供たちにお腹いっぱい食べさせてあげてよ」
「……分かりました。本当に、本当にありがとうございます」
ハンナはそう言って何度も何度も頭を下げた。
アルは少しつまらなさそうに口をとがらせていたのだが、ユニスとラヴィニアはその様子も微笑ましげに見つめる。
ラヴィニアがユニスに耳打ち。
「……自分がハンナお姉ちゃんに褒められたかったんだろうね」
「ええ。子供ね」
「実際に子供なんだからしょうがないじゃない」
「私があの歳の頃には、もう騎士修行を始めていたわ」
「何を張り合ってんだか」
くすくすと笑うラヴィニアと、憮然とした顔のユニスである。
そんなやり取りをしていると、やがて目的の建物が見えてきた。
たどり着いた孤児院は、普通の中流階級の住居といった門構えだった。
その庭では数人の子供たちが遊んでおり、ハンナたちの姿を見つけると一斉に駆け寄ってくる。
「ハンナお姉ちゃんお帰り!」
「アル兄ちゃんもお帰り! ……そっちのお姉ちゃんたちは?」
「ん、ただいま。このお姉さんたちはね、お客様よ。──アル、この子たちをお願いね」
「あいよ、分かった」
首を傾げる子供たちをアルに任せ、ハンナは二人の客人を連れて建物の中へ。
そして一番奥の、院長の部屋の前まで二人を案内する。
ハンナは扉をノックする。
「院長、ハンナです。今帰りました。お客様を連れてきたんですけど」
「おお、ハンナか、お帰り。……客人かい? いいよ、入ってもらいなさい」
扉の向こうから聞こえてきたのは、穏やかな男性の声だった。
ハンナが扉を開けて、中に入る。
そこにいたのは、ベッドに横たわった一人の初老の男性だった。
グレーの髭が渋い、優しい目をした男性だが、ナイスミドルと呼ぶには少々歳を取りすぎている、そんな印象。
初老男性は、ハンナに支えられて半身を起こし、二人の旅人へと目を向ける。
「こんな格好ですまないね、お客人。この孤児院の院長をしているバイロンだ」
そう挨拶をされれば、ユニスとラヴィニアは会釈を返す。
院長はふと微笑んだ。
「可愛らしいお客人だ。……ハンナ、いきさつを教えてもらえるかな」
ハンナが事情の説明をすると、アルの盗みの話が出たところで、院長の眉が困ったというようにハの字になった。
それからひと通りの話を聞き終えると、院長はあらためて二人の旅人に頭を下げた。
「本当に申し訳ないことをしました。アルには私からもよく言って聞かせます」
「いえ、結果として被害もなかったので、お気になさらず。ね、ユニス?」
「そうね。無論あの子とのたっぷりの対話は必要でしょうけど。ああいう子に分かってもらうのが大変なのは、分かるつもりです」
ラヴィニアとユニスがそう答えると、院長は再び頭を下げる。
「慈悲の心、痛み入ります。それにお二方とも、まだ若いのにご聡明でいらっしゃる。──我が孤児院への宿泊、心より歓迎いたします。お代もありがたく頂戴いたしましょう」
その院長の言葉に、旅の少女たちは顔を見合わせて嬉しそうに笑った。
それからユニスが、思い出したようにこう続ける。
「ところでバイロンさん。病気という話でしたけど、少し失礼してもいいですか?」
「ええ、構いませんが……」
了承を受けたユニスは院長のベッドの横まで歩み寄ると、彼に向かってその両手を向ける。
そして、その場のほかの者たちには分からない言葉──神聖語で幾ばくかの祈りを捧げた。
すると聖騎士ユニスの手から温かな光が生まれ、それがすぅっと、院長の体へと染み込んでいった。
「これは……? 少し体が楽になったような気もしますが」
「癒しの神聖術の一つです。病魔を打ち倒すための抵抗力を上げ、治癒力を高めます。すぐに完治とはいきませんが、毎日施術をすればあるいは」
「……! 神聖術を使えるのですか。いやしかし、神聖術を施してもらうほどのお布施はご用意できません」
神聖術というのは聖職者が神の力を借りて施す奇跡の術として知られているもので、魔法にも似た超常現象を引き起こすことができる。
神聖術を行使できるのは、聖職者の中でも一部の力ある者だけだ。
そのため一般人が神殿で神聖術をかけてもらうためには、通常、神殿に多額の寄付金を修めなければならない。
だがその院長の言葉に、聖騎士ユニスは首を横に振る。
「いえ、これは私が勝手に行うことですので、お気になさらず。私にも目的があり、あなたたちのことを際限なく助けることはできませんが、このぐらいは遍歴修行の一環です」
「……そうですか。本当にありがとうございます。私には、あなたが女神のように見えますよ」
「……っ! や、やめてください。今も言ったとおり、これも修行ですから」
ユニスは顔を真っ赤にして、院長のベッド脇を離れラヴィニアの隣に戻る。
すると今度は、ラヴィニアがユニスの頭をなでなでした。
「ふふ、いい子いい子。ボクはそんなユニスが大好きだよ~」
だがそんなことをされれば、ユニスの羞恥心は臨界に、そして怒りは一瞬で沸点へと達した。
ユニスはラヴィニアを三白眼で睨みつけると、幼馴染みの頬っぺたをがしっとつかむ。
「だから、そういうのをやめなさいって言ってるんでしょうが……! 人前で、バカじゃないのホントに!」
「ま、待っふぇゆにふ、いふぁいいふぁい!」
ユニスの手でぐいぐいと頬っぺたを引っ張られて、涙目になるラヴィニア。
それを見た院長とハンナが、くすくすと笑う。
──だが、そんな穏やかな時間にも、望まれざる横槍が入る。
そのとき突如として聞こえてきたのは、孤児院の外にいる少年アルの怒鳴り声だった。
「お、お前らまた何しにきたんだよ! 帰れよ!」
その声に、取っ組み合いをしていたユニスとラヴィニアがぴたりと止まる。
一方で院長のバイロンは、ハンナに言った。
「ハンナ、いつもの連中だろう。中に入ってもらって。あと子供たちには、軽率なことをさせないように気を付けてほしい」
「はい!」
ハンナは院長を支えていた手をそっと離すと、院長の部屋から走って出ていった。
それを追いかけようとするユニスとラヴィニアの背中に、院長が声をかける。
「申し訳ない、お客人。少し不愉快な光景をみせることになりそうだ。……まったく、借金なんてするものではないね」
そう言ったときのバイロンは、一気に老け込んだように見えた。




