⑤ 北風の想い
⑤北風の想い
―おいらたちは、季節の変わり目と同時に、次の出番を待つ風にバトンタッチするようになってる。だがそのとき、大切な風の行事ってやつがあってな。
「大切な行事?」
―簡単にいえば読書会ってやつかな。その季節中に読んだ本について、互いに感想言いあうんだ。
ゲッ! 聞いたとたん、身体中に鳥肌がたった。
「おまえら、風だよ。風が、なんで読書会なんだよ」
―その季節をまかされてる以上、ただ遊び気分で、そこいらを吹いてまわってたんじゃないってことを証明しなきゃなんねえんだ。季節の行事報告とかいろいろあるけど、いちばん手っ取り早いのは本だろ? 知識を入れたり、感動したり、要は、どれだけ勉強したかを、次に伝えることになってるのさ。
「へえ~っ。おまえたちってすごいんだな」
―ところで、ヒカル、春、夏、秋の風の仲間の中で、どの風がいちばん本を読んでると思う?
北風の問いかけに、
「そりゃもちろん」
オレは、ベンチに腰を下ろし、熱いウーロン茶のプルトップに指をかけた。
「そりゃ、読書の秋だから、秋風に決まってるだろ。」
パラパラパラ。言ったとたん、頭の上から、大量に枯葉が降ってきた。
―おめでとう。ハズレの大サービス。
「うわ! やめろ。落ち葉に埋もれちまう」
缶をにぎったまま、あわてて飛びのいた。
―こんな調子だからなあ。情けないったらありゃしない。秋だから読書するなんて、だれが決めた?
北風はまたもや大きくため息をつく。
「じゃ、なんだってんだよ!」
一瞬の間をおいてから、少しはにかんだような声が返ってきた。
―答えは、春風なんだ。
「春風? へえ~っ。想像できなかったな」
―ちなみに二番目が秋風、三番目が夏の南風だ。なぜかといえば、春から夏にかけては、窓を開けてる所が多くなるだろ。真夏は窓を閉めてクーラーを入れる所が増えるし、秋になりゃ肌寒いとかなんとか言って、すぐ窓を閉めちまう。冬ともなりゃ、窓を開けて、北風を入れてくれる人間は、オマエくらいのもんだし。つまりだ。春風は、本屋でも図書館でも、家の中にでもすいすい入っていって本が読めるわけさ。おまけに公園のベンチや芝生で読書してくれる人だって結構いるしな。春風の読書量は四つの風の中でも、群を抜いてるぜ。
「そうか。なら、そんなに本が好きでもないのに、おまえ、春風と読書会しなくちゃいけないんだ。かわいそうになあ」
オレは心の底から北風に同情した。
読書量がクラスでワースト一のオレと、トップを切るゲッ子がいっしょに読書会だなんて考えたくもない。
ところが、北風はきっぱり答えた。
―ちがう。おいらは読書会が楽しみなんだ。
「は?」
―春風に少しでも追いつきたいから、おいらも本を読むんだ。あの人はこの本読んだかな、この本読んでどんなこと思ったのかななんて考えながら。もし同じ本を読んでたら、おたがい笑ったり、悲しかったりくやしかったり、いろんな気持ちを共有しあえるんだぜ。すてきじゃないか。
北風がそう言い終えたまさにそのとき。
チ~ン。
オレの心の中に涼やかなトライアングルの音色が響きわたった。
そうか! 同じ世界を共有できる相手が、もしも、美里ちゃんだったとしたら………。
ようやく、鈍いオレにも読めてきた。
春風は、北風のあこがれなんだ。
だから、年に一度の読書会のために、悲しくなるほどいっしょうけんめいなんだ。
オレ自身の立場に置きかえてみれば、北風の気持ち、すっごくよくわかる。
「よし! オレ、おまえが読書会のために何千冊でも本を読めるよう、精いっぱい協力してやる。だからぜったいあきらめんな」
オレは北風に力強く宣言してやった。
こんな時って普通、手をにぎったり肩をたたいたりするもんなんだろうけど、すがたの見えないやつだから仕方ない。けれど、うれしさのあまり興奮したせいか、北風の方からオレに抱きついてきたのがわかった。
キーン!
思わずシャーベットにされちまうのかと思ったほど、冷たい電流が体じゅうをかけめぐった。
―恩に着るぜ。ヒカル、やっぱりオマエを選んで正解だった。本当にいいやつだよな! おいら好きだ、大好きだ。
耳元でくりかえされる迷惑なセリフ。
おいおい。それは、いつか春風と出会う日のために大切にしまっとけよな。




