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⑪ 広田医院へ

⑪広田医院へ


教室にはってある図書グラフ。

これは一人一人が四月から読んだ本の冊数を、棒グラフに表したものだ。

十二月現在、一位のゲッ子は百八十冊、二位の美里ちゃんは百五十冊、三位は未だに青柳恵太を抜くやつがなくて百二十冊。

オレはといえば、ここ一ヶ月ちょっとで、やっと二十冊。ようやく、最下位からは脱出できたけど、目標百冊までは、まだまだほど遠い道のりだ。

図書グラフの下に、個人カードというのがあって、自分たちが読んできた本や、特にみんなに紹介したい本などを書いてある。

みんなが帰ったあとの教室で、オレはこっそり美里ちゃんのカードをさがしてみた。


広田美里のおすすめブックリスト一枚目 

『ハリーポッターシリーズ』

『モモ』

『赤毛のアンシリーズ』

『風にのってきたメアリー・ポピンズ』

『星の王子さま』


ふうん……。美里ちゃんってカタカナ文学が好みなのか。タイトルだけ見ると、どれもかなり少女っぽい趣味だ。続いて二枚目をめくってみる。


『ゲド戦記』

『コロボックルシリーズ』

『雨月物語』

『ドリトル先生シリーズ』


ここにもシリーズものがかなり多い。美里ちゃんも、かなり読書してるんだなあ。とりあえずタイトルをメモに走り書きして、図書室へ向かう。メモを片手にさがしてみると、ハリーポッターのシリーズや、ドリトル先生シリーズは、人気があって貸し出し中。他のはわりとかんたんに見つかった。だけど、オレが一番目をつけていたのは『雨月物語』だった。

 カラフルな装丁のカタカナタイトルの本とちがい、どっしりとした厚みで黒い表紙のこの本は、一冊読みおえたら、いかにも美里ちゃんに尊敬の眼差しを向けられそうな気がしたのだ。

 オレは、できるだけ目立つように『雨月物語』を持って、教室と校庭を毎日往復しはじめた。


―どうだ? おもしろいか? 愛するお方の読んだ本は?


 さっそく、北風が声をかけてきた。ふだんは限られた時間の中で、一冊でも多くの本を読まなきゃいけないから、お互いだまってることが多いんだけど、よほどおもしろい本を読み終わったあとは、北風のやつ、すごくおしゃべりになってくるんだ。

「うん。これって昔のホラーでさ。漢字だらけだけど、まあまあいけるよ」


―なんていう題名だ?


「あめつきものがたり」


しんと静まりかえったそのあと、北風は、とつぜんワハハと笑い出した。


―まったく題名さえも、まともに読めないんじゃなあ。それってウゲツモノガタリって読むんだぜ。


「な、なんで北風が知ってんだよ?」


―有名な作品だぜ。常識だろ。


 北風にバカにされたのは腹立たしかったが、美里ちゃんの前で、恥をかかなかったことは本当に不幸中の幸いだった。その時からオレは、題名はきちんと確認しようと気をつけるようになった。



 冬休みも間近になり、北風の読んだ本は、ようやく五百冊を越えた。とはいっても最初の目標まではまだまだ、ほど遠いんだけど北風のやつ、妙に強気なのだった。


―まずまずの出足だな。これからもジャンジャン読んでいこうぜ。


「ああ………」

 うなずきながら、オレはクラクラしていた。

 連日、身をきるような寒さの中で、背筋がこおりそうなホラーを読んだたたりなのか、熱を計ると、三十九度五分もある。オレが寝込んでしまったら、北風の読書はたちまちストップしてしまう。

 ここはひとまず、北風のために早めに手を打つしかなさそうだ。

「母さん、オレ、ちょっと熱が出たみたいだから、広田医院まで車で送ってよ」

 パートから帰ったばかりの母さんに頼むと、母さんはほれみろ!といわんばかりに、いやあな顔をした。

「こんな寒い時に、外で読書なんかするからよ。あんたね、読書って家の中でもできるのよ。知ってるのかな?」

「わかってるよ。オレはさあ……」

 本当は、外でなんか読書したくないよと言いかけてやめた。スカートめくりの一件まで話すはめになったら面倒だ。

 ええい、このさい、うそでもこう言うしかないな。

「早く熱を下げて、もっと、もっと本を読みたいんだよ!」

 案の定、母さんは、パッと笑顔になった。 

「わかった。わかった。あんたってやっぱり私に似て、根っからの文学少年なのかもね。はいはい行きましょ、行きましょ」

 いそいそと車の方へオレの背中を押して行く。まったく疑うことを知らない人だ。


 広田医院は、オレの家から車で十分ほどの所にある。内科医と小児科医を兼ねた、結構大きい建物だ。

 最近はめったに行かなくなったけど、オレと妹が小さい頃は、夜中だろうが早朝だろうが、しょっちゅうお世話になっていたらしい。

 院長の広田先生は、美里ちゃんのお父さんのお兄さんにあたる。美里ちゃんのお父さんは、有名な大手の電気メーカーの会社に勤めてて、昨年から海外に単身赴任している。一方、広田先生は、とってもきれいな薬剤師の奥さんと、愛犬ジョリーの三人暮らしで子どもはいない。だから今は、美里ちゃんの父親代わりとして、学校行事にもよく顔をみせている。


 母さんは、ずっとオレに付きそっててあげると言ったんだけど、ひとまず家に帰ってもらった。

 低学年のガキじゃあるまいし、一人だって診察室に入れるよ。

 受付で診察カードを出すと、すかさず、年配のベテラン看護婦、深見さんがやって来た。

「あら、お久しぶりね。ヒカルくん、ありゃりゃ、顔が赤いじゃない。さては、どこかでいっぱいひっかけたのかな」

 オレは小学生なんだぞ。深見さん。何て言おうか迷ってるうちに、体温計を差し出された。

「ずいぶんゆでダコよ。ちょっと、熱を計ってごらん」

 計り終えたとたん、われながらびっくりした。四十度もある。これじゃあきついはずだ。


 すぐさま診察室に通された。

「こりゃ重症じゃないか。のどを見せてごらん」

 広田先生のトレードマークは、四十歳にしては、多すぎる白髪と、でっぷりしたお腹だ。母さんと同級生どころか、十歳ぐらい年上に見える。

 先生は、オレののどを見たり、胸に聴診器を当てたり、カルテになにやら書き込んたりしていたが、オレとひざをそろえて向かい合うと、にっこり笑った。

「ヒカルくん、寒いのをやせがまんしちゃだめだよ。木枯らしの中で、本を読んだりとか、一日運動もしないで、読書ばかりするとか………。いくら、きみの無実をはらすためとは言っても、医者の立場からはすすめられないねえ」

 ああ…そうだったのか。美里ちゃん、怒りのあまり、あの事件のこと、広田先生に告げ口したんだな。

 今は父親代わりの広田先生だ。きっとオレのこと、かわいい娘をいじめたやつだって、かんかんに怒ってるんだろうな。


 オレは、神妙に頭を下げた。下を向いたとたん、ふらあっとして頭がずきずき痛む。

「オレ、別にスカートめくりしようだなんて、ホントに全然考えてなかったんです。ホントです」

 広田先生は、イスにそっくり返って大きな声で笑った。白衣のお腹がゆさゆさとゆれる。

「スカートめくりなんていうものはだね、ヒカルくん、男は本能的にやらざるをえない生き物なんだよ。スカートの中なんて男にとっちゃ、まったく未知の世界なんだからね。スカートをめくる、かくすというのは自然の摂理だよ。もっとも、最近の女の人は、かくさない人の方が多くなってきたかもしれないなあ。ワハハハ……」

 こ、こんななぐさめ方って……? 横に立っていた深見さんが、ゴホンゴホンとせきばらいをした。

 広田先生は、あわてて話題を変えた。

「美里はね、学校のことは、あんまりぼくに話してくれないんだ。だけど、月子ちゃんのおかげで、毎日の様子が手にとるようにわかるんだよ。ヒカルくんのこともね、月子ちゃんからよく聞かせてもらってるよ。せっかく図書委員になったのに、とんでもない災難だったよね。ハハハハ」


 くっそお! おしゃべりゲッ子め!

 なんでもかんでも、チクリやがって! つんとすまし顔のゲッ子を思い浮かべて、オレはこぶしをふるわせた。

 けれども、広田先生に告げ口したのが、美里ちゃんではなかったこと、先生が全然怒ってはいないことで、ずいぶん救われたような気持ちになった。


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