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第十三話

 銃兵隊がその威力を発揮するのは、待ちの戦闘である。

 だがしかし、時には打って出る必要があるというのは、移り変わる戦場では当然のことと言える。

 結局のところ、戦の勝敗を決めるのは矢玉ではなく、手に手に刃を持った兵の突撃だった。


「突撃にー!」


 だからこそ、騎士は襲撃をやめないし、歩兵は突撃という瞬間に心躍らせるものである。


「進めー! 突っ込めー!」


 至近距離から最後の一斉射を終えると、銃兵隊は雄叫びを上げながら戦線へと雪崩れ込む。

 途中までは足並みを揃えていたものだが、事ここに至ってはその意味もない。

 腕を振り上げ、地を踏みしめ、ただただ獣のように振舞う。それこそが自然にあるべき姿のように。

 理性というのが人を人たらしめるというならば、この時はただその枷を忘れるものだ。


 槍を手に、真っ先に突っ込んだのはルリーナである。

 後続に範を示すというものであり、また、それは建前に過ぎなかった。

 不運にも真っ先に目をつけられた竪琴王国の歩兵隊は、驚愕とも畏怖ともいえぬ顔を晒している。

 五百からなる獣の波が、軍勢の横っ腹に食いついた。実に柔らかい獲物である。


 折れた槍を捨てたルリーナはそのまま、長剣を抜き放つと当たるを幸いに振り回す。

 ヘイゼルもまた前脚を振り上げ、あるいは後ろ脚を蹴り上げる。

 こうなっては堪らないのが地を歩く者達だ。

 人の十人程もの重さがある馬に蹴られれば、当然、無事では済まないし、あるいは体に押されるだけでも危険だ。

 追いついた銃兵隊の槍兵による一当たりで、既に決着は着いたようなものだった。


 前方を獅子王国の隊に、左方側面を銃兵隊に突かれた竪琴王国の一軍は、堪らず後退を始める。

 だが、獅子王国の軍がそれをただ黙って見過ごす筈もない。


 竪琴王国から見ての戦線最左翼は、一方的な展開を迎えていた。

 交代しようとする竪琴王国の軍勢に、獅子王国側が食い下がり、組織だった後退が出来ないと見れば、留められない敗走が始まる。

 それが次々と戦線に波及して行き、総崩れとなっていた。


「銃兵隊、止まれ! 隊列を組みなおすぞ!」


 俄然、面白くなってきて、思わず深入りしていたルリーナだったが、エセルフリーダの声に我に返った。

 後ろを振り仰げば、隊旗は遥か遠くにあった。これはいけない。

 無我夢中の中、何人切ったかも数えてはいないが、長剣は曲がってすらいるようだった。

 鍔に留まらず柄を濡らす血に、僅かに眉を顰める。褒められたことでもなければ、刀身にも悪いのだが、血塗れの剣を鞘に納めた。

 鞘は捨てなければならないかもしれない。と、どこか遠くの事のように考えた。


「むー、もうちょっと暴れられるかと思ったのですが」


 敵の背中、そして進軍する味方の背を見送るというのは、中々に惜しい気持ちにさせられる。

 後ろ髪を引かれる思いながら目を逸らし、前線に背を向けた。

 ざっと自身の体を確かめる。興奮している間に気づかず怪我を負っているという事もあるものだ。

 折れた槍の破片か、鎧下に突き刺さった木片を引き抜いて捨てる。

 どうやらヘイゼルも含めて大きな怪我はないようだった。

 興奮冷めやらぬ愛馬の首を撫でて、落ち着かせる。そうしていれば、段々と自らも冷静に戻ってくる。


「無事か、ルリーナ」

「はい。おね……閣下も御無事のようで」


 エセルフリーダはどう使ったものか、槍を折らずしてその先、そして旗だけを返り血に濡らしていた。

 突撃となれば指揮がどうこうというより、率先してみせるのが仕事ではあるとはいえ、戦況が見えないほどに目の前に熱中したのは良くない。

 散り散りになっていた銃兵隊が集まれば、そこに欠員は見られないようだった。


「隊長、点呼終わりやした」


 遅れてやってくる者に盛大な罵声を浴びせつつも、何とか数え切ったカメが報告をする。

 数人、戻ってこない者が居たようだが、銃兵隊は大した打撃も受けていないようだ。

 圧勝と言っても良い。戻らぬ者についても、周囲の兵が確認をした訳ではないようで、はぐれたものとも考えられた。

 落ち着いて周囲を見れば幾つもの屍が転がっている。その内には息のある者もあった。

 しかし、悠々とそれを確認している暇もなければ余裕もない。戻って来ればそれでよし、戻らなければそこまでだ。


「諸君、よくやってくれた! どうだ、まだ働くつもりはあるか!」


 エセルフリーダに促されて、兵の前に立つ。この場所での役目は果たした。

 銃兵隊の一押しで、友軍優勢で戦局は推移している。

 堰を切ったような勢いで戦線は前進しており、手を出すまでもなく、これを止めることは出来ないだろう。

 となれば、ルリーナらの役割は、他の戦線に対する支援だ。

 幸いにして兵の士気は高い。というよりも、興奮状態にあると言っても良い。

 ルリーナの呼びかけに対して、彼らは諸手を上げるような様子ですらあった。


「しかし、皆さんちょっと持ち物が足りなくありませんかね」


 小さく独り言ちる。長槍や長銃といったものは、走り回るには邪魔なものだろう。

 乱戦となれば振り回す訳にもいかないのだから、ただの荷物という訳である。そのせいか、銃兵隊の少なくない数が、その装具を捨てていたようだ。

 いくら言ったところで、状況に飲まれればどうしようもない事であり、兵を責める訳にもいかない。


「全軍前進、左翼友軍の援護に向かう」

「楽しい行進の時間ですよー」


 戦場の喧噪を横目に銃兵隊は歩き出す。矢玉飛び交う戦場だということを忘れさせるような、そんな道中だった。

 今更ながらに右翼側の友軍も動き始めたようで、戦線中央までは概ね獅子王国優位に事は進んでいる。

 本隊はまだ、正面からの衝突で戦線を支えている様子で、こちらの姿を確かめるや否や、伝令が差し向けられて来た。


「持ち場を離れて何をしている!」

「その件なのだが、どうやら我々は敵の本隊を見誤ったようだ」


 余裕のなさそうな伝令が、エセルフリーダの言葉に何を言われたものかと戸惑うように首を振った。

 この忙しいときに思ってもみない言葉を受ければ、そうなるのも仕方あるまい。


「……何? どういうことですか?」

「一先ず、元帥へ報告が必要だろう。本陣へ案内してくれ」


 伝令に走ってきた従士の案内の下、本隊へと向かえば、そこは本陣とは名ばかりで天幕の一つもない前線近くの指揮所といったものだった。

 状況の把握のために、右往左往する要員が見え、次々と伝令が走っていく。


「おお、リュング卿にルリーナ卿。貴卿らがこちらに居るとは、何かあったのかね」


 その中で真っ先にこちらに気づいたのは、好々爺然としたご老体。

 ルリーナやエセルフリーダからすれば、直属の上役である。


「どうやら戦線の展開に問題があるようで……」


 エセルフリーダが状況を説明すると、ご老体は幾つか頷いて見せた。

 彼の持っている地図には、周辺の状況と、友軍の配置が描かれていた。


「重要な報告を持ってきて下さいましたな。元帥には私から伝えておきましょう」


 片方の眉を上げながら、筆の柄でこめかみを叩くご老体は随分と面白い顔に見えた。

 一度、開戦してしまえば、本隊に出来ることはそう多くはない。

 伝令を走らせたところで、その指示は既に遅すぎることもままあり、そもそも、前線の状況はそれに従う余裕もない。

 最終的には各軍団を指揮する諸侯の差配に任された部分が大であり、銃兵隊が自らの判断で動いたのもその一環と言える。


「どうかね、まだ銃兵隊は動けそうかね」

「はい。被害はほぼないので、もう一仕事は出来るかと」


 振られた質問にルリーナが応えると、安堵したかのようにご老体は溜息を吐いた。


「こうなると、自由に動ける者の一兵でも惜しいところでしてな。私の隊は今、どこに?」

「おそらく、こちらに向かっているところかと」

「ははぁ、では後ほど送りましょう。暫く好きに使って良いので、お願いします」


 申し訳なさそうにご老体が言う間にも、各所からの報告が次々と上がってくる。

 それを把握するだけでも大仕事で、とても指令を出そうというような状況ではなかった。

 しかも、前方では本隊の兵員を含めて戦闘が継続されているのだ。時折、弩の太矢などが飛んでくるような現場である。


「多少なりとも、現状把握の資となれば良いのですが」

「ふむ、そうですな」


 混乱から復帰したところで、もはや如何様にも舵を切ることは難しく思えた。

 精々が機を見て撤退を指示する程度か。始まった戦はどこかで終わらせねばならず、それはどちらか、あるいは双方が退くという形で適う。

 そうこう話していると、ご老体が本陣の要員に呼ばれた。


「まったく、お目付け役ということで少しはのんびりできるものかと思ったのですがなぁ。いやぁ、老骨には辛いものです」

「……では、我々はこれで」

「引き留めてすみませんな。どうにかお願いします」


 ルリーナらからは何とも言いにくい愚痴を零すご老体を置いて、銃兵隊は再度、行軍を続ける。

 開戦から未だ数時間というところか。獅子王国側から見て右翼は既に敵を押し返しているが、中央は競り合いを続けている。

 これから向かう左翼側がどうなっているのか、というのは読めないところだった。

 敵の一部とはいえ、それを抑える軍がないというのは、酷く状況を不安定にさせるものだ。

 それは目隠しをして殴り合いをするようなもので、あるいは突破した軍は後方に居るのかも知れない。


「まぁ、やることは変わりませんよね」

「そうだな。精々、上手く行くことを祈ろう」


 今更、誰に祈るものか。エセルフリーダの言葉も聖書の表面を撫でるような平板なもので、特に意味はなかった。

 傭兵等は意外にも信心深いものが多いものだが、それは戦というものが余りにも運に左右されるものだからだ。

 例えば、自分の真横に居る者が矢を受けて倒れたとして、自身と彼の違いがどこにあるだろうか。

 もっと現実的に言うなら、多くの人間の行動が複雑に絡み合って起きた結果であるとも言えよう。

 絶対の自信があるように振舞っている指揮官であるとしても、戦場の流れにおいてはそれに逆らう事はできない。

 誰もが合理的に、正解の手を引き続ける戦場というものがあれば、それこそ神の御業としか言いようがないだろう。


「銃兵隊止まれ! 各自、装具確認」


 軍団最左翼まで辿り着いた銃兵隊は、そこで足を止めた。

 獅子王国側の戦線は持ちこたえている。いや、竪琴側の攻勢が緩いというところか。 

 友軍の後方で足を止め、戦闘に参加しないことを銃兵達は疑問に思っているようだが、この際、左翼が前進するのは危険だった。

 右翼側で起きている事態を敵味方を逆で再現するように、敵に包囲される危険を冒すことになる。


「まぁ、お仲間に任せてのーんびりしましょう」


 という訳だ。何やら前線の方からも恨みがましい目を向けられているような気がするが、それは被害妄想というものだろう。間違いない。

 右翼から抽出された隊が到着次第、戦線を左翼へ伸ばしていけば、非対称な戦線は多少なりとも解消されるだろう。

 それを知る由もない左翼前線の隊からしてみれば、暇をしているなら助けてくれと思うのも当然だ。


「実際どう思います? 敵の出方は」

「足並みが揃っていない。というところか」

「竪琴の内情はよく知らないのですけれど、仲、よろしくないのです?」

「随分穏当な表現だな。まぁ、騎士を主力に置くということはそう言う事だろう」


 個々人の武勇を以て成る。というのは、獅子王国も同じではある。というよりも、元が同じ国であるのだから当然か。

 騎士同士、というより、諸侯同士の繋がりは潜在的に互いの首を狙う敵同士。連携というのは、そう簡単な話ではない。

 友軍が戦力を減じて、自身が保持すれば、それだけ優位に立てるというものだ。


「ははぁ、随分とぎすぎすしてますねぇ」

「内輪もめは、我が方も変わらないがな」


 他人事のように言ったところで、寧ろ大事故を起こしているのは獅子王国の側である。

 先般の内戦の影響で敵の侵攻を招いているのだから、全くもって笑えない。


「ああ、じゃあうちも味方さんが減ってくれれば、この先、楽になるのかも」


 エセルフリーダが咳払いをした。ルリーナのそれは完全なる失言である。


「どこも一枚岩ではないということだな」


 銃兵隊は士気が高かっただけあって、こうした待機に居心地悪そうに身動ぎをしていた。

 じっと待っている。というのは我慢ならないものである。


「まぁ、心配せずともその内、動き出すさ」

「随分と敵さんを信頼しているのですね」

「信頼……? まぁ、そうかもしれないな」

「ちょっと妬けます」


 エセルフリーダとルリーナは顔を見合わせて、声を上げて笑った。

 前方には砂煙が見えている。彼女の言葉通り、敵が大挙して押し寄せてくる前触れだった。

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