月下の死神
夜の暗闇に紛れ、民間のレジスタンスを討つ任務に就いた。
あわよくば、多国籍軍も壊滅に追い込みたい。
そんな淡い志しを胸に秘め、私は銃を構えて、暗闇の中、歩を進める。
現在、雲は厚く、月明かりはない。
闇は、嫌いだ。気持ちが不安定になる。
私は大佐の地位にあるが、大学を出ていない。その為、まわりからの当たりは冷たいものだった。
そういう事もあり、こんな田舎くんだりまで赴き、少数の反政府組織を相手にしている。
現在手にしている武器も、年期の入ったサブマシンガンのみ。軍服すら、もう何年も現場へ着て出ている為、所々ほつれが出ている。
新品なのは、弾だけだ。
早く任務を終わらせて、家へ帰りたい。
誰かが待っているわけではない。硬いベッドが、家主のように部屋に構えている。それだけだ。
それでも、心が休まる場所といえば、そんな我が家だった。
この国は貧しい。
他国の事はよく分からないが、裕福でない事は確かだ。
以前撃ち落とした、どこだかの国のヘリには人が乗っていなかった。それなのに、動いていた。裕福な国は、ヘリを遠隔操作出来るらしい。
私が今立っているのは、屋根の無い家の傍ら。家主なのか、そうでないのか、瓦礫の下には腐敗の進んだ死体がある。
身につけている衣類から、この国の民だということが伺えた。
私たちは、一体何と戦っているのだろうか。
幾度も投げ掛けた問いだが、納得できる答えが返ってきた事はない。
短く息を吐いた瞬間、くぐもった呻き声が、後ろから聞こえた。
振り向く。同時に、私の部下が地面に倒れこんだ。心臓部が、どす黒く染まっている。
その周りにも、数人倒れている。
全く気付かなかった。
敵かと身構えた瞬間、何かに体を強く押された。
刹那、今度は後ろへ引かれた。それと同時に、黒い飛沫が、私の体から噴き出した。
この暗闇で、一体、何が起きたのか。
雲の切れ間。現れる満月。その明かりに照らされた飛沫は、赤色をしていた。
力が入らない体はなす術なく、地面へ吸い寄せられる。 体は砂利の上に倒れたが、不思議と痛みは感じない。
私は、徐々に冷えていく体を起こす事も出来ず、辛うじて、視線だけを上げた。
瓦礫と化した、壁の上。フォレスト・グリーンの衣服を身に纏った細い人影が、俯いて立っている。
月下に光る長い白刃から、赤い液体が滴り落ちた。
肌は発光しているかの様に白い。月光は、肩辺りで靡いている髪を透かした。私は、これ程まで滑らかに動く頭髪を、今だかつて見たことがない。
天使だろうか。
いや、天使は剣など持ってはいないか。
私は自嘲したつもりだったが、表情筋はぴくりとも動かない。
雲が動き、月が隠れた。雲の縁から僅かに溢れ出ている明かりで、目の前の人物の動きが辛うじて見てとれる。
白刃は一度、敏速に大きく動き、鞘へと収まった。
風に乗って届いた狼の遠吠えが、微かに鼓膜を震わせた。
丸い月は雲の向こう。
血のように紅い、ふたつの小さな光だけが並んで浮いている。ルビーの様にも見えるその輝きは、ふたつ並んだまま宙を飛んだ。
あぁ、あれはきっと、死神だ。
私は確信し、完全なる闇を受け入れた。