死神貴族(1)
第3駄目です。
とある死神と少女の話。
お早う、諸君。
私の名前は、デスアランダー=キュドラーだ。諸君にとっては、長くややこしく聞き慣れない名前であろうから、デスと呼んで貰って結構だ。
さて、私の朝は水出しドリップのコーヒーにミルクを入れたカフェオレと最大17層にもなる甘くパリパリのクロワッサンから始まる。
ん、何だって?
それで朝から大丈夫なのかだって?はっはっは、私は低血圧で胃弱だ。逆に、これ以上のボリュームのある朝食を取れば、朝から苦しむ事となるだろう。故に私は大丈夫だ。
さて、カフェオレとクロワッサンを食べ終えた私が次にする事は、朝のシャワー。ぬるめのお湯は体が冷めぬよう、熱くなり過ぎぬよう、絶妙の温度に設定してある。そして、シャワーも終わり着替えた私が次にする事。それは、私にとっての仕事――――
『魂の選定』である。
人間の魂を選び、定め、 寿命や不必要だとされた者の命を刈り取る作業。まぁ、『魂の剪定』とも言って良いだろう。なに、別に不思議な話ではない。これは世界の真理であり、絶対的なルールなのである。命が溢れぬよう、減らぬよう。また、不必要となるものは全て廃するルール。そして、私はそれを実行する役職にある者なのだ。
そう、私は死神。死を司る神なのだ。人は私の事をこう呼ぶ――――
『死神貴族』
…
…
…
…
…
…
…
【当夜 桃子の場合】
最低だ。本当に最低だ。何が最低かというと、私が最低なのだ。
私の名前は、当夜 桃子。どこにでも居るごくごく普通の高校生である。勉強もそこそこ、スポーツも恋愛もそこそこにしか出来ない普通の女の子。
いや、半分は嘘だ。実は私は不良と呼ばれる部類に分類される女の子である。髪は茶髪で、濃ゆめの化粧。派手な口紅派手なネイルアート。ピアスの穴なんておへその穴に開いているくらいだ。
だけど、そんな私でも一応は学校に通っていた。不況で就職難な今の世の中。結婚したって旦那の稼ぎで食べていける保証は何処にもない。だから、女である私も一応は高校を出ていた方が良いと母親が無理矢理に私をギリギリ偏差値の低い学校に通わせたのだ。
まぁ、男女関係なく普通は高校ぐらいは出て行く物でしょう?と私も最初は乗り気だったのだが、何だか、面白く無くなり、結局、私は不登校になってしまった。
母親は、何故、学校に行かないのだ?とか、悪い友達と付き合っているのか?など、毎日毎日、あきることなく私に小言を連発してきた。終いに頭にきた私は、母親を叩いて家を飛び出し、友達の家へ。
毎日毎日、同じ平凡な日常の繰り返しで退屈しきっていた私。母親はやれ早く学校に行けだの、やれ勉強はしたのかだの、全くうるさい物だった。私はそんな平凡な日常が大嫌いで飛び出したかった。だから、私はこんな不良の姿になって遊び回っていたのかも知れない。
そんなある日、家を飛び出した行く宛の無い私は、ちょっと素行の悪い連中と付き合い始める。最初は深夜まで遊び回るといった事から、次は未成年者のタバコ喫煙。お酒だってカラオケに行った時に飲んでしまった。日に日に増えていく非凡な日常は楽しく、遂には私は学校にも行かず、やはり、家にも帰らず、1ヶ月という歳月を遊び歩いてしまっていた。当然、母親は帰らない私に心配してか警察に行方不明の届けを出して私を探した。
そして、1ヶ月経った今日。私は警察の人に見つかり、家へと帰って来たのだが…。
「あんたって子はぁ〜っ!どうして、1ヶ月も連絡も寄越さないで遊び歩いていたの!?どうして、そんな事をする娘じゃなかったでしょ!?髪も茶髪にするし、お化粧もそんな…。どうして?お母さんが何か悪いことした?」
涙を流して私にそう問い掛けてくる母親。だけど、私はそんな母親の姿を見て苛立ちを覚える。
「うるさいなぁ。関係ないじゃん。私の人生なんだか私の好きなようにしたっていいじゃん。アンタには関係ないでしょ」
「なっ?何を言っているの、桃子?関係ない訳ないじゃない?あなたはお母さんの娘なのよ?お母さんはあなたが幸せになれるように…」
「だから、私はいまが幸せなの!いちいたあなたが私の幸せを決めないでよ!ウザいなぁ」
よく分からない。自分が何を言いたくて、何を考えているのか、私自身、分からなかった。当然、今が幸せな訳が無いし、お母さんが関係無いなんて事も思ってなんかいない。だけど、私の心にある何かもやもやとしたものが母親に向けられ、母親の言動、存在に対して1つ1つに否定の言葉を投げ掛ける。
「もう、いいわ。私、出てく。今のように友達ん所で遊び回ってた方がラクだし。お母さん、邪魔だし…」
と、私はそのまま玄関の方へ体を向ける。
「待ちなさい、桃子!行かせないわよ!ちゃんと話て、なんでこんな事をするのか?なにが嫌なの?なにが不満なの?あなた、まだ、何も話てないじゃない!お母さん、分からないわよ!」
そう言い、私を体ごと止めようとする母親。私はそれに、また苛立ちを覚え、振りほどこうと力一杯に母親を投げ付ける。すると、どうだろう。母親は音もなく、すっ飛んで行き。壁に頭をぶつけて、動かなくなってしまった……。
「えっ?お母さん?えっ?冗談でしょ?嘘でしょ?お母さん?」
母親の頭から流れる大量の血。私は頭が真っ白になる。なんだこれは?どういう事だ?なんで、何で、意味がわからない!?
…………気付くと私は家を飛び出して、夜の街中に居た。
最低だ。本当に最低だ。私は、本当に本当に本当に最低だ!!私は夜暗くなった公園で1人涙を流す。早く、救急車を呼ばなくてはいけない。早く、母親を助けなくてはいけない。なのに、時間だけが刻々と過ぎていく。電話が出来ない。体が動かない。
わざとにでは無いにしろ、母親を傷付けたのは私…。母親を血塗れにしたのは私…。恐怖と、後悔の意識に駆られて、私は何も出来ないでいた。
「おや、お嬢さん?こんな夜中にどうかしましたか?」
すると、公園のブランコで1人佇んでいる私に変な男が話し掛けてきた。
黒いスーツに黒いネクタイ。黒い紳士帽に黒い革靴。そして、顔には不気味なガイコツチックな仮面が被さっていた。
「……なに、おじさん?援交?私いまそんな気分じゃないから…どっか行ってよ」
当然私は男に対して邪険に扱う。高校の制服を着て、夜中を徘徊する女の子に声をかける男なんて、どっかの変態オヤジか警察関係者。この男はどうみても後者には見えない、なので変態オヤジだろう。
母親を傷付け出てきた私は、いま瀬戸際に立っていた。警察覚悟で救急車を呼ぶか、いや、誰かが助けてくれるだろうとこのまま放っておくべきか…。
「フム、今宵の月は赤く輝き仕事日和だ。そんな中、お困りの子猫を放っておくなんて私には出来ない。一体、なにをそんなに悩んでいらっしゃる、お嬢さん?」
「しつこい!そんなに、女子高生とやりたきゃ出会い系でも利用すればいいだろ!?あたしに構うな!このエロジジイ!!」
遂に私は男に対して怒りを露にした。本当に世の中は腐ってる。幸せを知らないバカな子どもが一時の快楽に闇に身を任せたり。こんな糞な親父は、まだ年端もいかない少女に自分の性的な欲求をぶつけてきたり……本当に腐ってる。
私はイライラと、その仮面の男に軽蔑と拒絶の鋭い視線を向ける。
「当夜桃子。来栖川高校、1年4組。歳は16。趣味は、幼い頃母親に教わった、ぬいぐるみ作り。最近は未成年故に心の不安定があり、人生に意味を感じられず、楽しみを感じられず、母親の言葉を無視して良からぬ遊びにふけていた…」
と、そんな私に仮面の男は何かを読みあげるように語る。それは私、私の事で、最近の私の出来事。
「あなた…誰?」
驚いた私は何か言い知れぬ恐怖を感じ、立ち上がる。
ホホホホ、と奇妙な笑い声をあげる仮面の男。彼は両足をびしっと揃え、背筋を伸ばし、そして、うやうやしく私にお辞儀をする。
「初めまして、桃子。私は貴族、死神貴族!!……貴女の魂、選定させて頂きにまいりました」




