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③ 北風のたのみごと

    ③ 北風のたのみごと


―実はな。これから春一番が吹くまでの間、毎日おいらに本を読ませてほしいんだ。本のジャンルは問わないが、マンガばっかりというのはダメだ。適当にむずかしい本も入れて………。そうだな、どんなに少なくても三千冊くらい。


「三千冊!」

 オレは飛び上がった。

「おまえ、正気?」

 こいつ、狂ってるか、きっと計算力ゼロなんだ。

 春一番が吹くのは、早くて立春。遅くても春分の日くらいまで。だとすれば、あと百日もないのに、三千冊なんて、どうやったら読めるっていうんだ?

 けれども、そんな心を見透かしたように、北風は言った。


―おいら、まともだぜ。風にとっちゃ一日五十冊くらい、へのかっぱだもんな。おっと、こんなむだぐちたたいてるひまがあったら、一冊でも読まなきゃ。ん? これはなんだ?


 北風は、とつぜん床の上のぶあつい本をパパパとめくり始めた。

 表紙はしっかり「人生論」などど気取っているけれど、実はこれ、ぬきうちで部屋のそうじに来る母さんにバレないためにオレがカムフラージュしたもので、中身は落書き帳なんだ。

 北風がちょうど開いたページ。

 そこには、こともあろうにオレが描いた美里ちゃんの似顔絵と、自分で描いた相合い傘と、好きだのかわいいだのと、むちゃくちゃいっぱい書きなぐった、へたくそな字があふれかえっていた。


―うひひひ。


 北風のやつ、さもうれしそうに笑いやがった。


―やっぱりなっ! ヒカル、おいらとオマエは仲間、同士だ。図書委員にしてやったこと、ありがたく思え。明日、いや今日からさっそくおいらといっしょに読書にはげもうぜ。そうすりゃ、春一番のころは、彼女がオマエを見る目は、まちがいなくハートに変わってることうけあいだ。


 ううっ、完全に弱みをにぎられた。

 全部、こいつの策略なんだけど、図書委員になったことで、美里ちゃんに一歩近づきたい気持ちは、まぎれもない事実だ。

「わかった。わかったよ。図書委員やってやるからさ、おまえ、適当にどっからか入り込んで、好きなだけ本読めばいいだろ」

 オレは仕方なくそう言って、部屋の窓をぴしゃりと閉めた。


 次の朝、教室に入ると、なにやら大きい紙を後ろの掲示板にはりつけようと、美里ちゃんがしきりに背伸びをしていた。

 美里ちゃんはあまり背が高くない。クラスで一番背の高いオレの肩に、ようやく頭がとどくくらいだ。

 まだ時間も早いせいか、だれも来ていない。オレは勇気を出して、美里ちゃんのそばに近づいて行った。

「おはよう。手伝おうか?」

「ありがとう」

 美里ちゃんのほっぺにいつものトレードマーク。

 オレは易々と、その紙を押しピンで止め、なんの連絡だろうと目をやった。


 それは、新しい図書委員の名前が書かれた紙だった。

 ゲッ子なら、きっと、青柳の名前の上にピッと赤線を入れて、横に松原と書き直すに決まっているけど、オレのために、わざわざこうして作り直してくれるなんて、ホントに美里ちゃんってやさしいよなあ。


 うす緑の色画用紙の中に、黒いマジックで、きれいに書かれた三人の名前をつくづくとながめる。


 図書委員

  松原ヒカル

  三ヶ尻月子

  広田美里


 ぜいたくだけど、オレの名前、美里ちゃんのとなりに書いてほしかったなあと思った時だった。

 ゴトゴトゴトッと、教室じゅうを揺らすように窓ガラスが鳴った。

「やだ! 地震!」

 美里ちゃんの顔が、さっと青ざめる。

「だいじょうぶ。風だよ」

 ひとまず美里ちゃんを安心させて、オレはすばやくベランダに出た。案の定、北風が呼んでいる。


―ヒューヒュー、いい感じじゃねえか。


「なんだよ? うるさいな」


―どこもかしこも窓しめきっててさ、おいらが入りこめるすきまがないのさ。廊下側の窓、少し開けててくれないか? あそこに置いてある文庫の全集なら、オマエらが授業している間、おいら読んでしまえるから。


 オレたち五年生の教室と、六年生の教室の境には、ボックスで仕切られたこじんまりとした空間があり、そこに高学年向けの名作全集や科学読み物などが、ある程度そろっている。

 この本棚の管理も、図書委員の仕事なのだ。

「わかった、わかった、開けとくよ」

 授業の始まる少し前に、オレはなにも考えずに廊下側の窓を開けておいた。


 ドターン,、ドタドタドタ、バッターン!

 一時間目の国語が始まってまもなく、廊下の方から、ものすごい音が聞こえてきた。

「なんのさわぎ?」

 岡田先生が真っ先に教室から飛び出し、やじ馬連中たちが、ぞろぞろと後に続いた。


 北風め。なにかやらかしたな。

 そう確信しながら連中をかき分け、おそるおそる音のした方に目をやると、なんとボックスがひっくり返り、本がめちゃくちゃに投げ出されている。

「いったいどうしたの?」

「きっと風だよ」

「北側の窓を開けてるからよ。バカねえ」

 こんなささやき声も聞こえてきた。これはまずい。

 人だかりからこっそり抜けて、教室に戻ろうとしたとたん、

「松原くん」

 倒れたボックスをもとにもどしながら、岡田先生のメガネがきらりと光った。

「窓は開けたら、ちゃんとしめてちょうだい。 後で、きちんと本を片づけてね」

 そ、そんなあ! だれもオレが窓を開けたのを見てないはずなのに………。

「自業自得ってもんよ。がんばってね」

 後ろでくすくす笑ったのは、ゲッ子だ。さては! 先生にチクッたのはこいつか。


 みんなが、教室に戻ったのを見とどけて、オレは、北風にささやいた。

「おいっ! 手荒なまねすんなよ。すっげえ迷惑じゃん」

 すると北風も負けずに言い返した。


―おいらだって、すっげえ迷惑。せっかく楽しみに入ってきたのに、本はぎしぎしつまってて取れねえし、おまけに重てえし。ボックスをひっくり返すしか方法がなかったんだよ。ま、この本は最高におもしろかったけどな。


 そう言いながら、一冊の本をパラパラとめくってみせた。

 本の題は『自然の循環・食べ物とうんこ』

 へえ? 北風もこういうの読むんだ……。笑いたくなるのをこらえて、いっしょにながめていたら、またもや岡田先生の声がした。

「松原くん、さっさと窓を閉めて、教室に入りなさいっ!」

 さっきよりキンキン声になっている。落雷の危険信号発令だ。

「じゃあ、放課後にな」

 オレは、強引に北風を外に追い出した。


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