第一話
都市ラグレス。
石造りの市壁にぐるりと囲われたその都市は、ラミナス川の流域に形成された中規模都市のひとつである。
その日、空が夕焼け色に染まる頃。
田舎と呼ぶにも、都会と呼ぶにも中途半端な賑わいのその街を、二人の旅人が訪れていた。
市門で門番からチェックを受ける二人の旅人は、いずれも旅汚れにまみれたフード付きのロングマントを身につけていた。
そのどちらも小柄で、子供か女性であるように見える。
ひと通りのチェックを終えた門番が通行を許可すると、二人の旅人は門をくぐって市内へと入っていった。
都市ラグレスの中央通りは馬車がどうにかすれ違える程度の道幅で、通りの脇では露天商たちがそろそろ店じまいの準備を始めている頃合いだ。
それでもいまだ人々でごった返すその通りを、二人の旅人は歩いていく。
旅人のうちのひとりが、うんと背伸びをした。
「やっと街についたねぇ。ボクもう長旅で疲れちゃったよ」
旅人はそう言って、被っていたフードを背中に下ろす。
そこに現れたのは、輝くような銀髪をセミショートにした美少女だった。
年の頃は十代中頃か、それを少し抜けたぐらいだろうか。
エメラルドグリーンの瞳を宿した笑顔は朗らかで、どこか人を安心させるような柔らかさをもっている。
またよく見れば、少女はその右手にねじくれた樫の杖を持っていて、さらに旅用のマントの下には魔法使いが身につける類のローブを着用していた。
その一方で、彼女の言葉を受けたもう一人の旅人も、同じようにフードを下ろす。
「だからニアはついてこなくていいって言ったのに。これは私の修行の旅よ」
こちらも負けず劣らずの美少女だった。
背中まで伸ばされた金髪に、あどけない顔立ちと、ともすれば冷たい印象すら与える紺碧の瞳。
マントの内側には、衣服の上に白銀の軽装鎧──胸当てやガントレット、脛当てなど──を身につけ、腰には剣を提げている。
同じ美少女でも、もう一人の魔法使い風の少女とは対極の、周囲を拒絶するような印象だった。
だがそんなつっけんどんな態度も、相方の少女には通用せず、あははと笑っていなされる。
「またそんなこと言って~、本当は一人だと寂しいくせに」
「……勝手に言ってなさい、バカ」
「それにしても、聖騎士っていうのも大変だよね。遍歴修行っていうんだっけ。騎士がこうやって旅をして、自分の腕を磨くの」
「別に。自分のためにやっているだけよ。遍歴修行もせずに地位にしがみつくばかりの無能どもと、同じになりたくはないから」
「ふふ、ユニスは真面目だねぇ。いい子いい子」
そう言って魔法使い姿の少女が頭をなでれば、騎士姿の少女はさっと顔を赤らめる。
都市ラグレスの中央通りを歩いている彼女らだ。
当然その行為は人目につく。
二人の美少女が見せたスキンシップに周囲の人々が振り向けば、騎士姿の少女──ユニスは自分の頭をなでる腕を払いのけ、つかつかと速足で歩いていく。
魔法使い姿の少女──ラヴィニアは、それを小走りで追いかける。
ラヴィニアが追い付いてきているのを分かっているユニスは、相方のほうを見向きもせずに言葉を発する。
「いい加減にして。ニアはどうしていつもそうなのよ。幼馴染みだからって、もうお互い子供の頃とは違うんだから、そういうのはやめて」
「そうかなぁ。ボクもユニスも、子供の頃とそんなに変わってないと思うけどな」
「そういう本質をついたみたいな言い方、気に入らないわ。バカにされているみたいで」
「でもユニスだって、さっきボクのことバカって言ったよ?」
「…………」
口では勝てない。
そう悟ったユニスが、ラヴィニアに顔で不満を伝えるため振り向こうとしたときだった。
──ドンッ。
誰かがユニスにぶつかってきた。
「痛ってーな! ボサッと突っ立ってんじゃねーよ、このブス!」
自分でぶつかっておきながらユニスに向かってそう言ったのは、まだずいぶんと幼い少年だった。
ユニス達の半分ぐらいの歳だろうか。
身なりはあまり良くなく、あちこち裾が破けたボロボロの衣服を身につけている。
通りを後ろから走ってきたその少年は、ユニスに向かってわざとぶつかってきたようにも見えた。
しかし少年は、そんなことはおくびにも出さない。
「ったく、気を付けろよな、ババア!」
少年はそう言って、また走って去っていこうとする。
だが──
「待てやこら」
そう言って少年の首根っこを引っ捕まえたのは、先ほどまでずっと朗らかな笑みを浮かべていた魔法使い姿の少女ラヴィニアだった。
彼女は捕まえた少年をぐいと引き寄せると、悪鬼のごとき形相で睨みつける。
「ねぇ少年……今、誰に向かってブスとかババアとか言った? その目は節穴かな、んん? そうか、死にたいんだね? いいよ、ボクが全力で殺してあげる。ファイアボールとライトニングボルトだったらどっちが好き?」
「えっ……や、あの……それは……」
その殺意に満ちた少女の剣幕に、少年はひたすら怯えた。
小便をチビらなかったのは称賛に値しよう。
それを見た騎士姿の少女ユニスは、はぁとため息をついてから、少年をラヴィニアから力づくで奪い取る。
そして相方から守るように、少年をその身に抱き寄せた。
少年の顔がさっと赤くなるが、抱いているほうはそんなことはつゆ知らず、ユニスはラヴィニアに呆れたという目を向ける。
「ニア、子供相手にムキになってどうするの」
「ううんユニス、子供とか大人とかは関係ない。世の中にはやっちゃいけないことがあるんだ。そのクソガキはそいつに触れた。つまりぶっ殺す。あと今ユニスに抱かれているのも許せない。そこはボクに譲りなさい」
「ん、今のニアには話が通じないのがよく分かったわ」
二人がそんなやり取りをしている間にも、少年はそぉっとしゃがんでユニスの腕の中から逃げ出そうとする。
そして首尾よく抜け出せたと思ったところで、ダッシュで逃げ出そうとするが──
「──待ちなさい」
今度はユニスに腕をつかまれ、逃走の機会を失った。
少年はおそるおそる、騎士姿の少女に伺いを立てる。
「な、なんだよババ──き、綺麗なお姉ちゃん」
悪鬼の形相で睨みつける魔法使い姿の少女に怯えて、少年は言おうとした台詞を撤回、言いなおす。
悪鬼の少女はうん、うんとうなずいて笑顔になった。
ホッと一息の少年。
しかし──
「ほら、行く前にさっさと返しなさい」
騎士姿の少女からそう言われて、少年はドキッと跳ね上がった。
少年は目を泳がせながら答える。
「えっ、か、返すって、何を? おれ、何も持ってないし」
「しらばっくれるなら官憲に突き出すけど、そのほうがいいの?」
「えっ! ま、ま、待って! 返す、返すから!」
少年は慌てて前言を翻し、懐からひとつの小袋を取り出した。
それはユニスの財布だった。
先にぶつかったときに少年がスリ取っていたのだ。
その様子を見ていたラヴィニアが、「おーっ」と言って感心する。
それから慌てて自分の財布の所在を確かめて、安堵。
「ちょ、ちょっとさ、からかってみただけなんだ。もちろんすぐ返すつもりだったんだぜ。じゃ、おれはこれで──」
少年はユニスに財布を返すと、その場から立ち去ろうとする。
ユニスとラヴィニアは、今度は互いに顔を見合わせて肩をすくめるだけで、捕まえようとはしなかった。
だが、そのとき──
「あーっ! アル、あんたまさか、また……!?」
「げぇっ、ハンナ姉ちゃん!」
一人の少女が、人だかりの向こうから駆け寄ってきた。
歳の頃はユニスやラヴィニアと同じぐらいで、そばかすが可愛らしいどこか素朴な容姿をしている。
スリをした少年と同様にみすぼらしい服装で、買い物帰りなのか、その手には卵や野菜などが入った籠を持っていた。
少女は手にした籠を大事そうに地面に置くと、スリをした少年の頭を引っつかんで無理やり頭を下げさせ、自身もユニス達に向かって深々と腰を折る。
「申し訳ありませんっ! すべて私の監督不行き届きです! ……ほら、アル! あんたもちゃんと謝りなさい!」
「えーっ!? でもおれ、姉ちゃんがいつもお金がなくてつらそうにしてるから! それにお金があれば、チビどもにもうまいもん食わせてやれると思って!」
「だからって、人の財布を盗むのは絶対するなって、この間さんざん言ったでしょ!」
そんなやり取りをする少女と少年。
自分たちの前でひたすら頭を下げる、あるいは下げさせられる二人の姿を見て、ユニスとラヴィニアは互いに顔を見合わせるのだった。




