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⑨ オレは本の虫

⑨オレは本の虫



 オレたちの学校は、二時間目と三時間目の間に二十分の中休みがある。天気がよければ、この休み時間になると、クラスの男子のほとんどが、運動場でサッカーとかドッジボールをしてひと汗流すのだ。

 ほんの一週間くらい前までのオレは、二時間目終わりのチャイムが鳴るやいなや、サッカーボールをこわきにかかえて、

「みんな行くぞお!」

と、大声で仲間を引き連れ、先頭きって教室を飛びだしていた。

 それが、図書委員になったとたんに、ボールの代わりに十冊以上の本をかかえて、校庭の片すみで静かに読書するという、なにとも奇妙なやつに変わってしまったのだから、クラスの連中が気味悪がるのも無理はない。


「ヒカルってさ、ホントに生き方変えてやんの」

「信じられないよな。あのヒカルがさ、本なんて読んでるんだもんな」

「図書委員になると、ゲッ子の魔法がかかるらしいぜ」


 一方、女子の間では、ひそかにこんなうわさが流れているようだった。

「ヒカルくんてさ、図書の整理するふりして、女子のスカートめくりしたんだって!」

「やだあ! 五年生にもなってヘンタイじゃん」

「それが目当てで、図書委員になったのかしらね」


 いやおうなしに耳に入ってくるいろんなうわさ。

 オレはひたすら無視して、読書に没頭することに決めた。

 とはいえ、つらいのはくやしさよりも寒さだ。今までのオレなら、どんなに寒い日でも運動場じゅうを走り回ったら汗びっしょりになって、あちーあちーなんてわめいてたんだけど、じいっとしてると、汗の代わりに鼻水がたれてくる。

「北風が肌をさすって、まさにこのことだな。こおった針で、ブスブスやられてる気がするぜ」


―失礼な! おいらをハリネズミあつかいすんな。


 文句を言いながらも、北風はごきげんだ。

 オレが、図書室から持ち出してきた十冊を、またたくうちに読み上げ、


―オマエはなに読んでるんだ?


 背後からのぞきこんでくるせいで、ページがめくれて、せっかく読んでたところがわからなくなる。

「もうっ! じゃますんなよ」


―ごめんごめん。なあ、十冊ぽっちじゃ足りないから、昼休みはもっとたくさん持ってきてくれよな。


 こんな調子で、オレは休み時間のたびに、両手いっぱいに本をかかえて図書室と校庭を往復するのが日課になった。



 これまで、まともに本など読んだことのないオレが、急に本の虫になったもんで、大人たちまでなにかあったんじゃないかと疑っているようだった。

 ある晩、そろそろ寝ようと思っていたら、めずらしく母さんが部屋をノックしてきた。

「ヒカル、ちょっといいかな?」

「どうぞ」

 母さんは、いつになくひかえめに入ってくるとまずオレの机の上に視線を向けた。

 机の上には、今日借りてきた本が五冊ほど積み上げられている。

「今日も学校で読書してたの?」

「うん。家でもね」

 母さんはベッドの端に腰を下ろすと、思いつめたような表情でささやいた。

「あんた、最近学校でなにかあったの?」

「なにかって?」

 母さんは、ちょっと口ごもった。

「……いじめにあってるとか」

 そうなのか。そっち方面を心配してるのか。

 でも、たとえいじめにあってたって、素直に言える子どもなんていないんじゃないかなあ?


 オレは大きくかぶりをふってみせた。

「ぜーんぜん。どうしてそんなこと聞くわけ?」

「最近、あんたが学校で、全くみんなと遊ばないで本ばっかり読んでるって、今日岡田先生から電話をもらったのよ」

 全く、大人にもチクリ魔がいるんだ。 オレは、ベッドにそっくりかえった。

「あのさ、母さん、オレ、このごろ、急に読書に目ざめたんだよ。まともに本なんて読んだことなかったけどさ、読み始めたらそりゃもう楽しくて、楽しくて。サッカーなんて二の次なんだ」

 われながらしらじらしい言い方だと思った。九十%はうそだ。うそに決まってる。

 百冊読むと宣言した以上、とにかく読んでみるしかないから、もくもくと本に向かっているけど、実はがまんくらべとたいして変わらない気がしていた。

 毎日寒い! ねむたい! 遊びたい!


 ところが、幸か不幸か、母さんにはオレのうそが見抜けなかったようだ。

「そうでしょ、そうでしょ、ね!」

 顔じゅうをほころばせて、心からうれしそうに、何度もうなずいてみせた。

「あんたにも、赤ちゃんの時に、いっしょうけんめい、絵本を読み聞かせたかいがあったわ」

「オレに読み聞かせ? 母さんが?」

「あたりまえよ。あんたとどれだけ絵本を読んできたことか……。」

 でもオレは決して、いっしょに絵本を見ようとはしなかったそうだ。横で読んでくれてる母さんの顔ばかりを、じいっとながめては、ケタケタと笑う不気味な赤ん坊だったらしい。

 それですっかり、やる気をなくした母さんは、読み聞かせのターゲットを、一歳下のオレの妹に変えてしまった。おかげで妹は、赤ちゃんの時からたっぷりと本のエキスを吸って、本の大好きな女の子に成長している。


「あの時、もっと読み聞かせを続けてたら、あんたはとっくの昔に、本に目ざめていたかもねえ……」

 母さんはくやむように言ったけれど、すぐに、思い直したようにオレの方に体を向けた。

「でも今からだって全然おそくはないわよ。ヒカル。むさぼるように本を読みなさい。一生かけたって読んでしまえないほど、この世には本があるんだからね」


 母さんは、どれどれと言いながらオレの借りてきた五冊の本を手にとってながめはじめた。

「『がんばれ、ヘンリーくん』に『風の又三郎』か。あ、『長くつしたのピッピ』じゃない。うわあ、なつかしいわね」

 エプロンすがたの母さんは、完全に少女の笑顔にもどってしまっていた。


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