⑧ ヒカルの決心
⑧ヒカルの決心
「おまえのせいだからな」
校庭のブランコに乗りながら、抑えていた怒りがもんもんとわき出てきた。
北風のやつ、せっかくのオレの好意と密かな計画をだいなしにして、そのうえ、「ド・スケベ図書委員・ヒカル」なんていう無実の汚名まできせやがったのだ。
―悪かったよ。あやまる。
うしろから、オレの背中を押しながら、北風はいつになく、素直にオレにあやまった。
今さらあやまられたって、もうおそいんだ。
「おまえさあ、どうしてわざと騒動を引き起したりするんだよ」
―わざとじゃない。あの子の足もとに、ちょうど読みたい本があったからさ。ほら、ピンクのレースの……。
「やめろ、やめろ!」
思い出すと、オレの方が、かあっと熱くなってしまう。
―つむじ風なんて起こす気はこれっぽっちもなかったんだけど、急に頭の上で、きゃあきゃあ、かん高い声がしたんで、びっくりしたはずみに力が出すぎちまったんだ。
まあ、北風の言い分もわからなくはない。
大体、女の子って少しのことで反応しすぎなんだから。
―だけど人間の女の子って大変だよなあ。いちいちスカートを押さえなきゃならないんなら、いっそのこと、なにもはかなきゃいいのに。
なんてこというんだ。こいつこそ、正真正銘のヘンタイにちがいないぞ。
「あのな、オレはスカートめくりしようなんて、いやらしいコンタンは爪の先ほども持ってなかったんだ。ただおまえに本を読ませたくて……」
―それはわかってる。おいら感謝してる。でもオマエ見ただろ。おいらが作った偶然のチャンスを、オマエはぬかりなくモノにしただろ?
「人ぎぎの悪いこと言うな」
―結果は結果なんだってば。オマエが目に焼き付けてしまった以上、ド・スケベと言われても全く仕方ない。
北風がフーッとうなったのと、オレがはあっとため息をついたのとほとんど同時だった。
―どうやら、おいらが本を読む方法は、もうないってわけだ。
力なく、北風はつぶやいた。
―ヒカル、いろいろ迷惑かけて悪かったな。おいら、もう春風との読書会あきらめる。もともと足もとにも及ばない相手だし、オマエにこれ以上いやな思いさせたくないし………。
オレはだまって、ブランコに乗ったままだ。
―ということで、じゃあな、あばよ! 達者でな。
ヒュルルル………。うなり声が小さくなり、北風がだんだん遠ざかっていくのがわかる。
不意にオレの中で、もうひとりのオレが叫んだ。
…このままでいいのかよ、ヒカル? 本当にこのままでいいのか?
オレの中のもう一人のオレがしきりに肩をゆすり続ける。
……せめて、美里ちゃんだけにでも誤解を解けよ。
……でも、どうやったら…?
……とにかく、身体をはって無実を証明すればいいんだ。
そのとたん、オレはビーンとはじかれたように飛び上がった。
「おうい! き・い・た・あ・か・あ・ぜえ!」
両手をメガホンにして、ありったけの声で叫んだ。
ザワザワとポプラの枝がゆれる。北風が戻ってきたようだ。
―どうした? ヒカル。
「おまえ、本が読めるぞ。今度こそ、全くだれにも遠慮しなくていいんだ」
―えっ? どういうことだ?
「オレが校庭に本を運んでくる。図書室みたいに一度にたくさんの本が読めるわけじゃないけど少しずつ、中休みも昼休みも放課後も運んでくる。だから読んでくれ」
―だけど、本だけ外に置きっぱなしってのはヤバイだろ。
「その心配はいらない。オレもいっしょに外で本を読むから。目標としてオレは春まで百冊」
―オマエ、マジで、マジで言ってんのか?
オレは、宙を見すえてこっくりとうなずいた。
木枯らしがひゅんひゅんうなる師走の校庭で、休み時間のたびに本を読む。
だれが、どう考えたってフツーじゃない。
だけど、オレの無実を心の底から美里ちゃんに信じてもらうためには、はちゃめちゃでもこんな方法しか考えつかない。それに北風のことも応援してやりたいし。
オレは、昼休み、廊下の本棚の整理をしている美里ちゃんの所へ行って、真剣にオレの思いを伝えた。
「あのさ、オレ、春まで百冊目標にして、これからずっと外で読書することにした。だから目標が達成できたら、オレの無実を信じてくれる?」
美里ちゃんは口をきりりと真一文字に結んだまま、オレと視線すら合わせてくれようとしない。オレの存在なんか、全く眼中にないように黙々と本の整理を続けている。
代わりに、教室にいたゲッ子がやって来ると、美里ちゃんをかばうように、フンと鼻先で笑ってみせた。
「ド・スケベ図書委員のヒカルくんは、今度はホラフキ図書委員になっちゃいましたねえ」
いいさ。なんとでも言えよ。オレはぜったいにやりとげてみせる。
本なんてまともに読んだためしがないけど、いったん決めた以上、前へ進むしかないんだ!




